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スクセの巫女がチョロすぎて…  作者: アホイヨーソロー
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世界が闇に包まれる…の3

 睡眠も寝床もすべて巫女様優先である。タープに隣接されたテントもルリ専用のもので、肌が痛まないようにご丁寧に2,3枚下にクッションが敷かれ、柔らかい掛け布団をしてルリは安らかに眠っている。

 護衛の男どもは当然交代で睡眠をとりながらルリに危険が及ばないよう明り番と門番を務めている。何が弾みで心が揺らぐかわからないので先回りして彼女のフォローをしようというのはアルバートの考えである。

 やがて夜が明け、遠くで鳥のさえずりがした。

「はっ!」

 ――しまった、寝すぎた?

 最後にキーウィと交換したときはまだ月も傾きもしない真夜中。アルバートは胸ポケットから時計を確認したが、どうやら間違いなく4,5時間は眠っていた。

 寄り掛かっていたテントから少し離れた位置の大木からアルは飛び起きて周りを確認する。

「あ、アル、おはよう。」

 タープの下から手を振って和やかにルリがあいさつをする。

「ああ、おはよう。キーウィの奴は?」

「あっちの川で顔洗ってますよ。」

 そうか、とアルバートは眼をこすり、隅にあったバケツの昨日一度凍った水で顔を洗った。溶けた氷水なので普通よりまだ冷たい。手酌で水を一掬いして口に含む。よく口の中を洗浄してからその辺の草木に吹きかけた。

「ルリは顔洗いにはいかないのか?」

 目がさえてきたアルバートがルリに聞く。

 男二人、女一人の旅なのでお風呂事情は大変だ。いくらルリの警戒心が薄いとは言っても、恥じらいはある。そうそう人前で素肌を見せることは当然できない。基本的な洗浄はテントの中で体を拭いて垢をとるぐらいだ。

 次の街につけば存分にシャワーくらいは浴びられるだろう。

 シャワーというやつは水を沸かせるボイラーに各個室へと伸びた水道管がとりつけられ、その先にヘッドと呼ばれる無数の穴の開いた器具がつながれて一斉に細い水とお湯が流れてくる。たくさんの穴から流れてくる水が肌に当たると気持ちがいいのだ。頭から桶一杯の水をかぶるのとはまた違った気持ちよさがある。全く、あれを考えたものは天才だろう。

 ともかく、それ以外の洗顔や歯磨きは他の者と一緒にするのが出発前に決めたルールであるのだが…

「私が一番だったので、先に洗ってきちゃいました。」

「えっ!?」

 危ないだろう、と朝っぱらから叫びそうになったが自信満々に瞳を輝かせて答えるのだ下手な反応は彼女を曇らせる原因になりかねない。アルバートは引き下がった。

「えー…まあ、なんだ…一人で行動するときは俺らの見える範囲でな。」

「ふふ、アルったら心配しすぎです。私は子供じゃないですよ。」

 いつも自分のことを心配をするアルバートのことをありがたく思いつつも、ルリは自信満々に笑って見せる。

 しかしアルバートから見ればルリはまだまだ子供である。年齢もそうだし心ももちろん。

(体は…まあ。)

 目の端にちらっと映る白衣姿の巫女様が今日もやはり麗しい。彼女は遠くを見つめて森を抜ける風を楽しんでいる。確かに大人びているようにもみえる。

「…ところで、さっきからそれは何やってるのかな?」

 それ、というのはルリが手に持っている底がぽっかり空いたボウル状の器具である。ルリは椅子に腰かけておたまで寸胴鍋からスープを掬い取ってそのボウルに注いでいる。注がれたスープがボウルの下からぷっくりと薄い膜を張って丸くなって出てくる。ある程度の大きさになったらルリがボウルの下の丸まったスープを右にぐるぐる回してねじ切って液体の球にしていく。

「ふふん、アル、これが気にまりますか?」

 ルリがニヤリと笑った。こういう自信にあふれている時は大体ルリが持参したマジックアイテムを遣っている時である。ミソの入った壺を取り出す時も、マジックランタンを取り出す時もこの表情をした。そのアイテムの信頼度は今のところ五分五分である。

