八面六臂のしたり顔…の3
酒に酔って腹を出して寝る大男、河原のそばで無邪気に手持ち花火に勤しむ子供たち、豪快に肉を焼いてその周りを取り囲む若い男女の集団。山間のリゾートから少し離れたこのキャンプ場も季節柄なのか、大いににぎわっていた。
「場違い…では…?」
あまりの愉快な騒々しさに、使命を胸に旅をつづけるルリは少し気後れをしてしまう。今までが少し閑散としていて、ちょっとした緊張感もあったせいで緩み切ったこの空気にルリは圧されていた。ちょっと後ろに後ずさりしたルリの背に手を添えてアルバートは押し返してやる。
「んなこたない。ルリ…」
刹那、鋼の刃が振り下ろされる。
「うっうん!今日はもうここで休むしかねーんじゃねえかなあー!」
間一髪でフリティアの一撃を交わし、冷汗を流しながらそっとルリから距離をとる。
「ははは、たじたじですね。アルバートさん。」
「うるせえ。」
「がっ!!だだだだ…!」
余計なことを言うキーウィの顔面をわしづかみにした。ルリとフリティアはまっすぐ前を見ているので、後ろの二人のやり取りは完全に気づかれていない。ともあれ、このままじっとしていても寝れるわけではないので、管理人に利用料を払い、キャンプ場の敷地内の適当なところを探してテントの設営に移る。今更現れてテントを張り始めるのだから、あんまりにぎわっている所ではやらない。少し奥の、川から遠く離れた地味な景色の付近にする。
アルバートがいつものようにテントを張り、キーウィがタープを用意する。ルリはその間荷物番…といいたいところだが、一行にフリティアが増えたので他の作業、具体的には夕飯の準備に入る。
「そのテント、小さくないですか?」
「いやこれ、ルリのためのやつだから…。」
「えっ。」
フリティアが一瞬この事実に驚いてのけぞるが、「ルリのため」と言われてはそれ以上は強く出られなかった。黙って調理をする。
「ルリ様は肉が苦手なのですよね。」
事前にルリの好きな食べ物を調べておく徹底ぶりだが、残念ながらその情報はもう古かった。
「いえ…その…少し、だけなら…」
良かれと思って肉系を避けて持ってきていたフリティアに対して、ルリは気まずそうに眼をそむける。初食肉が小動物だったのでなおさら罪悪感にさいなまれていた。味を思い出したのかルリの小さい口の中に少し唾がたまったのをフリティアは察せない。
二人の美人が細々と料理を作っている姿を、少し離れたところ兄ちゃんたちに見つけられてしまう。
「ねーねー!」
少し酔って興奮気味なのか、兄ちゃんたちはやたらと大きな声を出して美少女たちに近づいていく。一人はスラッとしていて釣り目。目鼻立ちが整っていて大人っぽさがにじみ出ている。もう一人はあどけない見たことない服装の美少女。思わず見とれてしまうような健康的な発育である。
もう近づいただけで彼女たちの色香に充てられて、デレデレと鼻の下を伸ばす。
「アルバートさん、なんか大丈夫ですか?向こう…」
キーウィが杭を打ち付けているアルバートの肩を叩いて、ルリたちの方を指さした。だがアルバートは寝床づくりに集中しているのか全く振り向く様子がない。ただ一言、
「フリティアは?一緒にいるだろ?」
と言い放った。キーウィは眉をひそめる。
「いますけど…。」
「なら大丈夫だろ。」
果たしてその通りである。男たちが悲鳴を上げて腰を抜かしたりのたうち回ったりしながら逃げ去っていく。キーウィが調理している二人を見るとフリティアが自慢の斧を引っ提げて、尻もちをついた男の股下に斧を突き立てていた。
「あぁ…。」
すんません!すんません!と顔じゅうぐしゃぐしゃにして泣きじゃくる男を見下ろしたまま威圧するフリティア。
「ん。」
それだけ言って、地面に刺さった斧を揺らして股に近づけようとする。
「――っ!ぎゃあああああ!」
倒れた男ははいつくばって逃げ去っていった。
「ティア…あまり怖がらせてはダメだと思います。」
「ごめんなさい…でも私、ルリ様を守りたくて…。あとあのしょうもない男どもに身の程を教えてあげたくて。」
ルリに対して謝りながらも、自分がやったことに対してはケロリとしていて反省の色すらない。
「こっちはできたぞー。」
と一仕事終えたアルバートの声。調理の方もあとは煮込むだけなので、切った野菜や魚を鍋に入れてフリティアが運んだ。今夜も穏やかに過ごせそうである。日が沈み、空には星が輝き始めていた。
