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スクセの巫女がチョロすぎて…  作者: アホイヨーソロー
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八面六臂のしたり顔…の6

 地図も一通り確認したが、観光用の地図ではさすがに細部の様子まではわからない。

「異界…ってなんなんだよ…」

「そりゃあアルバートさん、ロマンですよ。」

 アルバートはキーウィの呑気な返答に頭をかく。

 この世界に魔法が存在していたとしても、高次の世界、世界軸の異なる空間というのはアルバートなど普通に暮らしてきている人たちにとってはにわかには受け入れがたいものであった。

 魔法は科学の一端として扱われる。「マナ」と呼ばれる目に見えない心の物質を消費することで超常的な現象を巻き起こしている、と言われている。火種も、薪木も、油もないのに炎が燃え上がるというのが魔法というやつだ。必要な手段をすべてすっ飛ばしていきなり結果を持ってこられるのが魔法、とアルバートは理解している。一般に知られている「心の物質を消費する」というのがどうしてもわからない。心の物質を減らしたら、その心はどうなるのか、補充することはできるのか、わからないことが多すぎる。その上、異界というのが存在している…アルバートは頭を抱えるしかない。

 いえることは魔法使いはさほど気にせずバンバン魔法を使っているということと、異界は間違いなくこの敷地内のどこかにあるということだ。

「結構いるもんだな、冒険者ってのは…。」

 武装した若い男女の集団が参拝客に紛れてちらほら見受けられる。彼らも聖域の入り口を探しているのだろう。地図をもってうろちょろしている。

「アルバートさん、ちょっといいですか。」

 キーウィが真剣な表情をしている。

「なんだよ?」

「アルバートさんって今まで何人ぐらいと付き合ってきました?」

「は?」

 アルバートは睨みつける。

「いや、興味あって。」

 きちんと膝をそろえて、アルバートの話に耳を傾けようとしているキーウィ。

「付き合うって程付き合ってきたやつはいないけど…」

(盗賊だったし。)

「…えっ?うそ、じゃあ俺と同じ童…」

「なわけあるかよ!」

 キーウィなりにフリティアに哀れまれたことが心に響いていたのだろう。一瞬、仲間を見つけた時のようにぱっと表情が明るくなったが、即座に否定されて再び落ちこむ。

「ひ、必死なところがー…嘘くさいなぁ…」

(お前のそういうとこだぞ…。)

 口を閉じたアルバートの不憫そうな眼差しがキーウィに追い打ちを与えた。だがキーウィが暗くなろうと、心を乱されようと世界に暗闇はもたらされないので、アルバートはフォローをしない。

(早く帰ってこねえかな…)

 いたたまれなかった。

 カチカチとマジックダイアルが針を鳴らしている。


 大勢の人でにぎわう社の通りにいるルリとフリティア。せっかく来たのだからお祈りぐらいしていこうということになり、参拝者たちの列に並んでいる。

「神への信心深さが見てとれます、ああ、世に平和をもたらすルリ様はやはり素晴らしい。」

「そ、そうかなぁ…?」

 口調は疑問形ながら顔はもう緩み切っている。フリティアはさっきからこんな調子で、ルリが何をするにも褒めちぎってくる。ルリが海神の知識をひけらかそうものなら、

「さすが、ルリ様。博識であらせられます。どちらでそんなことを学んでこられたのですか?」

 と手を合わせ、清めるための手水所で作法が分からず困っていそうな人に手助けしたら、

「ルリ様の海のように深い慈愛。私、感服いたしました。」

 と身を震わすほどである。あまりにも大げさなことをいうので、多少の恥ずかしさは覚えるものの、フリティアは嘘をついているわけではない。

「この旅もこうやって二人きりで過ごせればいいのに…。」

 フリティアがつぶやいた。近くにいたルリはもちろんそれを聞き逃さない。

「……ティアはどうしてそこまで、その…私のことを?」

 ルリのつぶらな瞳に見つめられただけでフリティアは卒倒しそうであった。このまま欲望に身をゆだねてしまいたい。だが、そこでこらえられるのがフリティアである。

「…運命というやつです。」

 フリティアは驚くほど静かに語った。

「ルリ様を一目見た時から、お守りしなくては。この方についていこう。と肌で感じたのです。そこに理屈はありません、きっと前世からの因縁、とでも言いましょうか。そのような宿命めいたものを…あなたから感じたのです。」

 ルリは頬を赤らめてうつむいた。

(やばい、今すぐ抱きしめたい…)

 フリティアの指先が鷲のつま先のように曲がって硬直する。人ごみの中、周りの注意は散漫、もう、ここで行ってしまうか!?と邪悪な念が漏れ出た時、ルリも語った。

「運命…一目見た時から…私も、そういうことありました…。」

 恋する乙女の横顔である。フリティアは過去最高に頬を緩めた、が一瞬冷静になる。

(…ん、その相手は…?)

