も、これだけは譲れない…の1
今までどこで何をしていたのか、あるいは見ているだけで何もしていなかったのか、天神ネウラリアが再びルリたちの前に姿を表した。
ーー終わりましたね。
最後の最後、占術師レンリを縛り上げることができた。彼はオーギによって吹き飛ばされた扉の下でのびていた。
ーーあなたがたが巫女様をお守りする方々で?
「いかにも。神殿内での狼藉は何卒お許しいただきたい。」
年長者のオーギが前に出て謝る。
ーー別にどうなろうと構わないですね。ここはそのひげの男に数十年前に用意された場所ですから。
ルリは軽く言ってのけるネウラリアに対していくつかの疑問をぶつけた。
「その、こういう空間は創れるものなのですか?」
ーーそう。強大な魔術師はちょっとした世界なら創れるのですよ。別の次元に。……彼はまあ、この私に砂ばかりの世界を用意しましたが。
壮大な話のはずなのだが、ネウラリアは興味なさそうに答えるのでいまいちピンとこなかった。
ーーその世界を創るという力と同等なものが、世界を守る力なわけです。
二つにまとまった大きな複眼を穏やかに動かした。
「世界を守る…。」
ーー巫女様のマナを神々に捧げて、こことは別の次元、つまりあなたの世界を安定させるのです。天災というのは我々の意思とは関係なく避けられませんが、乱れたものは整えなくてはならない。
マナは心に左右される。この乾いた世界は、レンリの心を映したものなのだとネウラリアは言った。
「ではダンジョンのようになっているのは…」
ーー他の神々のところも何かしらあったんでしょうねえ。私達を外敵から守るための過酷な地なのだと彼はかつて言っていましたが、私を思うならもっと快適な空間を用意すべきだと、そう思いません?
翅を小刻みに震わせて笑った。開いた口がまるでリューサのように化物じみている。少なくともネウラリアは口でそう言いつつも深くは悩んでいない様子だとルリに伝わった。
「あの、レンリ先生たちは一体何を考えていたのでしょう。」
騙されても、ひどい目に遭わされても、ルリはどうしても人を深く憎むことができなかった。
ただ、ネウラリアから返ってきたのは、
ーーわかりません。
一言だけだった。
しかし目に見えて落胆するルリに慌てて言葉を付け加える。
ーーああ、一つ言えるのは、巫女様を利用してその純粋な世界の安寧への願いを、自分たちのために使わせることだったのかと思います。
「まあ細かくは奴らに聞けばいいだろう。聞き出すのは俺たちに任せてくれりゃいいよ。」
アルバートが不意にルリの肩に手をおいた。
「ばっ!」
激しい痛みによって吹き飛ばされたように後ずさりする。
(いってえ…学習しないな俺も。)
ーーさ、巫女様。人も集まったしやるべきことをやりましょう。
ネウラリアはまだまだ疑問が尽きないルリを見かねて、まずマナを捧げるように促した。
ルリは四人の無事を喜び、もう一度彼らの姿を見返す。彼らの誰一人かけることなく、今自分に微笑み返してくれた。ルリは満足そうに頷いて神と対峙する。
手のひらで空をなで、別の生き物になったように腕が這う。その奇妙な動きに合わせてゆっくりと手先に光か集まっていった。
それを見たネウラリアが彼女の指先に吸い付くように頭を寄せる。以前ならあんなグロテスクな頭は近づいてきただけでも卒倒していただろうに、アルバートは密かに彼女の成長を感じていた。
彼女の指からあふれる光の玉をネウラリアは美味しそうにいただいた。
儀式が終わる。
ーーささ、彼らに聞きたいことでも何でも聞いて…
「あっ!?」
キーウィが気づいたときには捕らえていたはずのローブの者たちが一人を除いていなくなっていた。レンリすらいない。
ただ、残された一人はアルバートたちがやったものよりも、さらにきつく柱に縛り付けられていた。
「トカゲのしっぽきりといったところですかね」
「抜け出すのに気づけなかったとは…」
「多分あの占い師でしょう。」
フリティアが苦々しげに答える。
くやしそうな四人に向かって、儀式を終えたルリが語りかけた。
「みんな、大丈夫。私はみんなが無事だっただけて本当に嬉しいです。」
「ルリ様!」
ルリのあたたかな微笑みにフリティアが感激して打ち震えた。ルリに突進する勢いで飛びつく。
「きゃっ!」
ルリは驚いたが、嫌そうではなかった。優しくこの女戦士の背に手を回す。しばらくそうして動かなかった。