世界が闇に包まれる…の14(終)
フリティアは間違いなくアルバートが街であった黒布の女であった。というのも車の後部シートにそれらしき布と助手席の背もたれにルリの写真が飾ってあるからだ。しかも周りには花などをちりばめられているうえ、シートの部分に見るからに柔らかそうなクッションまで敷かれている。
「では、帰りましょう!ルリ様、女の子がこんな時間にこんなところにいてはそのお肌が荒れてしまいますよ。」
この場合、場所はあまり関係ない。
フリティアの提案をルリは断った。
「私たちは宿のご主人の依頼でここにいる強盗団を倒しに来たんです。それが終わるまでは…」
フリティアはぽかんと口を開けた。また豹変してこちらに襲い掛かってくるのではとアルバートは身構える。
「素晴らしい…」
拍手。ルリの言葉に感じ入ったようにゆっくりと手を合わせる。
「それでこそ巫女。この世を救う旅というもの。道行く人が困っていれば手を差し伸べる。なんと…慈愛に満ちた行為…」
「そ、そうでしょう?」
ルリは照れて頭をかく。
「そうと決まれば。」
フリティアはすっくと立ちあがり斧を持ち上げて車の方に歩いていく。
「私にお任せください。あの程度の連中秒もかからず皆殺しです。」
飛び出るワードが先ほどから物騒すぎる。ルリもアルバートも慌てる。
「まてまて!戦意を失ってるんだから無理に攻撃する必要はないだろ!」
「はぁ?悪に情けは無用でしょう?」
下から恐ろしい女が鉞を担いではい出てきたものだから、車まで集まってのぞき込んでいた強盗たちも卒倒する。女性一人に大の男が「ヒィッ」と情けない声を上げて回るのは、似たような体験をしたアルバートには珍しくもない光景だった。
「ア、アル!アル!ティアを止めて!」
たぶん自分が言っても聞き入れない。今にでも殺戮ショーが始まってしまう様子である。
「ルリ、お前じゃなきゃやめてくれねえよ!あのならず者どもを殺されたくないなら一緒に来てくれ!」
「はい!」
一体どこにそんな力があるのか、フリティアは大斧を肩に担いでザリザリと地面を足の裏でこすりながら近づいていく。あまりの恐怖に腰をぬかすものも何人かいた。血を分けた契りを結んだはずなのに、後方3人ほどは走ってどこかへ行ってしまった。それに続いて逃げる途中で1人がルリが躓いたところで同じように引っかかり倒れてしまう。逃げ道がふさがれたならず者たちにいよいよフリティアが迫ってきている。
ギラついた女性のまなざしが男たちの心臓を串刺しにした。
「許してぇ!」
もう子供のようにわめくしかできない。
「だめ。」
「ティア!まって!ストップ!ストォップ!!」
後方から張り裂けそうな声を上げてルリがアルバートに助けられながらフリティアに追いつく。
「あっルリ様!?ここは危ないですよぉ。」
軽く言い返しているが、目線は獲物から決して外さない。
「ティア、その人たちはもう警吏にお任せしましょう?」
「はーい。」
驚くほど素直に、だが確実にならず者たちに近づいていく。もうこれは殺された、と何人かは忘れていた信仰を思い出して天へと祈りを捧げたという。
こうしてならず者たちは逃げた者たちを除いて縄で縛り上げられた。
「まあ、強盗にかける情けはねえけど…」
アルバートが涙を流して安堵するみすぼらしい男たちに目をやる。
「だいたいこいつら、全然強盗として稼げてなかっただろうよ。」
「えっなぜです?」
リーダー格はさっさと逃げてしまっていたので、二番手らしき男がアルバートに答える。
「あの街がリゾート地だっていうから襲っちまおうと思って山越えてやってきたんだ。」
鼻をすすりながら笑えない話を始める。
「でもよ、厳重にもほどがあるまもりで、それまでずっと普通の村でつまはじきにされてた俺らには到底無理だと思ったよ。」
だから今更村へ戻るわけにも行かず、かと言って街中に入れるわけもなく、やってきた旅行客を道中で襲うことにしたそうだ。
「これも失敗だった。奴らは確かに金を持ってる。金持ってやがるから当然車で来やがる。あんなん速いしおっかなくて立ちふさがれねえよ…。」
ひんひんと嗚咽を漏らしながら、これまでの苦労を語った。
「お前らが来たときようやく飯にありつけると思った。そしたらくっせえ汁をぶちまけられた。もう踏んだり蹴ったりだよっ!」
副リーダーが声を上げて泣くと周りの男たちも感極まったのか同じように泣き叫んだ。手を縛られながらもお互いを慰めあい、抱き合ってむせび泣く。
「うるせえええええ!!」
何いい話みたいに語ってんだよ!
とりあえず、この間抜けな犯罪者共をしょっぴくことにした。
「ルリ様、どーぞこちらのシートに!」
本物を助手席に乗せたくてウズウズしているフリティア。祭壇のようになっていたシートをきれいにして迎える準備は万端である。
「わ、わたし…その…」
ルリは辛そうな表情を見せた。
「機械…嫌いで…」
「えっ。」
ルリは機械が嫌いである。それは触れたものすべてが故障するという異常事態。「私は機械に愛されない身なのです…」とはじめの頃に語っていたが、そもそも人工物に神など宿らない。本人は表立って認めようとはしないが、あらゆる方面の機械音痴であるの隠しようがなかった。
「えっ、そん…え?」
未だに鍋の底をかぶっている巫女の意外な返答にフリティアは動揺を隠せない。
「私はアルとキーウィと歩いて村まで戻ります。ティアはそれで先に戻っていてください。」
今日一番の切ない表情をフリティアが見せた。ルリ様にそう言われてしまっては、と肩を落として渋々一人で運転席に乗り込むフリティア。その背中を見て、アルバートがルリに言った。
「ルリよ、乗っかるだけなんだから下手に触らなきゃ故障しねえよ。俺らのことはいいから乗っとけ。」
フリティアと同席はしたくないアルバートであるが、ルリに対する信仰心は本物のようなので彼女に任せようと思った。
「それに、ルリ。足痛めてるだろ?さっき立ち上がるときも左足かばって変な起き上がり方してたし。」
「き、気づいてたんですか…!」
ルリは恥ずかしそうに患部のあたりを抑える。頭の鍋の底がぐらりと揺れた。
アルバートとキーウィに見送られ、ルリはフリティアの車に乗り込む。もうそれだけで飛び上がるくらいフリティアは嬉しかったようだ。ただし座ったのは足をゆったり伸ばせる後部座席だった。
「フリティア、ルリを頼むぞ。」
岩壁スレスレをバックで戻る軍用車に向かってアルバートが声をかける。屋根が開いたままの車からフリティアが顔を出してアルバートを睨みつけた。
「何を当然なことを…それとルリ“様”です。正しき敬意を払いないなさい不調法者。」
これまでのルリの姿を見れば親しみは湧くが尊敬の念は抱けないだろう。アルバートは苦笑する。
「何がおかしいのです。」
「いや、なんでも?…ところでフリティア、これは貸し、でいいよな?」
アルバートはニヤつきながらフリティアの様子を見た。彼女の目が合う。
「チョウシニノルナヨ…」
これほど冷たい瞳が存在していいのか。
すぐにフリティアの様子が戻りにこやかにルリに声をかけている。
これから一体旅はどうなるのか。一抹の不安を覚えつつ、咄嗟に締まった尻の穴を緩めながら、アルバートとキーウィは抵抗力を失った強盗同好会会員を引っ立てていった。
次に待つは光か、闇か。