「これはですね。」ボウルを持ち上げて底の穴からアルバートを見つめる。

「液体をそのまま持ち運べるようになるマジックフィルム!出来上がった球はコロコロプニプニしてちょっとしたおしゃれにも使えそうです。」

 アルバートの前までやってきて腰にぶら下げて見せるが、ミソで濁った薄茶のボールがおしゃれだと言い張るルリの感性はわからない。

「そして飲み物はこのまま口に入れて、飲むことが――。」

 小さい口をぱっくり開けてスープの入った弾力のある球を飲み込もうとする。

「あっ待て!」

 咄嗟にアルバートがルリの腕をつかむ。

 その瞬間、

「…いっっっった!!!」

 突如アルバートのほうに電流が走ったような衝撃が伝わり手を放してしまった。その勢いで後ろにのけぞり尻から倒れる。

「ごめんなさい!アル、大丈夫ですか?!」

 ルリが痛がるアルバートをのぞき込む。アルバートに手を伸ばしたが、彼は首をグイッと背けて拒否してしまった。

 マナはその者の心を強く反映する。ルリのマナは強大であり、心を開ききっていない相手には時として牙をむくことがある。良い風にとらえるとルリは暴漢などから直接襲われにくく、彼女に触れた者は皆泣き顔になって情けない姿をさらす羽目になる。大の大人が少女の前にへたり込むのだ。そのうえこのように「大丈夫ですか?」と心配され、手を差し伸べられる。

 しかしそれは罠。握り返そうものなら追い打ちの一撃が待っている。

 本人はこの能力の自覚がない。昔から自分の周りの男性が仲良くなる前にみんな倒れてしまい、うまく男性と付き合うことができなかった。

 アルバートぐらいの付き合いではまだこのマナのバリアが発動するので、その原理を知った彼が彼女に気に入られようと優しい言葉を投げかけているのは、この障壁を取り除くためでもあった。

「…あ、ああ、大丈夫だ。」

 痛みに襲われるのもこれが初めてではない。最初に合流したとき握手を求めたせいで一撃入れられてしまった。それ以来彼女は遠くで見て楽しもうという腹だったのだが、こういう緊急の時はしょうがないかもしれない。

 アルバートは何とか持ち直して自分で立ち上がる。

「一日外に放置されてたんだからもう腐ってるだろ。残念だけど全部ゴミ。」

「でも…それはもったいない…」

 せっかくの自分の活躍の場を何としても逃したくない姿勢である。少し強情なところもあるのが当代の『救世の巫女』のようだ。

 彼女がこうやってうつむいているとまた闇が訪れてきそうなので、アルバートは自分が言ったことの正しさを身を削って証明する選択をした。

「じゃあ俺が試してやる。腐ってたら全部置いていこう。大丈夫そうであれば三人で分担して腰にぶら下げるか。」

「…はい!ありがとう、アル!」

 コロコロ表情が変わって忙しないお方だ。アルバートは少し笑ってしまった。

 だがどう考えても生暖かいまま森の中に一晩放置されたスープが平気なはずがない。

(昨日のスープ番は…あいつかぁ…)

 絶対傷んでいるとわかっているものを口にするのは本当に止めた方がいい。だが、身をもって証明しなければ巫女様は納得しないだろう。

 アルバートはその怪しげな茶色の球を一口で飲み込んだ。犬歯にあたってぷつんと薄い膜がはじける。一気に流れ込むミソ味のスープ。

(……くっさ…)

 昨日と打って変わって明らかにおいしくない風味が風呂がる。だが呑み込めないほどではない。少女の前では吐き捨てることもできなく、喉を鳴らして飲み干してしまった。

「ほらな、ルリ。これはもう腐って…」

「まだ飲めるんですね!よかった。」

 吐き出せばよかった…。

 そこへ鼻歌を歌いながらキーウィが戻ってくる。朝の運動でもしてきたのか少し汗ばんでいて、その温厚そうな締まりのない顔でご機嫌な挨拶をしてくる。こちらは今誰かのせいで臭い汁を飲んだばかりだ。

「えっ、腐ってましたか?でも巫女様はミソは常温保存ができるって…」

「お前な…調理すりゃ別の食べ物なんだよ。せめて涼しいところに置くなり工夫の使用はあっただろうが。」

 まずいものを腹に入れたせいか怒鳴る気力がない。

 マジックフィルムで楽しそうにスープを移し替えているルリを尻目に、低い声でキーウィを責めていた。

「あの鍋の入るところはあんまりないですよ。」

 まるで他人事である。

「……お前、元気になったら覚えておけよ…」

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