まだ少しだけ観ていきたい…の6
観念したように大げさにため息をついた。
「…正直に話す。実はルリの元に行く騎士は違ったんだ。」
ルリは足をピタリと止める。
「最初にルリの写真一式を受け取ったのは騎士団長でな、そいつが隠して『これは私が行かねばならない!』なんて興奮して言うもんだから何かあると俺たち下っ端は感づいたんだ。」
大通りには人が多い。アルバートは大急ぎで嘘話を作りながら少し歩いて路地に入った。ルリたちもその後に続く。
「あまりにも受け取った書類を隠し続けていたのでいよいよ怪しいという話になり、俺なんかは忍び込むのとかが得意だったから…その。」
「権利証をこっそり持ち出した、というこですか?」
フリティアが呆れたように頭をかく。アルバートはそれに応じるように神妙な面持ちでうなづいた。
「本来なら騎士団長が来るはずだったということですか…?」
アルバートはまたもうなづく。
「でも、騎士団の誰でもいいような書かれ方だったからな。」
呆れた、とフリティアが首を振った。ルリも少し複雑そうな苦い表情をしている。
「いつかは言わなくちゃと思ってたんだが…そういうわけだから顔を合わせづらいんだ。」
「…写真を、えっと盗んだあと他の人に見せたんですか?」
「見せてない。独り占めした。」
アルバートの知られざる悪事を聞かされてルリは頭を抱える。
「…それは…どうしてです?」
少し怯えの色も見えた。ルリはアルバートのことを信頼している、だからこそ彼の言う「事実」が意外と心に重たくのしかかってきていたのである。アルバートは頭をかいた。とても言いづらそうな表情である。
「……一目ぼれ、だよ。」
目を背けてつぶやくように言った。しかし静かな路地ではそれだけでも響いて聞こえる。
「えっ…あっ…アル……?」
その不意の一言でルリが建物の陰にいてもわかるぐらい赤くなった。不信感は一瞬にして恥じらいに変わった。アルバートの話をまとめると、本当は来るはずがなかったが自分に見惚れて独り占めした、ということになる。
ルリは少し不安に思っていた。自分は大人の女性としての魅力に欠ける。アルバートのことが気になるとはいえ、このままだと女性慣れしてそうな男性に好意抱かれるなどということは無理なのではないだろうかと。
「そ、そうですか…アル…ふうん。へえ…。」
明らかにもじもじと恥ずかしそうに体をよじらせるまだ年若い巫女。だが、これを良しとしない者がいる。
「アルバート、調子に乗らないでくださいよ。」
大斧の刃先をアルバートの喉元にピタリとくっつける。鉄の冷たさが、思いがけず本当のことを言ってしまったアルバートの上がった体温を一気に冷ました。
「…やー…こ、こうなるからあんまり語りたくなかったんだよ。」
「一目ぼれぇ?それなら私も…いやむしろ私の方がルリ様を慕っているといってもいいです。」
牙をむき出しにしてがちがちと鳴らし目の色を変えて威嚇してくる。
「アルバート、貴様…やはり許せん…!人がせっかく我慢していた想いを…ぬけぬけと言い出しおって!」
フリティアは肩でアルバートを押し腹をけり上げた。
「…ティア!?」
「旅路に貴様のようなケダモノが付いて来るとわかった以上…この場で切り伏せてくれる!」
両想いになられると自分の入る余地がないのである。今阻止せねば…。地べたに伏せながらアルバートは顔を上げた。
「ま、待てフリティア…俺も仕事はちゃんとやるから!」
「騎士団長様に!鞍替えしましょう!」
フリティアは斧の柄でアルバートの額を一突きした。
「ティ、ティア、やめて。アルを殺したりしないで…!」
追撃をくらわせようとするフリティアの前にルリが立ちふさがる。
「…ご安心を殺したりしませんよ。」
思いのほか柔らかい表情でほほ笑まれる。だがルリがほっとしたのもつかの間。
「ただ、灸はすえねば。」
「あだ!いだ!」
今朝ほどオーギからくぎを刺されたのだから、本性をあらわにしてしまったのであれば当然の報いである。オーギはフリティアを止めはしなかった。とりあえず、ある程度成敗されたあとの治療を施すつもりで苦笑いしている。
「アルバートさん、年下好きだったんですね。」
キーウィはどこまでも呑気である。
とりあえず、気はそらせた。アルバートは窮地を脱し、その代償にフリティアからの正妻を受け入れた。
「何ニヤニヤしてるんです!わかってますか!」
フリティアだってここまでちゃんと仕事はしてきた殺すつもりは毛頭ない。ただ、この男の本気っぽい告白を許してしまった以上はルリとの深い仲になるのを阻止しなくてはならない。私怨と使命感が入り混じった懲罰となった。