八面六臂のしたり顔…の2
海神の山まではまだまだ遠い。朝出発し、昼を過ぎたころには大体中間地点の手前といったあたりだろうか。ルリたち一行は野営に適した場所を探していた。人数が一人増えたので、荷物もずっしりと増える。体力のあるアルバートとキーウィがそれぞれ分担して大物をバックパックにいれ、フリティアが小物を、ルリが好きなものを持つようになっている。
ルリの荷物は大半がマナを使って起動するマジックアイテムである。
「あの男が私を見誤なければ、あんな洞窟なんかに行かなくてすんだということですよね。」
だがどう考えたって全身黒衣で身を隠した女性に警戒するなという方がおかしい。
「…だから、もっと顔を見せるようにして近づいてくれば他の反応してたっての。」
この旅の異様な部分は、ルリの護衛たちがそれぞれ全く面識がなく、誰が来るかも出会うまではわからないという危険な合流方法をとっているところである。ルリが見ればわかるそうだが、アルバートの正体にも気づいていない時点で関係ないだろう。ルリの顔はこれからの『仲間たち』に割れているのに、護衛たちの顔はルリ本人はおろか他の者たちも知らないとなると恐ろしい。しかし、そのことをアルバートを除く3人はあまり気にしていなかった。
(俺が警戒しておかないと…)
アルバートは先頭に立って常に目を光らせている。仲間はとりあえずどうでもいいが、ルリの身は守らなくてはいけない。思っている以上に世界に与える影響が大きいからだ。
こんなことを考えている彼は騎士になりすまして勝手に紛れ込んだ元盗賊である。
「アルバートさんが『昔の女だー』とか言うもんだから修羅場かと思ってワクワクしたんですけどねぇ。」
「こんな男、何度生まれ変わっても好きならないわ。」
キーウィもフリティアも勝手なことを言う。
(出会って一日二日なのに、アタリが強くね…?)
親愛なる巫女様の背中に、無礼にも腕を突っ込んでまさぐっていたからである。
フリティアは前を行くこの胡散臭い男の首筋をギラギラ睨みつけていた。隙あらば一刀両断である。
「でもアルが、私を守るためにしてくれたことですから…」
ほほ笑むルリの顔が清涼剤である。内容はともかく、フリティアのささくれ立った心をやさしく凪いでくれる。
「まあ、それであれば、今回は私も許しましょう。」
(何様だよ。)
言いたくても後ろからズバッと斧でいかれたらたまらないので黙っていた。
少し拓けた今はもう使われていないであろう休憩所を見つけて、小休止がてらその場にどまって今日のキャンプ地を探すことにした。
「うーん、キャンプ場とかあればいいんだけどなあ。キーウィ、川がそのあたり流れているはずだからちょっと見てきてくれるか。」
「了解です。」
キーウィは脇の道にそれていった。
先のような盗賊も出ず、穏やかなハイキングに様変わりしたので、後備えのキーウィを使ってテントを張れるような場所を探す。
残った三人は休憩所で少し休む。アルバートがドカッとすすけた木の長椅子に腰を下ろすと埃が舞った。トタン屋根がさび付いていて、座った振動が伝わりぽろぽろと上から何かの破片が落ちてくる。
ルリはそれを見て休みたいにもかかわらず座るのをためらった。椅子や壁にもそもそ小さな虫が這っているのが目に入ってしまい、鳥肌が立つ。
「少し曇りましたね…。」
フリティアがそっぽを向くように空を見上げた。
旅の仲間たちはルリのマナについて、というかマナの症状をよく知っているが、本人はあまりその時の意識がないようであまりショックを与えないよう黙っている。真実を知ってさらに動揺されても困るからである。
「…えっとアル…。」
目を片手で覆って目の前の惨状を視界に入れないようルリが震えて何とか察してほしそうにする。
「しかたねえな…」と椅子から立ち上がりほこりを払ってやろうとすると、
「お待ちください、ここは私めにお任せあれ。」
仰々しく胸に手を置いていったと思ったらすぐに背中からステッキを抜く。もう片手でバッグからハンドバッグサイズの丸い機械を取り出す。二つを勢いよくジョイントする。
