騎士だと信じて疑わない…の6
夜になるとどこの酒場も混んでいる。まだまだ青い冒険者には刺激の少ない落ち着いた店の隅の席が似合っている。
「へぇ、あんな端の町まで行く予定なの。」
「そうなんです、ここで一休み―と思ったら…いやぁ参っちゃいますね。」
アルバートとロコウは昼間に男どもの間の手から助けた縁から半日で酒を酌み交わす仲になった。自分は実は窮地に立たされていたという驚きと、それを知らずに助けてもらえたという安堵と、酒の酔い心地が混じって酒の席を一層愉しいものにしてくれる。
「冒険者ってのは深いねぇ。まさに探究者って感じでさ。」
「いや、言いすぎですって!」
褒められて悪い気はしていないのか、ロコウはニヤニヤしながら否定をしている。
「でもなんで騎士やってるあんたが冒険者なんかに?騎士でも十分食えるだろ?」
「それなんですけどね…」
アルバートはロコウの横の壁に置かれているバックパックを見ながら言った。すぐに出せるようにしているのか羊皮紙の巻物が一本袋の横に突き刺さってむき出しになっている。対してそのロコウはぼーっと天井を見上げて考えるような仕草をしているので気づかない。
「あ、そうだ。ここまで来てなんですが、自己紹介してなかったですね。俺はロコウ・リカンです。大飯ぐらいなのが特徴。」
拳一つが丸ごと入りそうなほど口を開けて口内を指さす斬新な自己紹介をする。アルバートも手を叩いて笑う。
「俺はトロス。職業柄、下の名は教えられねえけど、まあなんていうか、あんたの口の半分も開かない半端もんよ。」
イーッと口を広げてアルバートは笑って見せる。
「職業柄ですか。トロスさん、確かに気質じゃなさそうだなぁ。」
「おいおい、大きな声で言ってくれんなよ。騎士号ぶら下げてる冒険者の方が訳ありって感じだろうが。」
二人でからかいあって樽ジョッキの麦酒を飲み干した。
「けぽっ…ここのお酒強いですねぇ。」
「あれぇ、あんたそんなに飲み慣れてねぇのかな?」
当然ここの麦酒は有象無象と変わらない普通のアルコール度数である。アルバートは店員を呼んで他の飲み物を注文した。ささっとテーブルから離れて店員がすぐさま次のグラスを持ってくる。
「ほれ、これでちょっと落ち着きな。シロップみたいなもんだ。」
手渡された小さいグラスをコトリとロコウの前に差し出す。
「あっお気遣いすみません。」
「いいのいいの。あんたの金だし。」
「それいわれると辛いっすねぇ。でもま、トロスさんには恩義もあるしーいっちゃいますか!」
「おっいいねぇ!俺ぁそういう威勢の良さは好きだぜ。」
クイッと一杯すぐに飲み干してけろりとしている。アルバートがグラスを片しながら次の飲み物のメニューを広げて勧めながらいろいろと話しかける。
「ここのだとこの辺りが軽くて安くてちょうどいい。」
「へぇ、どれにしよう。」
とメニューをのぞき込んでいるロコウにアルバートは訊ねた。
「…それで、騎士のロコウさんよ。」
「はい?」
ロコウは色とりどりの飲み物の写真に目移りしているので顔を上げない。
「冒険って誰かと一緒にするのか?」
「えっなんでわかるんですか?」
驚いてメニューから顔をのぞかせた。
「そりゃ一人旅にしては荷物の量が少ないからよ。分担でもしてんのかと思って。」
冒険にも持ち物は必要である。特にどこでも寝られるよう寝袋などの寝具は必須アイテムである。例えば酔いつぶれてそのあたりのベンチで寝ていたら、身ぐるみ全部はがされて朝を迎えたとしても文句は言えない。
ただし、金持ちなので毎回どこかの宿に泊まる、という場合もある。進軍の必要はないがそれではもはや旅行だ。そうすると今度は彼のこの暑苦しそうな重装備が説明がつかなくなる。
