も、これだけは譲れない…の4
「よし、こいつはここにおいていこう。」
この男の知る全てを知った後、アルバートはつばを吐き捨ててそう言った。
オーギは首を振る。
「いかなる罪を重ねようとも、然るべき場所でさばきを与えるべきです。我々に生殺与奪の権限はありません。」
「…俺は正義の使徒じゃねえけどよ、少なくとも人殺しは野放しにするもんじゃないぜ。」
「…ですから。」
「この何もない砂漠で、この状況だからこいつは答えたんだ。身の安全を保証された場所で同じことを言うわけがあるか。」
「我々が証言をすれば…。」
「…証拠にならん。裁判の証言台に立てばそれだけ時間も食われる。俺たちはそんなことにかまってる時間はねえ。だから助けの見込めないこの地で放置したほうがいい。」
ハツネは本気でそうするつもりのアルバートの目を見て叫び声を上げた。
「…外道を始末するのに何もあなたが道を外す必要もありますまい。あなたは誉れ高い騎士。ルリ様からの信頼も篤い。一時の怒りに身を任せて彼女を悲しませますな。」
オーギは淡々とアルバートを諭す。実際その攻め口は効果があった。ルリに影響が及ぶ可能性がある。自分のした行動が彼女を傷つけてしまう恐れがある。下心のあるアルバートにとっては、避けたい状況であった。
「…誉れ高い騎士なんているもんか。」
アルバートはしばらく自分の足元を見ていた。
「騎士というのは、もっともらしい理由で殺しの許可をもらった兵隊のことだ。」
「違います、民を守る正しき者のことです。」
「年貢が足りないと不平を漏らし、酒をたらふく飲んで、女を追いかけ回す、それのどこが正しいんだ。」
「あなたはそうではないからですよ。」
オーギは淀みなくそう答えた。
「ここまでの道すがらあなたのことを見ていましたが、聖騎士にふさわしいふるまいであると。義理堅く、機微に聡く、不殺の剣撃の使い手。少々女性に弱そうなのが瑕といいましょうか。」
「あんたとはそんなに長くないんだが。」
「長くなくともわかることは多いのです。」
「俺が何者なのかわかったつもりでいると。」
オーギは黙って頷いた。
「……どうだかな。」
元盗賊のアルバートは彼から顔をそむけた。
「ですから、あなたはそのようなことはしてはだめです。」
「…前にルリにも似たようなことを言われた。」
ならずものの潜む鉱山に向かった時、水源にどくわ投げ込もうと提案したが、即座に却下された。アルはそんなことをしてはだめです、そう言っていた。
(揃いも揃って俺になんの期待を寄せてるんだ。)
フリティアのように牙を向いてくるぐらいがちょうどいい。アルバートはため息をついた。
「わかった。こいつをしょっぴく、あのふざけた占い師と首を並べてな。」
「ええ、それがよろしい。」
オーギはすかさず誘眠、と呼ばれる意識を奪う魔法をハツネにかけた。二人の会話の流れをそばで聞いて、緊張と緩和を繰り返していたハツネには魔力に対する抵抗力が減衰していたため驚くほど簡単にかかった。
「眠らせて運びましょう。暴れられたり逃げられたりしてはだめですからね。」
恐ろしい魔法である。治療魔法の一つであり、痛みを和らげる麻酔の副作用のようなものなのであるが、悪用しようとすれば恐ろしいほどの力である。
「だから我々、聖職につくものしか治療魔法は扱えないのですよ。」
軽々と縛り上げられたハツネを肩に抱え二人は並んでルリたちのいる神殿の方に戻っていった。
「……そういえば、神がニエを必要としていた話はどうする。」
「ルリ様には余計な負担をかけたくはありません。沈黙を選びましょう。」
「わかった。」
アルバートは口をつぐむ。