「御覧に入れましょう!こんなゴミ捨て場のようなくさい所にルリ様を誘い込んだアホの尻ぬぐいはこれで解決です!」
ちょいちょいとんでもない罵声を交えてくる。
機械のスイッチを入れるとブィーンとモーターの回転音が激しくなりステッキの先の穴が周りの空気を吸い込み始める。
「ティ、ティア!それはなんですか!」
初めて見るものへの畏怖である。
「これがあればメイドいらずですよ。その名もバキュームスイーパー!こんなこともあろうかと昨日買った新品!あっと!」
フリティアはにこやかに吸い込み続けるステッキをルリに向けてしまった。
「ひゃぁん!」
胸が服の上からついばむようにバキュームされて、ルリは悶えた。
「あー!ルリ様ごめんなさい、私ったらついうっかり(可愛かったので。)。」
「なにするんですかぁ!」
頬を膨らませて怒って見せるが、フリティアはなあなあで謝って満面の笑みである。
(…こいつ…わざとだ。)
アルバートも体を震わせて真っ赤になるルリが見れたので、悪い想いはしていなかった。フリティアはそれに気づくと、今度はスイーパーの先端をアルバートの口に押し付ける。ついでにギアチェンジをしてモーターをさらに回転させる。
「何か言いました?」
悪い笑顔である。
「んぼぼぼ!」
口がはるか彼方に引っ張られていきそうである。唇も張り裂けそう。アルバートは必死に鼻呼吸をした。
「ティア!悪ふざけするならそれしまってください!」
ぽこっとルリが悪さをしている女戦士の肩を叩いて怒鳴る。
「すみません、ルリ様。今すぐ取り掛かりますね!ほらあんたどいてなさい。」
アルバートの返事も待たず、フリティアは強引にアルバートをひっぺ返して椅子の埃を虫もろとも吸い上げた。ものの5分足らずで辺りがすっかり埃っぽくなくなる。
「凄い…」
ルリが見とれている横でアルバートは丸く腫れた口の周りをさすっていた。
「後は、水で拭いて汚れを落とします。熱湯とかがいいですね。」
それをきいたルリが嬉々として背中のリュックから無数の深い溝が彫られた円柱のボトルを取り出す。
「マジックプレッサーです!この穴に水を注ぎ入れ、炎魔法の力で水を一気に噴射します!元々強力な水魔法がなかった時代の産物で、モンスターに浴びせて一網打尽にできたそうです。」
「『モンスター』って…シカとかイノシシとかそういうのではなく?」
実際『モンスター』とか言い出すのは過去の冒険譚やそれにあこがれた冒険者たち、もしくは妄想が過ぎる勇者様ぐらいである。
魔法は軍事利用されている歴史があるので、おそらく未開の地に住む他の人間たちのことを、征服者たちが美談として語るために、醜悪な『モンスター』として置き換えたのだろうが…まあそれとルリとは関係のない話である。存分に使えばいい。
「あとはお水ですけど…」
川まで取ってこようかとアルバートが気を利かせようとしたときに、使いに出していたキーウィが戻ってきた。
「みなさん、もうすこし先の川上の方にバーベキューしてる人たちが結構いましたよ!ちょっと分けてもらっちゃいました!」
左手にくし焼きと右手にバケツを持った大した勇者があらわれた。
アルバートは荷物を背負い始める。
「それじゃあ、移動して…」
そうアルバートが言いかけた時、ルリがキーウィの持っていたバケツに反応する。
「キーウィ、それもしかしてお水入ってます?!ちょっといいですか!」
ルリが興奮してキーウィのバケツにマジックプレッサーを浸ける。ちゅーっと栓を引っ張ってプレッサーの中を水で満たした。
「見ててくださいね!」
ルリがアルバートに向かってほほ笑む。
ぶつぶつとルリが口元で何かをささやきマナを手先に集中させた。マジックプレッサーの溝に炎が走っていく銀色のボトル部分が炎の揺らめきで満たされた。
「はぁっ!」
手のひらにぐっと力を込めた時、水が勢いよくはじけ出した。その勢いはすさまじく、たった手のひらボトル一杯分の水なのに、一瞬にして長椅子の汚れを弾き飛ばしてしまった。
呼吸を整えながら、まるで新品のような輝きを見て、ルリは満足そうであった。