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スクセの巫女がチョロすぎて…  作者: アホイヨーソロー
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騎士だと信じて疑わない…の1

 この日もアルバートにとってついていない一日であった。ふた月ほど前に長らく付きまとっていたコソ泥見習いをソデにしてからずっとこの調子である。賭場では常日頃から負けずにほどほどに勝つ、を徹底していたはずなのに外野からヤジを飛ばされムキになって高めを狙って自滅してしまった。どんなヤジだったかは一カッとなってしまったせいで覚えていない。思い出したくもない。

 他にもこの前購入したばかりの、写真をとるための高級なカメラどうも実は中古のガラクタをつかまされていたらしく、この日をもって動かなくなってしまった。

(目利きには自信があったのにこのざまたぁ…)

 他にも曲がり角で暴漢にぶつかってしまう、近所のバカ犬にションベンをひっかけられる、どぶに足を突っ込んでしまう、体を清潔にするために借りたシャワーが故障して熱湯しか出ない…。

(どうも天は俺をまっとうな人間にさせたくねえみたいだな。)

 ボロボロになって入ったなじみの酒場で、安酒をちびりちびりと煽りながら、カウンターの隅でアルバートはふてくされていた。

 この店のマスターはアルバートのお気に入りである。なんてったって余計に話しかけてこない。注文を取りてきぱきと仕事をこなし、またすぐに持ち場にもどる。物静かだが店に来た客たちへの気配りはかかせない。仕事人はこうでなくては。

 今日だってこのように人の少ない昼間っから飲んでいても何も言ってこない。しかも、一番安い一杯のアルコールがやたら高いだけの蒸留酒を舐めていてもそれが当然という風に接してくれている。

「ここだけが俺の救いだぁ…」

 アルバートは現在無職で住所不定。就職先が見つからない。これまでやってきたあれやそれのこ狡いことを隠して一念発起、真人間になろうと雇い主を探しているが、これがなかなか見つからない。

 求人情報誌が街の大通りで無料配布されていて、アルバートももちろんそれを持ってきてはいるが、ページを指でめくって手持無沙汰に遊ぶだけではっきり中を見ようとはしない。今は見る気が起きないのだ。

「誰かのためにーなんてなれないことやるもんじゃねえよなあ…。」

 アルバートは大きくため息をついた。

 完全いヤキが回ったのはひと月前の「お仕事」である。

 とある街で幅を利かせる嫌みな小金持ちがいた。危ない橋は渡らない、が信条のアルバートはこの男のことをいけ好かないとは思っていても、その男はよからぬ噂も多く、さして自分の周りは被害を被っていないので無視を決め込んでいた。

 状況が変わったのは「お仕事」の一週間前。借りている宿の娘が泣きついてきた。聞けば、母方の父親がその小金持ちと交友があり、この間晩餐会を催したとのこと。祖父はきちんとその男をもてなすために方々から資金をかき集めた。宿屋の娘もその日ばかりはいつものほつれの多い家事手伝いの服ではなく、きれいなドレスを身にまとえたらしい。

 宿屋の経営こそうまくいっていないが、その日は見栄っ張りの祖父のおかげで豪華な食事会を開けたそうだ。

 だが、成金男は満足しなかった。所詮、宿屋の一家など店をやらせる代わりに場所代、土地代、上納金を吸い取るだけの存在にすぎない。その程度にしか見ていない人間がなした『豪華な食事会』もたかが知れていた。

 男はあからさまに不機嫌になり、会の途中でわざわざ来ていた3流楽団の演奏を止めてこういった。

「本日はお招きいただき、え。どうも、誠にありがたく存じ申し上げます。こんな会は生まれて初めてで大変驚きを隠せません。今日のお礼に我々が開くパーティでよく行われている遊びを皆さんにお教えして差し上げましょう。」

 どうやらその男の周りでは『プレゼント交換』と呼ばれているらしい。それぞれの賓客とパーティホストが極上の品を持ち寄り、くじによる抽選で順番を決めて好きな品を持っていけるというものだそうだ。

 そのような出し物など、今まで一度も小金持ちが主催するパーティに呼ばれたことがなかった祖父は困惑する。そうしていると小金持ちは声を上げて持ってきた品物を披露する。

「これがあれば一国一城の主はカタい。ピカルチェのハイジュエリーですぞ。」

 取り出されたガラス玉のような大きさの宝石を見せられてさらに宿屋の祖父は委縮してしまう。

「もうしわけないのですが…」

 苦しい表情をしながらそんなにすばらしいものと釣り合うようなものがない、と男に深く謝った。すると成金は宿屋の娘を指さして言う。

「あるではないか。それを差し出せ。交換といこう。ん、なんだその顔は。孫娘は玉のようにかわいいと申していたではないか。私もそのように思うので、その宝石ならつり合いはとれようて。なに今夜は私とお前たち家族だけなのだ。直接交換をしても文句はでまい。」

 と強引に話を進めてしまった。祖父たちは必死に抵抗をしたが、男は全く聞く耳を持たなかった。数日後には迎えが来るらしく、どうにかして避けることはできないか、藁にも縋る思いで、のんびり宿で過ごしているアルバートに声をかけたのである。

 世話になった例もある。この娘ともなかなか親しくして過ごしていたので、どうにかして力になってやりたいと思った。

 これが失敗だったのである――。

「……失礼いたします。」

「んっ?なんだよマスター、もう閉店?まだ開いたばっかりじゃねえか。」

 アルバートは相変わらずの客の入りを見て、酒場のマスターに軽く抗議をする。

「申し訳ないのですが…日頃よりご来店いただいていることは感謝しております。しかし、アルバート様。もう何日も一杯だけで長時間いられるのは店としても非常に困るのです。」

「ええっ?」

 寡黙なマスターははきはきとした声でアルバートに退店を申し付ける。

「で、でもよ…こういっちゃなんだけど、あんまり人いねぇし、いいじゃんかちょっとぐらい…。」

「いえ…。」

 マスターは首を振って、アルバートの耳元まで口を寄せる。

「あなたはあまり評判がよくないので、過去のことは詮索はしませんが。アルバート様がいらっしゃること他のお客様の迷惑にもなっているのです。」

「………」

 さらば、楽園。

 アルバートはポケットに銀貨一枚も持たずふらふらと外を出た。いつもなら酒臭さを嫌って体の臭い消しにいそしむのだが、糸の切れた凧のように風に吹かれてどこかへ消えていった。

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