騎士だと信じて疑わない…の7
ルリたちはゆっくり暖かい布団で一夜を過ごした。フリティアが宿をとっていてくれたようで、先の依頼をしてきた宿屋には早々に別れを告げきたのである。
「うーん…」
ふすまからこぼれてくる朝日に照らされて、ルリは久しぶりに気持ちの良い目覚めを迎えた。手に持っていた故郷から連れ立ってきたぬいぐるみ、トーマルくんを枕元に置いてふすまを開ける。
「おはようございます、ルリ様。お加減はいかが?」
昨日の夜に合流した新たな仲間、フリティアがパタパタと駆け寄り、姿見の前に座らせて髪の毛をとかし始める。
「ありがとう、ティア。ここは故郷とよく似ていて安心します。ぐっすり眠れました。」
「はぅ…」
感謝の言葉だけでフリティアは鏡越しに恍惚とした表情を浮かべる。
「で、でもですよ…。」
目をきょろきょろと動かして何やらぎこちない様子のルリ。フリティアは優しく彼女の髪をなでながらその姿をほほえましく感じている。
「その…寝間着…は、肌寒そうです…」
フリティアのパジャマは薄手も薄手で、黒のシースルーの下に、それに合わせた柔らかなナイトブラのシルエットが。同性でもこんなにあられもない姿で目の前に現れられると目のやり場に困ってしまう。スレンダーなフリティアの姿がルリにはっきりと大人の魅力を感じさせた。
「ルリ様、寝るときも可愛い格好してなくちゃ、ですよ。」
そういいながら、ルリのわき腹を細い指でふにふにと揉んでくる。
「ひゃっひゃっ…」
「せめて夜用の下着はつけておきましょう。せっかく素敵なお胸なんですから大事にしないとー…」
脇腹にあったフリティアの指がワキワキと動いて上に登ってきた。さながらこれは虫のようだ。
「ギャッ!」
思いがけないタイミングで鷲づかみにされそうになり、咄嗟に邪悪な手を打ち払ってフリティアのそばから離れる。突然強力な痛みがフリティアを襲ったのか、一撃で屈強な彼女がのけぞってしまった。
「す、すみません…調子に、乗りました…。」
フリティアのポケットマネーのおかげで女二人部屋を一室とれている。男どもは遠く離れた別の階の一番安いところにぶち込まれた。しかしながら、こんな調子のフリティアはルリから見たら、まだアルバートやキーウィの方が安心できるレベルである。
気を取り直して再び髪に触れようとすると、フリティアに聖なる防御が発動し始める。
(な、なぜ…!?)
ルリに気に入られたくて見栄を張りたいフリティアはやせ我慢をして深くて輝く黒髪を丁寧にじっくりととかした。
「髪型はいかがいたしますか?」
「バラけなければいいです。一つにまとめて先を結んでいただけますか?」
そう言われフリティアは苦い顔をした。巫女のいうことは絶対だが、彼女のヘアスタイルをいじってあげたい気持ちも退かせることができない。
「…ちょっと涼しげに、お耳を出してみましょうか。」
フリティア精いっぱいの折衷案である。
「…お、お願いします。」
そういわれたルリも少し緊張した面持ちで、少し期待をするような眼差しで鏡の向こうのフリティアを見つめた。
両サイドをそれぞれ丁寧に編み込み耳の上を通し、後の髪を包むように真ん中で結ぶ。留め具にこの瞬間のためにフリティアが出発前から買ってきたバレッタを使った。ホワイトゴールドの細かい装飾に飴色のワンポイントがきれいに光る。
「ルリ様、どうでしょう?」
髪をセットしている時も無論痛みは止まらなかった。
「ティア…ありがとう!」
ルリはパッと振り返ってフリティアにほほ笑んだ。出来栄えにすごく満足をしているようだ。フリティアも鼻血が出そうなほど感激している。
「しかし…ルリ様のお召し物はいいですね…髪をセットしてからも着替えられるなんて…。」
順番が完全に前後してしまったときは失態だと落ち込みかけたが、ルリの袖を通して羽織るような服はせっかく作った髪を崩さずに着替えることができて非常に助かった。その着替えの最中、朝日に照らされる巫女様のあでやかなシルエットをじっくり心行くまで堪能したのは言うまでもない。それに気づいて顔を真っ赤にしながらルリが怒ったのも言うまでもない。
「アルたちが待ってるでしょうから行きましょう!」
支度を済ませ、ぷりぷりと頬を膨らませても、ルリはフリティアと行動することを忘れはしなかった。
「アル、キーウィ、おはようございます。」
待合スペースまでフリティアとやってきたルリは朝早くから元気に挨拶をする。アルバートもキーウィもよく眠れたのか少しすっきりした顔でソファに腰を掛けていた。
「おう、ルリもよく眠れたみたいだな。」
「巫女様、おはようございます。」
「んふふ。」
ルリは後ろ手を組んで、二人の目の前で立ち止まる。にこりと笑顔になって静かに口を閉じた。
「…?」
キーウィはきょとんとする。これはわかり切ったことなのでルリは気にしない。問題はアルバートだ。
「なんだか、今日は嬉しそうだな。」
そうそう。そうなんですよ。
「当ててやろうか。」
はいはい。どうぞ。
「ここの朝食にルリの好きなアイスクリンがでるからだろ。」
「えっ!そうなん……っ違います!!」
ルリの剣幕にアルバートはケラケラと笑っている。そんな姿を見てルリはいっそうオカンムリである。ぶぅ、と顔を膨らませてアルバートを睨みつける。
「ルリ様、こんな奴などどうでもいいでしょう。私たち二人で…」
「悪いかったよ。待ってくれ。」
フリティアがさっさと会話を切ろうとするので、アルバートは立ち上がってルリのそばを通る。
「…今日の髪型、可愛くて似合ってるな。」
気づいてもらえて頬を赤くしながらもプンとそっぽを向いてアルバートを無視した。いい気味だとフリティアもあざける。アルバートとキーウィも笑っていた。