騎士だと信じて疑わない…の8(終)
旅館の食堂で朝食をとる。一席に奥からルリ、フリティアが並んで座る。ルリの対面にはキーウィ、その隣がアルバート。ビュッフェのスタイルでとても金に余裕がない集団とは思えないほどそれぞれの好きな食べ物がずらりと並べられている。
「結構、持ってきましたねぇ。」
ルリは所狭しと置かれた皿を一望する。
「ここから長いですからしっかり食べておかないとですね。」
キーウィは早く食べたいといわんばかりに、すでにナプキンまで首にかけて両手にナイフとフォークを構えている。子どもか。
「本当は男どもの分は払わずにルリ様と私の二人きりの食事を楽しむ予定だったんですがね。」
フリティアの目は冗談を言っていない。フリティアはどうもかなりのポケットマネーを持ってきているらしく、この宿も2人部屋2つ朝食付きのサービスが受けられるのも彼女の自費のおかげである。男たちの部屋は狭く明らかにグレードが低かったものの久しぶりに警戒に立たなくていいこともあり、アルバートもキーウィも驚くほどぐっすり眠れた。それもあってあんまり文句を言うことができない。
「お食事の前に、自己紹介しませんか?」
キーウィが一瞬「えっ」と不満を漏らしそうだったので、アルバートは彼の腿の筋肉と骨の隙間を狙って殴りつけた。
「!!」
急な痛みに静かに悶えるキーウィ。対面の二人からは手元で何が行われているかわからないので、アルバートは素知らぬ顔でテーブルに頬杖をついた。
「まずは、ティアから――」
「はい、私はルリ様をお守りするために生まれてきたフリティア・ワルディです。ここ何日か町で聞き込みをしていて、ようやくたどり着いたのがルリ様のピンチの瞬間だったのでこれは運命としか言いようがありません!どうぞよろしくお願いします、ルリ様!」
もう眼中にはルリしか入っていないようだ。手を取り、キスができそうなほど顔を近づけてハァハァと息を乱している。
「ルリ様は本当にこの世に舞い降りた天使に違いありません。私が来た以上、これより先にルリ様の御身に危険が迫るなど決してなくなりますので、ご安心ください!」
前のめりになりすぎてルリの体が反り返っている。やはり傍から見るとフリティアはならず者たち以上の危険人物に思える。
「ありがとうございます。でも私は大丈夫です。自分の身は自分で守るがモットーですから。」
褒めちぎられて照れながらも胸を張ってルリは答える。これまできちんと自分の身を守れているような感じではなかったが。
(まあ、気持ちは大事だよな。)
アルバートはこっそりほほえましく見ていた。
「私は、ヒタキ ルリ。東のアイオの出身の巫女見習いで、オパリシア公国の命によりこの世を救わんと――。」
「あああまてまて!」
得意げになってルリが重要事項を全部漏らしてしまいそうになるのでアルバートは彼女の発言を遮る
「ルリ様のお言葉に話って入るなど、やはりいい度胸をしていますねぇ?」
ルリの朝食を切り分けるために持ってきた、魚用のナイフを逆手に構えて強く握りしめる。丸っこい先端なのに鋭利な刃物に見えてしまった。
「じゃ、なくて、この場で言っていいことと悪いことがあるだろ!誰が聞いてるかわからねえんだから!」
ごくごく普通の意見を述べているつもりである。
「こういうのは隠さない方が…」
「みんなルリのことは知ってるんだよ!」
アルバートに怒られてしゅんと落ち込むルリ。それを見て、フリティアはアルバートの顎を拳で殴りつけた。
「言っていることはそれほど間違ってないので、ルリ様を悲しませた罰として一発で済ませてあげましょう。」
「…そ、そりゃどうも…」
顎をさすりアルバートが渋い顔をする。
「…」
話が途切れ、3人の視線がキーウィに集まる。こらえきれず朝食を食べ始めたキーウィが圧力に気づいてきょろきょろと見渡した。
