世界が闇に包まれる…の10
ならず者の住みかとなっている廃坑はルリたちが越えてきた山の中腹。かつてはここから銀鉱石などが大いに取れて賑わい、麓のこの辺りもリゾート地になる前は砿業の街として機能していた。警備が厳重なのはそういう背景もある。しかしのちに坑道の大きさがたたったのか大きなガス爆発が起こり、当時の作業引退に甚大に被害を与えつつ閉山。鉱山の奥のほうにはまだガスがたまっているとされ、管理人による厳重警戒の元、何人も入れないようになっていた。
が、どうしたことかその管理人が別の者に廃坑を譲渡してしまう。その者も特にいい加減ではなかったものの、いかんせん知識が乏しかったと思われる。管理はするにはしていたが守りが手薄になった隙をならず者たちに突かれてみすみす住まわれてしまうことになった。
「奴らは、もともとふもとの町にいたはぐれ者ーって言われてたが…。」
「うーんなるほど、ガスがあるから炎はだめなのか。」
「ガスがなくてもやめろよ。」
まだ炎魔法の可能性を捨てきれないキーウィにアルバートは呆れる。キーウィが強引に欠航しようともルリが拒否するだろう。
「お前、人としてどうかと思うわ。」
「えー…。」
とぼとぼと山道を登っていった。その後ろから息苦しそうな声が聞こえる。
「あ、あのー…」
「ルリ、どうした?」
「これ…今着てないとだめですか…?」
ルリは鎧を持っていない。この街には昔はあったろうがリゾート開発の影響で厳めしい防具屋はすべて撤退された。そのために即席の防具、鍋鎧を作った。
「寸胴鍋があってよかったですね。」
30人前の寸胴鍋の底をマジックハンマーとバーナーでくりぬいてルリにスポッと上からはめた。鍋鎧は胸当てとして使う。
女の子らしい体つきはすべて寸胴の鉄の筒の下に隠されて、手持無沙汰だった底の部分は少しへこまされてルリの頭の上に括り付けてある。鍋から手を出すことができないので非常に動きにくそうであるが、坑道内で魔法を出されたら困るので割と間違ってない処置かもしれない。
(ただ色気もへったくれもねえな…)
脇をしめて、寸胴鍋がずり落ちないように内側から支えている。
鍋の底を乗せるとき、今日のルリは気合を入れてポニーテールだったので激しく抵抗された。チャームポイントをすべてつぶされている上に、何重にも下履きを履かせているのでズリズリと足を引きずって後ろからのろのろついて来る。これから戦うというときにかわいさは大事ではないだろう。
目が合うとルリは訴えるような視線を送ってくるが、渋い顔を作りながらアルバートは無言で目を背ける。
ルリがこんなへんてこな姿なので三人は鉱山へ続く道路ではなく、脇の林の中を草木を分け入って歩いていた。
「うひゃあ!」
時々、ごわごわした下履きに虫が引っ付くせいで瞬時に世界が朱に染まる。その都度、アルバートがなだめ、引っ付いた虫を摘み取り、手をきれいに布で拭いてからぽんぽんと頭の鍋の底を叩いて慰める。(手を拭かないとルリが拒絶する。)
(鍋越しだとルリの守りは発動しないのか…。)
これは少し問題があるかもしれない。今後鎧などをルリに装着するときに返って聖なる防御が利かなくなるので相手の接触を許してしまう。だが中にきているチェインメイルだけでは心もとない。本当は全身鉄の鎧でくるみたいぐらいなのだが。
(ん、でも服の上からだと触れた瞬間に痛みが走るよな…。その違いはなんだ?)
マナの神秘としか今は言いようがない。
「アル、まだ何か体についてますか!?」
ルリは自分を見つめたまま無言のアルバートに急に不安を覚えた。慌てて寸胴鍋の隙間をのぞき込む。
「いや…」マナの事実は傷つけるかもしれない。
「鎧が似合わなくて悪いな、と思ってよ。」
「…今はしょうがないです。都のほうに行けばきっとおしゃれな鎧もあるんでしょうね。」
冒険者の間でも鎧のデザインは割と重要だったりする。威圧的なもの、シンプルなものが多い中、女性も親しみやすいデザイナーが付いたり、有名ブランドとコラボしたり、デートにも使える鎧なんかも売り出されたりしている。
「それにしてもデートに使える鎧って…」
「プラムジョニーのラブメイルシリーズですね!あれ前に一度来ていた方をお見受けしましたがすごく可愛いんですよ!」
アルバートのつぶやきにルリが食いついてきた。じろじろとまるで品定めをするようにアルバートの装備品を見つめる。
「アルもどうせ着るならかっこいい胸当てとかにすればいいのに。」
アルバートの胸当て、腕当て、手袋、腰当て、すね当ては、すべてレザー製の簡素な軽鎧である。軽くて丈夫で手入れがしやすいのでアルバートは好んで使っている。
「俺はいいんだよ目立ちたくないし。それにあんまりじろじろ見るな。」
「アルから先に見つめてきたんですけど。」
そっけないアルバートの返答に、プイとそっぽを向いて眉をしかめる。
「まあ、鎧っていうのは基本防具ですからねえ。俺もどちらかというと機能性重視ですよ。」
キーウィは全身完全防備である。フルアーマーは徒歩での移動に適していないので各関節に隙間があって余裕があるものの、どれもこれも一等上の品質の者に見える。「俺は金を持っています」と言わんばかりの装備品だ。プレートメイルにも家紋なのかくちばしの大きな丸っこい鳥の模様が装飾されている。
「手入れはしっかりしとけよ。」
さすがに留め具ぐらいはメンテナンスしているだろうが、せっかくのいいものが全体的にくすんでいて傷も目立つ。ありていに言えば、汚い。
(まあ地味なほうが相手に低く見られやすいからいい点がないわけでもない。)
「……」
先頭を歩いていたキーウィが声を潜めて身をかがめる。それに倣ってアルバートとルリもその場にしゃがんだ。いよいよ入り口が見えてくるころである。ここからはなるべく私語を慎んで相手の様子をうかがうことに専念をする。
入り口付近は崩落してふさがってしまうのを防ぐためか廃材で何重にも補強されていた。その近くには油のランプがつるされて火がともされている。明らかに誰かがいる証拠であった。
「よし、二人とも行きましょう。」
はやるルリをアルバートは抑える。
「まてまて、もう少し夜が更けてからだ。相手の人数もわからないし、強盗団というなら…相場ではあの手の奴らは夜は酒盛りに入るから…」
「相場?何の相場ですか?」
アルバートは一瞬戸惑いの表情を見せる。
「まあ、よくあるからっていう意味の言葉のあやだよ。」
「なるほど。しかし待つとなると…。」
「でもアル、遅くなりすぎては宿代が…。」
それを受けたのはキーウィとルリの二人である。正直で正義に燃えるのはいいが、きちんと契約内容を見てもらいたいものだ、これからは。
「金のことより自分のことだよ。」
人生はいつもそうありたいものだ。