八面六臂のしたり顔…の5
海神の社は登山道の入り口と頂上の真ん中ほどにある。そもそも、なぜ山の中に海の神を祀っているのか、ということだがこれは間違いなどではなく、実際に神の姿を見た者たちが主張をしていたからである。その神の姿を見たのは、これまでの『救世の巫女』たち。その者たちによるとちゃんと海の神として名乗っていたそうだ。理由も話してもらえたらしいが、なぜだか歴代の巫女たちは口を閉ざして答えない。それなので観光客用の一般的な説は、この山が海からはっきりと見えるからとか、この山から海を望めるからとか言われている。
「というか、神とルリたちは会話することができるのか…」
そもそも神という存在自体に半信半疑であるアルバートはその謎の交信記録をいぶかしんでいた。そんなことは知らずにルリは得意げになって話す。
「そうなんです、特別な、力を持つ、私たちが…神託を、その場で授かることが、できます。」
一歩一歩登りながらはっはっと呼吸をしてしゃべる。
「少し休むか?」
先頭を行くアルバートは振り返ってルリの様子を眺める。
アルバートにとって見えもしない神の御神託などどうでもよく、ルリの心と体の心配ばかり。ルリは手に持つマジックダイアルをみつめた。いわゆる時計で大地の光の魔法によって動く。それによると今は昼過ぎだった。
「大丈夫!まだ、頑張れます!」
健気なものである。ゴンドラに乗ればこの苦労すら存在しなかったんだけど、というツッコミを胸の内に押し込めて、「そうか。」とにこやかに一言。フリティアがたまにルリの体をささえている。(むしろ積極的に触れたいぐらいらしい。)
そもそも海神の社がなぜ恋愛運上昇の観光地へと変容したかだが、これは海神が雌型だからということが大きい。管理人側が最初は子孫繁栄で売り出していたがそれではあまり人が集まらなかった。訪れる者といえば霊山へ修行に来た者ばかりなのでお金をほとんど持っていない。
そこで子孫繁栄を曲解し恋愛運上昇とした。すると地元のメディアがこぞってやってくるようになり、巫女が通るとの噂、昨今の登山ブームによる相乗効果で、一躍パワースポットとして名を馳せることになった。
だが、忘れてはならないのは、ルリたちは本殿に祀られるご神体よりも、その奥の奥にある魔道士がいないと入れない聖域を目指し、この天変地異のおさまらぬ乱れた世を救うために来ている。
(だからあんまりはしゃいで目立たないで欲しいんだよなあ…)
ついに社にたどり着いた一行だが、ルリはそこに集まる人々の浮ついた活気に当てられて、そわそわと参拝客に紛れてしまいそうになる。
フリティアがついているので大丈夫だろうし、ルリのマナの正のざわめきも肌に感じられるので見失うことはまずない。
「アル!キーウィ!早く行きましょう!」
ルリが振り返って敷地内の隅でじっとしている男衆に向かって手招きをする。隣のフリティアはこちらへ近づくなと言わんばかりに目を細めて睨みつけている。
「まずは旅支度をしましょう。」
確かに観光地と化しているので軽食の店が一、二店舗ほど端の方で営業している。
遅い昼すませて、聖域の場所を探すためにアルバートが軽食屋前の丸テーブルにパンフレットの地図を広げた。
聖域の場所は誰も教えられない。噂によると気がついたら迷い込んでいた、というぐらいで、ほとんど見つけられずにここで断念してしまう冒険者も少なくはない。また、こちらの身分を打ち明けて、社の管理者などに聖域の場所を聞くとすると、あの『救世の巫女』が来ていることがバレて大騒ぎになりかねない。
「ルリ様。」
もじもじそわそわ落ち着かないルリに、フリティアが耳にキスをできるぐらい近づいてささやく。
「少しここを見て回りませんか?」
ピクリと肩を跳ねさせて、ルリがフリティアを見つめた。
「駄目ですよ、今はアルたちと聖域の入り口を探さなくちゃ。」
欲望が絡まなければ正しさを優先するのがルリなのである。
「ははは、フラレましたね。」
どこから話が漏れていたのか、屈託のない笑みでキーウィなりフリティアを慰める。強く睨み返された。
「いいだろ、なんかしたからったら先に済ませておいて。」
アルバートは地図に印をつけながら語る。
「せっかく観光地きたんだ。ちょっとぐらい遊んどけよ。」
「…でも。」
ルリのテンションがずっと高いままだった理由はわかっていた。使命関係なくここに来たかったのだ。今アルバートが手に持つパンフレットを持ってきたのはルリである。
アルバートがうなずくの見てルリも気持ちを切り替えたようである。懐からマジックダイアルを取り出してアルバートとキーウィの前に置く。
「?」
「これを預けておきます、必ず戻ってくるので。」
戻ってきてくれなくちゃ困る。
フリティアを連れ立ってルリは人で賑わう社に向かっていった。