「ん、どうした?マジックランタンは使わないのか?」
とニヤニヤしながらアルバートが食事を終えたルリに訊ねる。ルリはからかわれてムキになってアルバートのチェストプレートを殴る、それに合わせてフリティアも一発鼻をめがけて殴る。こっちが大分効く。
「何があったかは知りませんが。私の怒りはルリ様の怒りと心得てください。」
男もびっくりするほどの力強い拳である。どうしてスレンダーな彼女からそれほどまでの力が出るのか、魔法のある世界は不思議である。
「ぷん!」
(…平気か。)
アルバートは鼻をさすりながらルリの様子を見守った。
これぐらいのからかい方ではそうそう負のマナは漏れなさそうである。実はアルバートは少し実験をしていた。彼女の暴走ラインを見極めなくてはならない。この先、一行に危険が及んだ時、彼女の心が不安定になって誰も助けられないと、世界が破滅しかねない。ルリの魔力はそれほど大きいのである。
「さて体洗わないと…」
聞こえないくらいの声でつぶやくルリのその言葉にアルバートの胸がときめいた。顔には出さないが、相当なスケベ心が沸きあがっている。
今の言葉がアルバートに聞こえていないのか恐る恐る、ルリは彼の顔色をうかがうが何ともなさそうであった。ほっと胸をなでおろしたとき、
「ルリ様、心苦しいのですが…」
とフリティアがすでに頭を下げた状態で話始めた。
「どうしたの?」
フリティアがルリの耳元でささやいた。
「このキャンプ場にはシャワーや洗面所の類がないので…」
ここはみんなの利用するキャンプ場である。川で水浴びなどは遊び以外ではマナー違反である。しかし、ルリもお年頃の女の子である、何としても汚れは落としたいし臭いにも気を付けたい。今日書いた汗は今日のうちに流したい。
難しい顔をしているルリにフリティアがあの悪い顔をしてまた耳打ちする。
「体をお湯で濡らしたタオルで拭えばいいんですよ。」
フリティアはちょっと興奮していたせいか男たちの方まで少し声が漏れていた。これを聞かなかったふりをするほど、このパーティは聖人君子ぞろいではない。(ただし実はキーウィだけあんまり気にしていない。)
「わかりました。」
とその場に渦巻く邪念に気づかないルリ。
「えーと…アル、お湯を沸かしてもらえますか?」
「ん、別にいいぞ。どれくらいだ?」
全く知らない風をルリに対しては装う。
「お、お鍋一杯。」
もそもそとルリが自分用のテントの中に潜っていった。
アルバートは考える、
(現実的に言ってテントの中は見られねえ…。フリティアの奴が絶対何かしでかすだろうから、俺は声だけ楽しむ方向でいくか。)
ひどい大人である。
アルバートは小瓶をポーチから取り出し、何食わぬ顔をしてお湯の中に数滴垂らした。
「おい、持ってきたぞ。」
ルリのいるテントに近づくと鍋をさっそくフリティアに奪われる。ここまではアルバートの予想していたところだ。キーウィは待っているのが飽きたのか水遊びをしに一人でどこかに行った。
「ルリ様ー、お湯をお持ちしましたよー。」
口の中が悪辣なよだれであふれている。
「ありがとう、ティア。」
テントの中からルリが顔だけ出して手を伸ばした。フリティアは鍋をルリに渡し、入り口を開けて中に侵入しようとした。その時、内側から反応があった。
「あっ、ティア!恥ずかしいから、入り口の前で見張っててもらっていいですか?」
「えっ…」
「…えっ?」
フリティアが固まる。
「あの、私…今まで体洗うときとか、アルとキーウィ、男の人しかいなかったから…信じてても男の人の近くで素肌を晒すのはちょっと恥ずかしくて…。」
照れるようなルリの声がテント越しに聞こえる。
「でもこれからはティアが守ってくれるから心置きなく、お風呂も入れます!」
「あ…あ………」
口を開いてよだれがむなしく滴る。
「お任せ…ください…。」
フリティアはその場に膝をついてうなだれる。彼女が思い描いた絵図は失敗に終わったようだ。だがまだ、アルバートの方はあきらめていない。あのお湯は普通のお湯ではない、きっと肌に触れた時…
「あっ。」
ルリの声が漏れる。アルバートの拳に自然と力がこもった。
「…スース―して気持ちいい!アル、これなんですか?」
思いのほか喜ぶ声が聞こえた。
「あ…えっと…。ハッカ油…。」
「へぇ!アル、ありがとう!」
ルリは嬉しそうに鼻歌を歌っていた。
だめな大人が二人、その場で落ち込んでいたのは言うまでもない。