「はーなるほど、よく見てますね。この街もどこか宿をとろうと思ってたんですけど、結果こんなんなっちゃって。」
「ははは。他人事かよぉ。」
軽く言っているが実際のところ大ピンチだったはずである。勝手にヤキモキさせられた分、アルバートは請求を上乗せしてやろうかと思ってしまった。
「旅は何人で?」
「うーん、わかんないんです。」
「はぁ?」
思わず声を出してしまう。冒険メンバーをその場で募るタイプは存在しているのは聞いているが、絶対にトラブルが発生するのが直感でわかる。
「男…だけのパーティにする予定なのか?」
一瞬エイケツの男たちのムキムキと引き締まった背中が脳裏をよぎった。
「いえ、一人は確実に女の子ですよ。」
「あー…男女のトラブルには気をつけてな…」
アルバートは心底そう思った。一人は、という言い方なので複数人のパーティは確実。男二人女一人では女をめぐって取り合い殴り合いに発展しやすい。しかも精力旺盛な若者たちで構成されるので大変な乱痴気騒ぎもありうる。事実、ここ数年で街の警吏によって補導された若年層パーティの騒ぎが後を絶たない。
「大丈夫ですよ。」
とんとんとチェストプレートを叩いて鼻高々に語る。
「その女の子絶対男が触れられないようになってるらしいんで。」
「えっ怖…」
一体どんなカラクリなんだ。触れただけで爆発したりするのだろうか。触る瞬間に腕が溶け始めたりするのだろうか。
「……とんでもない不細工、なのか…?」
しかしそれだけなら、ハートを射止める条件を満たす可能性は十分にあるのであまり問題にはならない。
「失礼しちゃうなトロスさん、結構かわいいですよ。ほら。」
ピラリと胸のポケットから一枚の写真を取り出した。
アルバート・ロス。物心ついたころから家は貧しく、最後は一家離散の憂き目にあう。以来、運よく転がり込めた「先生」と呼ばれる者のもとで世渡りの術を身に着けて、盗人として日陰に生きてきた。成長してからは素顔を隠して人に近づくことを覚え、対外的には「気のいい兄ちゃん」を演じることができ、より高度な盗みも行うようになってきた。しかし、どうしても同じような立場や苦しんでいる者には手を出すことができずうっかり情が映って、理にかなわない人助けをしてしまうこともしばしば。非常に徹しきれない甘い面はわかりつつも、傍から見るとその辺りの甘さが人を引き寄せる要因になっている。
女性にはかなり弱い。幼いころにイロイロと手ほどきを受けた「先生」よりある教えを授かってからは、外っ面はクールを装えているものの、内面はパッションがほとばしっていてもう大変である。
それでも女性に対して大分免疫がついてきたと思っていたが…。
(やべぇ……なんだ、この子。)
初めて見る黒髪のさらりと風に流れるような軽さ。まだ、幼さの残る無垢の肌、ほおを紅潮させて笑う姿。唇が写真でもわかるほど艶やかに潤う。見たこともない異国の装束で、胸下まで伸びたロングスカート(だろうか)。その上に乗せられたような豊満な胸にはすでに大人の魅力が漂っていた。写真一枚を見つめて少しの時がたった。
「どうっすか。」
顔を真っ赤にしてニヤニヤとロコウが笑いかける。
「え…と、写真これだけ?これだけじゃ魅力はわからないなぁ~。」
自分でもこっぱずかしいぐらいの「もう一枚ないのか!モットミセロ!」の建前。ロコウは「え~?」と言いながらごそごそカバンを探る。その背中を生唾をのんで見守るアルバート。視線は真剣であった。
(酔ってるだけ…俺は酔ってるだけだから…)
頭のどこかで理性が警鐘を鳴らす。
「じゃーん」
といってロコウが一枚の紙を出してくる。アルバートは素早くかぶり付くようにそれをのぞき込むが一瞬で目が覚めた。
「は?」
認定書、と書かれている。
[認定書:クォツァル領騎士 殿 貴殿はオパリシア協会の厳密な審査により『救世の巫女』の護衛に認定されたことをここに証します。]
