も、これだけは譲れない…の5
突然神殿からあたりを焼き焦がすような熱波が砂埃を巻き上げアルバートたちを襲った。その急激な変化に二人は神殿へ急行する。
「キーウィ!どうした何があった!」
アルバートが神殿の入り口で一人所在なく呆けているキーウィを発見する。しかし彼は先程の異変も気にも止めないのんびりした様子で、
「あっ、おかえりなさい。なんか今は入っちゃだめみたいですよ?」
とにこやかに返事をした。
ルリの身に何かがあったに違いない。アルバートの頭には先ほどのニエの話が頭をよぎった。
「言ってる場合か!?…オーギ突入するぞ!」
「はい!」
二人はキーウィが取り付け直した扉をもう一度ぶち破った。今は最悪の自体も考えている。
「ルリ!」
神殿の中央にその異変の中心があった。アルバートは剣を抜き、ルリのもとへ駆け寄ろうとする。
「あっ…」
ルリが必死の形相の、自分を守ろうとやってきたアルバートの姿を見つけた。
「こっ!来ないでください…!!」
ルリはその熱をさらに強くして魔力だけでアルバートを押し返してしまう。
自分に向けられた拒絶感にアルバートは驚きを隠せなかった。
「いいから。いいからどっか行きなさい、アルバート。」
しっし、とまるで犬か猫のようにフリティアがアルバートを追いやる。頭の中が混乱したまま、アルバートは首をひねりながら外に出て行かされた。
残されたオーギも、あたりの様子を見て自分たちがなにか思い違いをしていると悟る。
ネウラリアはカラカラと笑った。
ーーほら、見なさい。巫女様はやっぱり…
「ち、違います!!そんなんじゃないです!」
激しく顔を真っ赤にしながら、ニヤニヤと笑う神を否定を続けるルリ。
アルバートたちがシリアスなやり取りをしたころ、こちらでは…
ーー巫女様、少しお願いがあるのですが。
世界を変えるほどの力を持つ神からのお願い。断る理由などない、とルリは頷く。
「なんでしょうか、天神様。」
仰々しく頭を垂れるルリに対して、ネウラリアはそんな必要はないと軽く言った。
ーーいえね、最近私のもとにニエが届けられていないわけですので…
「ニッ…?!」
ーーそのニエに、どうでしょう、巫女様になっていただきたいのですが。
当然ルリは色を失う。祭事を大切にする故郷の風習からもニエとはどんなものかルリは重々承知していた。
「そ、それは…その…今すぐ、こ、この場で…?」
恐怖によりブルブルと震えだすルリ。なんの冗談だとフリティアが斧を構え睨みつけた。
「神といえど…それは私が許しません。ルリ様を傷つけるのであれば、何者であろうと私が切り伏せます。」
かつて悪漢をすくませた彼女の眼光も神には通用しない。ネウラリアはただカラカラと笑うだけである。
ーーははは、そう構えず。ニエとはですね、あなた方が思ってるのと全く別物です。
ルリたちが首を傾げる。
ーーそも、人なんて食べたところでなんの糧にもなりません。われわれ四神が必要としているのはマナの方ですからね。
「では、ルリ様のマナを全部吸わせろということか!」
フリティアが斧を再び握りしめて吠えた。
ーーそう結論を焦らないで。最後まで聞いてくださいな。
ネウラリアは神殿の更に高いところに羽ばたいて移動した。もちろん血気盛んなフリティアの射程外から逃れるためである。
ーーニエ、を始めたのはレンリ君です。
そんな、とルリがまた落ち込む。
ーー彼はやはり神と対峙するには供物が必要だと思いこんでたんですね。何回も必要ありませんと答えたんですが。ある時、怯え震える少女が供物として私の前に差し出されました。なんと不憫なことか。どこからか攫われてきたのかそのあたりは定かではありませんが、彼女の意思を無視して捧げてきたわけです。
ネウラリアは天井を見上げて思い出していた。
ーーハナから食べる意思などない私にとって、私の姿を見て怯える娘はそれはもう可愛そうで仕方ありませんでした。なんとか不安を取り除こうとした結果、彼女にいろいろ問いかけをします。どこから来たのか、とか好きなものはなんだとか、当たり障りのない話。ようやく気持ちがほぐれ私も心地よくなってきたところで彼女をこっそり元の世界に返してあげたわけです。
かつての話。レンリがまだ若く、駆け出しの占い師の頃のことらしい。見た目がなかなかなものだったので女性を引っ掛けるのは苦労しなかったようだ。
ーーレンリが頃合いを見計らってこの室内に入ってきます。何もないと疑われて面倒ですので、以前この過酷な世界に無謀にも飛び込んで命を落としてしまった者の頭骨を彼に渡しました。すると彼は…ふふ、簡単に騙されて私がそのニエを食べたものだと思っていろいろ願いを言ってきます。どれも私には取るに足らないものだったので叶えられそうなものだけ叶えました。有名な占い師になったのは私のおかげです。
ニエとなった少女たちが次々と送り込まれてくる。それをあえて黙っていたという。
「ですが、それは…なぜ?」
ーーだってこんな寂しい世界に押し込められたんですから。人とお話ぐらいしたいでしょう?