騎士だと信じて疑わない…の5
人はやっぱり単純なもので、外見が多少変化しただけでも気分ががらりと変わる。ポケットに残っている路銅貨6枚に触れていても「何とかなるか」と晴れやかな気分である。
(これまでも意外と何とかなった。どうせまっとうに生きようとしてもダメな時はだめなんだ。俺のこの腕があれば、食うのには困らねえさ。)
小粋にジャケットを肩にかけて鼻歌を歌いながら、目につくのは往来の人々の懐、ポケット、カバンに背広。アルバートは暗い笑みを浮かべていた。
「お姉さん、そっちは危ないよ。」
フラフラと頭からつま先まで全身ブランド物に包んだ良い男を連れて路地に入っていこうとするカップルを呼び止める。
「彼氏さんも、この街初めて?この先はいいところなんてねえよ。それよかほら。」
アルバートは大通りの向こう側、威勢のいい声が飛び交う市場を指さした。つられて二人もそちらを見る。
「あっちがこの街のメインだ。」
「ちょっと騒がしくて。」
「いやいや、抜ける途中の角にね、隠れ家的な『アグレアス』ってカフェがあるんだよ。落ち着いてて二人きりになるには便利だぜ。」
彼氏はへえと感動したように手を叩いた。
「ありがとうございます、ちょっとそっちに行ってみます。」
「なんの、いい日を。」
別れを交わして二人が通りを向く。アルバートは彼氏のかぶっていた帽子をするりと滑らせて取ってしまった。気づかず楽しそうに会話をするカップルの背に向かって仰々しくお辞儀をする。盗んだ高級ハットをちょこんと乗せて、また陽気に歌いながら歩きだしていった。
(紹介料はいただいたよ。)
道のわきに放置されていた傘をとってくるくるとまわしながら時々口笛なども吹いてみる。すると横からしゃがれたおっさん声にはやし立てられる。
「兄ちゃん、ずいぶん機嫌がいいじゃねえかあ。」
笑顔になると歯が何本か抜けている無精ひげのおっさんである。シシシと笑うと隙間から息が漏れる。
「そうだなあ、今日は天気いいからよ。」
「そうかい、良い帽子かぶってるよなあ。」
物乞いの類である。ずるずるとすえた服を引きずっているおっさんにアルバートはハットを頬り投げてやった。いきなり飛んできた高級帽にあたふたする。
「やるよ、それ。今日は暑いからちゃんとかぶっときなよ。」
「え、え、いいんかい?」
おっさんは目を点にして戸惑う。
「いい、いい。」
アルバートは手をひらひらさせて笑ってやった。
「その代わり、その帽子ちゃんと汚しときなよ。いいもん持ってると思われたら、おっさんの身が危ないからな。」
「あ、ああ、ああ…こりゃ。」
おっさんは帽子をとって近くにたまっている泥水を掬いあげて、言われた通りばちゃばちゃと高い帽子にかけた。
「へへ、ありがとさんよ。」
「なんの、いい日を。」
遠くの道端で慌てて何かを探している二人の男女が目の端に入ったが、アルバートは素知らぬ顔でどこかに他の路地裏へと曲がっていく。入った先で妙なものに目が付いた。
「あれは…」
さっきの通りでうろちょろしていた鎧の青年である。ガタイのいい男たちに囲まれて、呑気に会話をしながら街の端の方へとどんどん連れていかれていた。
「あいつらは、エイケツとか言った集団だったかな。」
この街きっての武闘派集団『エイケツ(株)』。構成員はどこからか流れてきた腕利きの男たちばかりで構成され、この街の自警団としても町民から一目置かれている。ただしそれは表の姿。裏では夜な夜な怪しい邪教の儀式を行っているだとか、連れていれたものはこちらへ二度と帰ってこられないだとか。とにかく怪しい噂の絶えない集団。それでも受け入れられているのは、その実績と確かな実力による。噂は嘘だと擁護する者までいるせいで、裏の顔については町民からはアンタッチャブルの扱いになっている。
「しかし、かわいそうに。お上りさんだか何だか知らないが…こんなところであんな奴らに目を付けられるとはな。」
アルバートもエイケツの目つきの鋭さには気が付いていた。まるで獲物を品定めするような…。この街で大きな悪さができないのは彼らがいるからである。せいぜいすり程度だが、なかなか成功しない。街のどこかにいる筋骨隆々の男たちが自分のことをじっと見つめているかもしれないからだ。
(さっきのが成功したのは…この辺りの奴らがあいつにかまっていたせいか。)
陰から見るとそんなに悪い感じには見えない。肩を小突いたり、尻を叩いたりしてからかってじゃれているように見える。
考えてみれば、鎧の青年は元々彼らの仲間だったかもしれない。アルバートがその場を黙って立ち去ろうとすると、彼らの会話の一部が耳に入ってきた。
「どうだい、ここが俺たちの家さ。」
「へぇ、すごい。」
「みんなで共同生活して、己を高めあうんだ。」
「そうそう、いいぞ、夜はお楽しみもあるからな。」
「でも、俺長居するのはできませんが…。」
「いいのいいの、短くても。同じカマの飯を食えばそれはもう仲間。離れていても…ここでつながってるからさ。」
「ははは、なんでお尻叩いてるんですか。」
談笑のようだがなんだか妙な違和感を覚える。
「いいかい、ロコウ君。大事なのは株だ。」
「株?」
「そう、後ろについた株が俺たちをしっかり支えてくれるのさ。」
「うーん?そうなんですか?」
「そうだとも。」
「あっ!エーケツカブの後(株)のことですね。そうかそうか、資本は大事ですもんね。」
「そう、俺たちの資本はこの肉体。これなくしては皆を守ることはできない。」
「ほー…。」
微妙にかみ合っていない。アルバートはその場から離れようか悩んでいた。
(だけどアイツがひきつけてくれていた、お陰でちょっとのオイタは見逃されてんだよな…。)
アルバートはロコウと呼ばれた青年と面識も何もない。つまり助ける義理は毛頭ないのだが、何かを隠しているような『エイケツ(株)』の連中は信用することができない。アルバートは息を大きく吸い込んだ。
「それじゃあ、そろそろ…」
「スリだーっ!スリが出たぞーっ!!」
突然路地に男の叫びが響き渡る。エイケツたちはすぐさま仕事人の顔になった。
「諸君!出動だ!」
「応っ!」
ザッザッと規律正しく筋肉の男たちが列をなして路地をさかのぼっていく。
「あっちの通りの男女が何か先ほどから困っている。やられた!盗られた!とか言っていたぞ!」
路地を抜けた先から助けを求める声が聞こえた。俄然男たちは燃え上がり駆け足でその男女の元へ向かっていく。後ろからそれを追うロコウは、横から何者かに声をかけられた。
「しっ、ロコウクン、お前はこっち。」
突然の声の主に驚いていると襟首をつかまれ、隊列から無理やり引きはがされてしまった。