 自分であってほしいとフリティアは思うが、ルリにそのケがないこともわかっている。となると…

「そ、それは…最近のこと…?」

 動揺を隠しきれずに、フリティアは探りを入れる。

「……はい。」

 奴らのうちのどちらかだ!フリティアの目の前が真っ暗になった。

(許さん、うら若き乙女をたぶらかしおって…!どっちだ…いや…)

 考えるまでもない。あの騎士に決まっているだろう。洞窟で合流したときに背中に手を突っ込ませているところに遭遇した。あの時は暴れまわったが、後でよくよく聞いてみると、背中に虫が入ったそうでそれをとってもらっていたそうだ。

(いくら何でもそれを任せるほど気を許した間柄…奴は危険人物だ!)

 乙女的に危険である。

 だが、こんなに周囲に心地の良い空気を振りまいている所を見ると下手に始末することはできない。やっぱり抱きしめたいな。旅が終わるまでに関係が進んでしまうことも考慮するとできるだけ遠ざけたほうがよさそうだ。いい匂いがする。ひとまず戻ったら、アルバートを目に見えないところまで連れて行って…ひざまずきたい…。

(考えがまとまらんわ!何だこの子!ルリ様の恋してますオーラで集中できない!)

「ルリ様、どうぞその心を相手に気取られないよう。」

「…なぜですか?」

「ホレタハレタの話では、自分に惚れてると感じた相手に対してどうもつけあがる節がありますから。いい関係を保つなら少し突き放すぐらいがいいのです。」

「な、なるほど…。」

 まるで含蓄のありそうな言葉を並べてコスい妨害工作をした。だがルリは真意に気づかず頷いて納得してくれたようである。

 海神さまの巨大な像は力強い姿をしている。神に実際に会ったことがない者が作ったので、伝聞と想像力をフル活用した結果により恰幅の良い女性の姿になった。山を削って作った石造のその大きさには驚きを隠せない。ルリも心を打たれたようで、目を丸くしながら見上げた後、深く祈りをささげた。

「…ルリ様はどのようなことを願いましたか?」

 参拝後、本殿から出る途中でフリティアが訊ねる。だがルリは、

「内緒。」

 と一言笑っただけでちゃんと答えてくれなかった。

 その笑顔に胸を打たれたので満足した。それ以上は問うことはなかった。

「あ!ティア、ここでアミュレットを買っておきましょう。」

 布製の小さな首掛けアミュレットである。一般客ももちろん冒険者たちも願掛けで一つ買っていくことが多い。ルリが売店でどのデザインにしようか迷っている姿をほほえましく見つめている。だが、よく考えてみると、

(あれ…恋愛成就のお守りじゃない…?)

 乙女のピンチである。

 楽しそうに品定めするルリを妨害はできないが妨害したいという葛藤にさいなまれた。

「私も一つ欲しいですね。ルリ様が選んだものを。」

 苦肉の策である。どうせなら全員に渡させようという考えに切り替えた。

「あ、え、でもそんなに買ったら、アルに怒られちゃう…。」

 あの男の名が出てくる。

「大丈夫です、私、お金あるんで。」

 そう言って無理やり4つ買わせた。

「そろそろ戻りましょうか…」

 ルリとフリティアが本殿を出る。

 しかし、そこには見たことのない景色が広がっていた。

 澱んだ空気と泥沼が広がり、朽木の間は霧でおおわれている。

「えっ!?」

 ルリがフリティアと一緒に後ろを見る。本殿はおろか、背後にあったはずの巨大海神像がどこにもない。

「…こ、これは…」

「一足先に紛れ込んでしまったようですね…。」

 初めての異界である。

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