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7.私は援助がほしい ~I require assistance.~

「よーっす、ただいま~」


金属製の重いドアを開けて入ってきたのは、ウェーブがかった茶髪にセーラと同じく碧眼をした、やはりこの船の制服を身につけた少女だった。手にはジュースの缶を2つ抱えている。この人がこの部屋の3人目の住人で間違いないはずだ。


「おお、コイツが噂の研修生か。客室乗務員志望だっていうから、うちの部屋に来るんじゃないかと思ってたけど、やっぱりだったな~」


彼女は部屋の中に入ると、2つある二段ベッドのうち、マリさんのベッドの上段に飛び乗り、足をぶらぶらさせながら手に持っていたジュースの缶を開けた。自分の頭の上から垂れ下がってゆらゆらしている足をマリさんが鬱陶しそうに見ている。


「ちょっとポーラ、そうやってベッドから足を出さないでよ!あと、ベッドの上でコーラ飲むのもお行儀が悪いから止めなさい!」


「ちょっとくらい良いじゃんか~、それにあたしは今日ずーっと細かい文字と味気の無い書類に悩まされてきたんだからさ、コーラでも飲まないとやってられないの!」


「よくないわよ!貴女の足が揺れてるのが視界に入るとどうしても気が散っちゃうでしょ!」


部屋に帰ってきて1分と経たないうちに、マリさんとポーラが言い争いを始めたのを見て、私はそっとセーラに耳打ちする。


「ねぇ、あの二人仲悪いのかな?出港初日からルームメイトが喧嘩してると、さすがに先行き不安なんだけど……」


セーラは二人が言い争いをしているにも関わらず、ニコニコとその様子を見つめていた。今日は彼女の色んな表情を見てきたけれど、やっぱりこの表情が彼女には一番似合っている。でも言い争いのときにする表情なのかな、それ。


「七海、大丈夫。あの二人なにかに付けてあんな感じだけど、地元の幼馴染同士で本当はすごく仲が良いんだよ。」


「良くないから!」


ポーラと言い争っていたマリさんが、セーラの発言を逃さず聞きつけ、即座に反論する。しかし昼間は押されてばかりだったセーラは、ここでは退かなかった。


「そうは言うけど、小さいときからずっと一緒で、同じ船員養成学校に入学して、同じ客室乗務員を希望して、最終的に同じ船に同じ見習いとして乗り組むんだから、仲良いどころか運命だよねっ。」


「そうだそうだ、あたしとマリは運命共同体なんだぞ、もっと言ってやれセーラ!」


「運命共同体だなんて、そんなこと……」


ポーラがセーラに加勢し、2対1になる。そしてポーラの発言を受けて、マリさんの反論の勢いが急激に弱まった。もはや彼女は2人に言い返すことが出来ず「確かに十数年間ずっと一緒だったけど……」などとはっきり聞こえない声で何事かをつぶやいている。私は傍観の立場を貫くが、形勢はどう見てもセーラチームが有利だ。


「そんなことより!ポーラ、あなたまだ七海に自己紹介していないでしょう。新しいルームメイトなんだから、普通そっちが先よね!?」


追い詰められたマリさんが、ゲームの盤面をひっくり返したようだ。まあ、私にとってもそちらの方がありがたいので、今日のところは引き分けということにしておきたいと思う。


「ちぇっ、マリのやつ逃げやがったな。まぁ、確かに自己紹介がまだだったな。あたしはポーラ・メイコム、見ての通りこの船の客室乗務員見習いで、マリとは出身地も年も学校も全部同じ、ついでに身長は私のほうが1センチ高い。」


「それは去年測ったときの話でしょ、今は私のほうが高いはずよ。たぶん。」


マリさんが反論を再開するが、ポーラは全く気にしないといった感じで続けた。


「まっ、私も見習いだしわかんないことは多いけど、せっかく同じ船に乗り組んだんだ、なにか困ったことがあったら遠慮なく頼ってくれよな。それと、これはお近づきの印。」


彼女は部屋に帰ってきたときから抱えていた缶ジュースの一つを、私に差し出した。勧められるがままに、私は蓋を開けひとくち口に含む。特有の香りと甘さ、口の中でシュワシュワと弾ける音が、その中身が確かにコーラであることを物語っていた。


「苦しいことも辛いことも全部忘れさせてくれる魔法の飲み物だ。それだけじゃない、なんと風邪にも船酔いも効く。いや~、売店にたくさん置いてあって助かったよ。これが無かったらマリにいじめられ過ぎて航海中に病んでたかもしれない。」


「ほんとに貴女は勝手なことばかり……」


私はコーラをもう一口飲む。転生先の世界であることを忘れさせるかのように、コーラの味は私の知っているそのままの味だった。


「いいなー、七海私も一口ちょうだい!」


セーラが物欲しげな顔で私にそう頼んできた。私がコーラの缶を彼女に渡すと、セーラは美味しそうに飲みはじめた。その瞬間、私の心にちょっとした悪戯心が芽生える。


「でもその缶、もう私が口つけちゃったけど平気?」


「!!!」


よほど昼間の「人工呼吸」が記憶に強く残っているのか、セーラは私の一言で面白いように動揺した。それどころか動揺の程度が行き過ぎてしまったのか、彼女は激しくむせ始める。やり過ぎた。私はセーラの背中を軽くさすって彼女の様子が落ち着くのを待った。


「セーラごめん、ここまで反応するとは思わなかったから……」


「ひどいよ七海!結構気にしてるんだからね、私」


セーラは涙目に加えて顔を真っ赤にし、私に抗議する。顔が赤いのは、むせたせいだけでは無いように私には見えた。


「マリ、お前も飲むか?あたしが先に口つけちゃってるけど。」


「この流れで飲むわけないでしょ!」


そう言うマリさんの顔は、むせても無いのになぜだかセーラと同じくらい赤くなっていた。


そうこうしている間に消灯時間となり、私たちは眠りについた。すでにマリさん達の方向からは、穏やかな寝息が聞こえてくる。私はベッドの中で、今日一日の出来事を振り返る。岸壁を走ったこと、海に落ちたこと、変わった女神様と出会い、コーラル・マーメイド号に乗り組み、セーラと出会いキスをされ、マリさんやポーラと出会ったこと。


あまりに多くのことがありすぎて麻痺していたが、私は元の世界から転生し、この世界で新たな生を受けることになったのだ、そして元の世界にはもうきっと戻れない。にもかかわらず、この世界は元の世界とそっくりで、コーラの味も全く変わらなかった。ちょうど海外旅行にでかけた人が、旅先で赤い缶に入ったコーラを見つけて安心するのと同じように、私もその味に慰められた。でも、その味が逆に、もう二度と戻ることはないであろう今までの暮らしを思い出させる。お父さん、お母さん、友達……ちゃんとお別れを言いたかった人がいっぱいいる、そう考えると無性に涙が止まらなくなった。


「七海、だいじょうぶ?」


その時、不意にセーラの声がした。目を開けると、彼女は心配そうにこちらを覗き込んでいる。セーラの優しい気持ちはとてもありがたいけれど、こんな自分の姿は見られたくなかった。


「さみしい、よね」


私の手を、彼女の手がそっと包んだ。


「七海、だいじょうぶ。」


セーラはそれ以上何も言うことは無かった。

その後、セーラは私が眠りに落ちるまでずっと手を握ってくれた。私はそこに、体温よりも温かいぬくもりを感じた。

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