クォツァル領とは、大陸の西端から中央平原まで大きく領土が広がるディアマン帝国内の一大勢力で、代々領主が帝国に忠誠を誓っている今時殊勝な特権的所領である。このロコウはそのお偉い領主様のご子息様らしい。
実際の帝国はここ数年の度重なる自然災害で大きなダメージを追っていて、現在、復興作業が急ピッチで進められているら。当然一番の奉公人であるクォツァル領からも復興支援の派兵が行われているのだろうが、そんな折にこの認定証が届き、しぶしぶ手の空いていたロコウが出発することになった。という話である。
「ふーん、ということはあんたはある使命を負って東を目指してるってところなのか。」
「そうなんですよメンドくさくて…あっ!トロスさんこの話内緒ですからね。」
「あたりまえだろ、そんなん人に言えるかっての。」
アルバートはもう落ち着いていた。『救世の巫女』の話はアルバートも知っている。本当に実在するとは思わなかったが、先ほどの写真を見たらあながち嘘ではない感じがした。
「……さっきの子いくつ?」
「今年16になるとかならないとか。」
アルバートとは少し歳が離れている。若すぎる娘には興味はほとんど抱いてこなかったが、先ほどの写真を見て以来すべてがプラスの要素に聞こえる。
「いいじゃねえか、世界を救う旅かよ。」
アルバートはしみじみ語った。何というか自分とは真逆の世界である。果てしなくまぶしくて、うらやましい。
(まっとうな道だよな…。)
しかし、ロコウは少し表情を濁らせている。
「どうした?」
「当事者からしてみれば、これ結構大変なんですよ。」
「へぇ?」
「まず、さっきの子が…あ、ルリ様というらしいんですけど、その『救世の巫女』ってやつなんですけどね。それの存在を嗅ぎまわっている連中がいるらしくて、それから守ってやらなくちゃいけない。これが一つ。」
ロコウは指を折った。
「世界にある四つの神殿に行かなくちゃいけない。ということはもう世界中を渡り歩くってことになるんですけど、これが本当につらい。お金もかかるし途中でお金稼ぎもしなくちゃいけないんですよ。普通協会の方から必要な路銀はよこしてくれますよねぇ?」
ロコウが地図を広げてトントンと適当に街の名前のところを指でつついていく。それに合わせてうんうん、とわざとらしい相槌をアルバートが打つ。
「そして最後が、この子の心が常に穏やかであることを守ること。ってことだそうです。わけわかんなくないですか?この年頃の女の子って難しいし面倒だし、穏やかであることを守ることってなんなんですかね?」
「そこはわかんねえなあ。」
「ねー。」
ロコウはぐいっといつの間にか届けられていたグラスを空にする。
「とにかく、親父は頑張れ頑張れ言うんですけど、本当は行くの親父の方だったんですよ?それの仕事俺に押し付けて、ないでしょ?」
ケラケラと酔いが回ってきて気持ちよさそうに悪態をつく。
「あーやだなあ行きたくねえ。俺もトロスさんみたいに、ふらふら自由に遊んでたいなあ。」
そう言ってむにゃむにゃ言い出して笑ったまま寝た。たいしてアルバートの瞳は冷ややかであった。
(……は?ふらふら…?遊んでたい…?)
途中まではうらやましいと思っていたし、多少なりとも応援しようという気にもなっていた。だが、酒は本音を引き出す。
「へっへっ…そんなに遊んでたきゃ、俺が教えてやるよ…。」
アルバートはまた影のある笑みをこぼして、幸せそうな寝息を立てるロコウの耳元でささやいていた。
「大将さん、俺の連れ、あそこで寝ちゃってるからちょっと見ててやって。」
「あいよ、でも今日忙しいからついてた方がいいんじゃねえか?」
「俺も予定あんだよ。……ちょいと東の方まで急ぐんで。」