69.私はあなたとの接近を維持する ~I will keep close to you.~
私はフェアウェル・パーティーが行われているポセイドン・シアターの前で見つけた小さな女の子の手を取りながら、彼女の母親を探していた。しかし彼女の母親について私が教えてもらった情報といえば、青いドレスを着ているという一点のみ。小さな街くらいは人のいるこの船で、しかも全員がフォーマルな服装をしている今日、青いドレスを着た人はそこら中に居るし、それだけではとても見つけられる気がしなかった。
なんとなく感じたシンパシーに任せて母親の捜索を引き受けてしまったけれど、これは結構難航しそうだ。これが普通の人混みの中なら大声をあげて母親が名乗り出てくるのを待つことだってできるだろう。しかし、今はパーティーの真っ最中で一番前のステージでは船長が挨拶中、ここで大声をあげるわけにはとても行かなかった。もっとも、それをすれば一発で母親は見つかりそうだけど。
母親と同じ色だという可愛らしいドレスを身にまとった女の子は、見るからに焦燥しきっていた。普通の子なら見知らぬ大人に囲まれて、しかも言葉の通じない状況の中、親とはぐれてしまえば泣き出してもおかしくないところだ。しかし、彼女はそれだけはしなかった。その代りに、私と出会うまで何人もの大人に声をかけ、自分のピンチを必死で伝えようとしていたのだ。なんて心の強い子なんだろうと私は思った。
「そういえば、あなたのお名前は何ていうの?」
私は彼女の気持ちを紛らわすために、小声で彼女に話しかけた。私の持つ特殊な力のおかげで、コーラル・マーメイド号の乗員乗客のほとんどが使えない彼女の母語でも、私は難なくコミュニケーションを取ることが出来るのだ。
「リド、リドっていうの。」
「そっか、リドちゃんか。すごくいい名前、船にぴったり。」
私がそう言うと、彼女はキョトンとした顔で私を見つめ直した。おそらく、自分の名前がどういう意味で「船にぴったり」なのかが分からなかったのだろう。私は船長の挨拶の邪魔をしないように、ひそひそと彼女にその意味を伝えた。
「リドっていうのは、船だとデッキ……えーっとフロアの後ろの部分のことを指すんだ。この船だと一番大きなプールのあるところがリドだよ。」
「後ろの部分っていうことは船のお尻ってこと?あんまりいい名前じゃないと思うけど……」
「そんなことないよ!リドにあるプールからは一面に海が見えて、きっとあのプールで泳いだら大きな海の中で泳いでるように思えるだろうし、リドカフェって言って水平線から昇る朝日を独り占めできる喫茶店もあってすごく人気なんだよ。むしろ客船の中で一番輝いてる場所だよ!」
私は下っ端だしそもそもクルーなのでプールもカフェも使ったことはない。けれど、この船の中はどこも良くないところなんてないし、何より目の前の『リド』という名前を持つ女の子にその名前と船との素敵な縁を感じてほしかった。その一心で私は、彼女が理解しているかしていないかに構わずつい、その場所の素晴らしさについて熱く語ってしまった。
「あっ……ごめん。船のことになるとつい熱くなっちゃって。」
「ううん。この船の『リド』がすてきな場所だってことは分かったよ。お姉さん、本当にお船が好きなんだね。」
「まあ、私の名前も『七海』って言って7つの海って意味だし、もうこれは私の運命みたいなもんかな。」
「海が7つ?海って広くて大きくて、どこまでも1つにつながってるんじゃないの?」
リドにそう言われて私は言葉に詰まってしまった。今まで特に誰からも言われることが無かったけれど、7つの海が世界のすべての海という意味を表すのは、あくまで私の元いた世界の話であって、この世界やリドの育った国でそういう考え方があるかどうかはまだはっきりとは分かっていないのだった。
「ま、まあ私の故郷では海をいろんな分け方で区切って7つの海っていう風に見てたんだ。」
リドはそれ以上追及する気はないようで、私の言い訳を聞くとふーんと言う素振りでそのままステージの方へと向き直ってしまった。これ以上私がボロを出す前にこの状況を切り抜けようと、私はリドの手を取って再びパーティーの会場内を歩き回り、彼女の母親探しを再開することとした。幸いにも、私とのおしゃべりを経てリドの気持ちも少しは落ち着いたようで、表情にも若干の余裕が見られた。
「お姉さん、この船の船員さんなんだよね。お母さん達と離れて暮らすのって、寂しくない?」
「そうでもないよ。コーラル号にはいろんな人が乗ってるし、船の中でずっと一緒に過ごすと、一緒に働く仲間が家族みたいに思えてくるんだ。」
寂しいというのは嘘だ。おそらく今リドが母親と離れて感じている数倍の寂しさを私は今までの航海の中で感じていた。例えるなら、私は世界のレベルで家族とはぐれた迷子状態になっているのだ。そして今の私は、この世界で得た家族同然の存在であるセーラ達ともちょっとしたすれ違いから勝手に逃げてさまよっている。
「そっか、でも今のお姉さん、ちょっと寂しそう。」
そんな私の様子はリドに見抜かれていたようで、年齢に見合わない鋭い一撃が私に突き刺さった。私は特に何も言い返すことができず、ただ青いドレスの女性を探すために周りをキョロキョロと見回すばかりだった。
そんな中、私の目にある光景が飛び込んだ。それはリドの探している青いドレスを着た女性と、金髪碧眼で小柄なセーラー服の少女が何かを話している光景だった。しかし、上手くコミュニケーションが出来ていないのか、セーラー服の少女は身振り手振りで必死に自分の意思を伝えようとしている。
「あれってひょっとして……」
私はリドの手を強く握ると、2人の方向へ向けて足を速めた。




