八面六臂のしたり顔…の8
そこはあまりにも普通ではない世界。沼から這い出てくる異形の者たち。
分厚い一閃が柳を薙ぐように切り捨てていく。
「今のは昔書物で見たことがあります。『ドグー』という泥でできた人型のモンスターです。」
ルリは土くれへと変わった魔物たちを見てフリティアに告げた。
「沼地に現れては訪れたものを泥の中に引き込んでしまい…連れていかれた者はまた『ドグー』になって戻ってくると…」
「ルリ様。お任せください。私がいればそんな暇与えませんしそれに…」
(ルリ様を守れて頼られてもう最っ高…!)
モンスターだろうが倒してしまえば脅威はなくなる。見たところ耐久力もなく、斧の一薙ぎで下してしまえる。
「ひとまず、安全なところに行ってそれで二人を待ちましょうか。」
フリティアはルリに向かって笑みをこぼした。
「はい!」
先ほどから何体もドグーを倒しているにもかかわらず涼しい顔をしているフリティアから、頼もしさがあふれ出ている。ルリも安心してその後ろをついていけた。
フリティアは本当なら二人っきり°どんどん奥へ進みたかったのだが、さすがに状況が状況である。戦えるものが多いほうが苦労や負担は少ない。悔しいが、残された男二人がなんとか聖域に入ってくることを待つほかなかった。
「…アルたちはここまで来れるでしょうか…。」
「大丈夫、きっと方法を見つけてきますよ。」
フリティアが確信めいたことを言う。ルリは信頼の表れだと受け取った。
少し奥の方に見える木の影を二人で目指していた。その途中にも何体もドグーたちがはい出てきて襲い掛かろうとする。
「うーん、泥遊びしてるみたい。」
本当に一体たりともルリたちに触れることなく、切り捨てられていく。そしてフリティアは冗談を言う余裕まである。異界といえど、大したことないじゃないかと思った。
「…あっ?」
だが、そううまい話ではなかったようだ。
ドグーは泥人形である。すなわち泥がある限り何度でも生まれてくるのだ。
二人通ってきた道に何体も何体も後を追うようにして泥の塊たちが頭をもたげてくる。ルリは後方の敵の出現に気づき、フリティアの服を引っ張る。
「ティア、後ろにさっきの敵が!」
「…前を倒してさっさと走りましょうか。」
前方にも敵。完全に囲まれてしまう。相手の弱さは知っているが、集まられると鬱陶しい。意外なことに泥人形たちは普通の人間のスピードで歩いて近づいて来る。
「はっ!」
まとめて斧の一閃を浴びせる。真っ二つになってボトリとその場に崩れるが、まだ土が痙攣するように動いている。
「走りますよ!」
フリティアはルリの手を握った。
(あっ、柔らかい…。)
一瞬恍惚としたが、すぐにキリリと真剣な顔に戻す。
しかしここは泥の上。ぬかるんでいて思うように走れない。フリティアはそれなりに防具を着こみ、斧を携えているせいで余計足をとられてしまう。その上ルリが一緒に走っているのだ。泥のドグーたちにとってはホームグラウンド。徒歩でもこの二人に追いつけそうであった。
何とかしのがなくては!
次々進行の邪魔をする泥人形たちを下していくが、ルリがその残骸を通り過ぎてしばらくしたあたりにはもう復活している。いつしか後方のドグーたちは大集団となっていた。
(…っく!なんてこと、これじゃあルリ様にかっこいいところを見せられない!)
フリティアはまだ余裕がある。だが、そうはいっても倒し方が全然わからない。ひたすらに逃げることしか頭になく、ルリに何と思われるかが心配であった。
「ティア!ティア!」
ルリが背後で叫ぶ。
よもやもう追いつかれてしまうか。
「私、思いつきました!」
「っ!ルリ様?!」
ルリがぱっとフリティアから離れる。驚いたフリティアはすぐさま振り返った。
「静まりなさい!」
ルリが呪印を結んだ。すると――。
ルリのつきだした両手から強烈な寒波。見る見るうちにドグーたちが氷漬けにされていく。圧倒的な魔力の前にドグーたちは動かなくなった。
「…すごい。」
「えへへ。」
歴代に類を見ないほどマナにあふれた『救世の巫女』である。一瞬で水分が凍り付くほどの寒風にドグーたちはなす術もなかった。大人しくなったころには、ぬかるんでいた足元もカチカチであった。
「し、しもやけになっちゃいました…」
ぷっくりと赤く腫れあがった素手を太ももにこすりつけながら体を震わせていた。
「ルリ様、あちらで休みましょう。お薬も塗って差し上げますわ。」
フリティアが木の下へと誘う。
これで心置きなく、本人に嫌がられずおてて触り放題である。フリティアは再びうっとりと次に迎える光景を思い浮かべてよだれを垂らした。