「あれ?食べないんですか?」
「……今自己紹介の時間なんですけど。」
つくづくマイペースさに問題を感じる。これでいて割と戦闘能力が高いというのだから、バカのふりをしているのかもしれないと一瞬思ってしまう。
「すみません、我慢できなくて。」
すみませんの一言で流してもらおうという魂胆である。特にフリティアの目が冷ややかだったのは言うまでもない。
キーウィは口についたソースを拭きとり、まだ残っている皿の料理に目移りさせながら自己紹介を始めた。
「えー、俺は、キーウィ・テアロア。職業は勇者で――」
「えっ。ちょっ…」
今度はフリティアの方が話を遮る。
「職業、『勇者』って…?」
アルバートは無言で目をつぶる。
「勇気ある若者ののことを指すんですよ、ティア。」
この中でルリとキーウィだけはその言葉の純粋な意味を受け止めている。
「いえその…お言葉ではございますが、『勇者』って自分で名乗りますか…?普通…。」
アルバートもそう思っている。ただ、キーウィは出会った時からすでに勇者を名乗っていたのだ。
確かに有史以来、この世界の隅々まで見渡すと『勇者』と呼ばれたものは数えるほどは存在する。しかしどれも彼の者の功績を称えて尊敬の念を込め、周りが付けた称号である。それにあこがれた若い冒険者、とりわけ夢見がちな男子諸君に多い、自称勇者。気持ちはわからなくはないが、どう考えたって『勇者』は職業ではないのだ。
フリティアも珍しく引き気味であった。
「『勇者』って…キーウィ、あなた、まさか……童貞、ですか?」
「なっ……!なんで!?なんで、そうなるんですか!!」
核心を突かれごまかすために立ち上がって憤慨するキーウィ。
「そういうお店はちゃんと行ったことあります!」
顔を真っ赤にして精いっぱいの虚勢と見て取れる。だが、年若い女の子の前で言うような話ではない。
「わかった、わかったから座れ。」
アルバートはキーウィをなだめる。ウブな経歴を暴かれそうになった時の抵抗策が「風俗だって行ってる!」はなんとも言えない哀愁が漂うのに彼は気づいていないのだろう。こうなるとむしろ身の潔癖を潔く語った方が好印象かもしれない。
「じゃあ最後は」
幸いなのはルリがキーウィの話した内容をほとんど理解できなかったことだろう。アルバートの順番が来た。
「俺はアルバート・ロス。よろしく。」
ぴらっと手を振って意外なことに待ちかねていた朝食を食べようと早速スプーンを持つ。
「待って、アル!もうちょっと自己紹介してくださいよ!」
ルリがアルバートの淡々とした態度を遮って前のめりになってくる。
「俺自己紹介苦手だし…。」
嘘である。あまり自分のことを語りたくはないだけだ。
「しょうがないなあ…」
とルリは困って頬っぺたをかくが、まんざらでもなさそうに代わりにアルバートの紹介を始めた。
「アルはですね、とっても強い西の聖騎士様なんですよ。私が無事にここまでこれたのもアルのお陰といっていいかもしれません。」
さらっとキーウィの功績が減らされている。
「物知りで、ぶっきらぼうなところもあるけど、私たちのことを考えて守ってくれて…」
だんだんと表情が和らぎうっとり語るルリの横顔を見ながら、嫉妬に狂いそうなフリティアが、無表情のアルバートと交互に見つめる。キーウィはさっさと食事の続きを始めていた。
「ですからティア、アルは見た目ほど悪い人ではないんです。騎士の名に恥じない高潔なお方です。」
「ングググ…」
これほどまでにヘビがすくむほどの憎悪の眼差しを向けられたことはなかった。
「ティア、これからよろしくお願いします。昨日はティアが来てくれてよかった。」
「はい!」
その一言だけでぱっと明るくなれるのだから、フリティアも大概なのであった。