世界が闇に包まれる…の13
岩壁が削れ、けたたましい音を鳴り響かせながら鋼鉄の乗り物が入り口からくだってきた。キーウィはそのまま跳ね飛ばされてゴロゴロとアルバートたちのいるところまで落ちていく。闇を切り開くように洞窟内が明るく照らされた。
「ぐ、軍用車…!!」
間違いない。ふもとの町で見た警吏のための軽車両が、なんでこんなところにあるのかゴリゴリとあたりの強盗を蹴散らしながら突っ込んできている。
万事休す!――と身構えた時だった。
すんでのところで車は急ブレーキをかけて止まる。驚愕してその場で固まっている三人は車両の屋根がパカッと開いたのを見た。
「ルリ様!ようやく見つけました!」
中から女性が両腕を振り上げて飛び出してくる。
「私はフリティア!フリティア・ワルディと申します!ああ!お会いできる今この瞬間をどれほど待ち望んで…っえ゛ッ!」
それまで満面の笑みだったフリティアの眼が見開かれ血走った。
一目見た時から胸を撃たれようやく見つけた麗しくも可憐な巫女様の、その艶やかでまだあどけないうなじが光を放ちながらまろびでており、ユリの花弁のように清い白衣ともちもちの肌の間に。間に!男の腕が入っているではないか!もぞもぞと…何を!
「ぎっ、貴様ァァァッ!!!!」
突如として怒り狂ったフリティアが、背負っていた両刃の大斧を振りかぶる。
そして躊躇なくアルバートの腕めがけて垂直に降ろした。
「ギャッ!」
アルバートもおおよそ出したことのない声で間一髪、腕を引っ込めた。殺さないようつかんでいたクモか何かを握りつぶしてしまった。
ギンッと鋭く重い音とともにルリとアルバートの間に鋼鉄の刃がめり込む。
睨みつけるというか、親の仇にもこんな表情はしないだろうというほどの怒りの形相で顔をのぞき込まれ、さしものアルバートも肝が縮んだ。
「あ、あのっフリティア…さん…?」
ルリが張り詰めた声で必死に狂戦士に声かける。
「ルリ様!私なんぞフリティアと呼び捨てでいいですよぉ!」
達人の域の早変わりである。急な鼻声に男たちはさらに恐怖が増す。
「あ、むしろティア、とかそういう親しみを込めた感じで…アッそれでもまだ早いかしら…ああ、でもでも…」
彼女は乙女のごとく恥じらい始める。歳はキーウィに近いぐらいか。物騒なものを振り回している割に、体はほっそりとしていてちょっと癖っ毛のあるブロンドの髪が暗闇でもよく見えた。
「えっと…フリティアは…協会から使命を受けた…?」
「はい!そうです!あなたの守護天使、フリティアです!」
よどみなくそう言い切り、フリティアはあいさつ代わりのハグをルリにした。ルリも少し安心したようでこわばらせていた肩をゆっくり下した。
「はぁ…よかったぁ…」
「よ、よくねーわ…」
完全に血の気が引いたアルバートが言う。先ほどのピンチの時よりよっぽど命の危機を感じた。
「フリティア、この二人はここまで私のことを守ってくれた大切な仲間なんですよ。」
ルリがアルバートとキーウィを紹介するが、フリティアは冷ややかな目で一瞥しただけですぐにルリに抱き着きなおした。しかも何なのか、息を大きく吸っている気がする。
「これからは私がお守りするから安心してください。楽しい二人旅にしましょう?」
「ちょ、ちょっと待ってくださいよ。」
キーウィが相変わらずの様子で物怖じせずに話しかける。
「あ?」
彼女はキーウィを目で射すくめることができた。
「あんたな…いきなりやってきて、いろいろ言いたいことはあるが…」
「は?」
どうやらまともに会話をする気がないらしい。
「フ、フリティア?」
「ハイ!なんでしょう?」
ルリとの会話の時だけ女性にもどる。
「アルとキーウィは私たちの旅の大切な仲間です。仲間同士で喧嘩はいけませんよ。それに、アルは…」
「ちょちょちょ…ちょっと待ってください?」
フリティアは恐れ多くもルリのありがたい説法を遮って首を振った。ルリがきょとんとすると、困ったような顔でフリティアが訴える。
「『アル』とは?え、まさか…ルリ様、この男をそう、愛称で呼ばれ…て?」
「え、えと…」
正直に言っていいものかルリも少し困った表情をして、アルバートとフリティアの顔をお交互に見つめた。
「…はい。」
ルリは恥じらいながら言った。アルバートの方からそう呼んで大丈夫と言われたので、ルリも心おきなく呼んでいた。
フリティアは固まっている。髪の毛が逆立ちはじめ、目線こそアルバートに向けていないが背中からにじみ出る殺気を過敏に感じ取った。
「グヤジィ!」
フリティアは地面に刺さったバトルアックスの柄を折れそうなほど握りしめて引っこ抜く。血涙を流しながら唇をかみしめて斧の刃をアルバートの首筋に突きつける。あまりの暴れっぷりにアルバートも何もできない。
あてがわれた刃がゆっくりと首筋にめり込もうとしたとき、ルリが言い放った。
「ティア、やめて!アルは私のことずっと助けてくれたんですよ!」
「はうっ!」
ピクンと肩を震わせてフリティアは止まった。
「あ、あの…ルリ様。ごめんなさい。や、やめますのでもう一度お願いします…。」
口元から少しよだれが垂れていた。
「え…『アルは私のことずっと助けてくれたんです…」
「そっちでなくて!」
フリティアは必死である。
「え、と…ティ、ティア?」
「はうぅ…」
呼吸が乱れて鼻の穴が膨らんでる。あだ名で呼ばれただけでこの恍惚具合である。
協会の仲間の選定基準はいったいどうなっているのか。アルバートは知る由もなかった。