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67.あなたはどこへ向かうのか? ~Where are you bound for?~

「七海は正式にはまだ研修生だから、他の船に行く可能性は無くはないんじゃないのか?」


ポーラがきっと何気なく放ったであろうその一言は、コーラル号の巨大な冷蔵庫よりも、オレンジの防寒服をまとったセーラが単身突撃していった冷凍庫よりもはるかに私の身体から体温を奪っていった。


「それってどういうこと?確かに私は研修生だけど、みんなと同じようにこの船で正式に客室乗務員になるんじゃないの?」


「どういうことって、七海が一番よく知ってるんじゃないのか。私達クルーは船員養成学校を卒業した後、そのまま海運会社やクルーズ会社に採用されるか、あるいは研修生として船で実際に研修を行ってから会社に採用される。私とマリとセーラは学校を卒業した後にそのままマーメイド・クルーズ社に拾われて、この船に配属されて、客室乗務員見習いになってるってわけだ。逆に七海は研修生としてこのコーラル・マーメイド号に派遣されて経験を積んで、そのままうちの会社に採用されるか、もしくは他のクルーズ会社に引き抜かれるかってとこだな、七海の方がむしろ選択肢は多くてうらやましいくらいだぞ。」


そこまで言われて私はハッとこの船に転生してきたときのことを思い出した。私にかけられた密航者疑惑を晴らしてくれたのは、この船の警備担当であるジュリさんの「大方他の船からの研修生か何かだろう」という一言だった。そのときの私はこの場を切り抜けられればなんでも良いと「研修生」として自分の身分を偽り続けていたし、その後も深く考えずに「研修生」としてコーラル号での仕事に励んでいた。今までの間、セーラもマリさんもポーラも、そして他の部門や船の人達でさえ私のことを何の別け隔てもなく私を「客室乗務員見習い」として見てくれていたのでまったく気にしていなかったが、この「客室乗務員見習い」には「会社に雇われた見習い」と、経験を積んでから雇われる「研修生」という壁が存在していたというのだ。


「じゃあ私、この船がオルチャ港に到着したら、みんなとお別れするかもしれないってこと?」


私の声にはすでに涙が混じり始め、声はかすれ気味になっていた。そんな満身創痍な私の問いかけに答えをくれたのは、ポーラではなくマリさんだった。


「お別れするかどうかは、七海の決めることよ。確かにこの船がオルチャ港に到着した後、七海には3つの選択肢があるわ。一つはマーメイド・クルーズ社に採用されて、もう少し客室乗務員見習いとして仕事を続けること、二つ目はどこか違うクルーズ会社からのオファーを受けて、その会社で働くということ。ひょっとしたらうちの会社で働くよりも早く正式な客室乗務員になれるかもしれないわね。三つ目はコーラル号を下船して他の船で同じように研修生として働いて、もっと条件のいい会社を見つけること。どの選択肢を選ぶのも、それは七海の自由よ。」


「七海は仕事の覚えも早いし、みんなに好かれるタイプだからどの選択肢でも取れるだろうな。」


急に現れた私の将来設計を前に、私はただただ困惑するしかなかった。もちろん、そんな選択肢があったとして、私が選ぶのはこの船でみんなと一緒に過ごすことのただ一択しか無い。しかし、マリさんとポーラは私の選べる他の選択肢をスラスラと並べてくる、そんなの選べるはずもないのに。


「マリさん達は、どうするべきだと思いますか?」


するとマリさんは先程までのスラスラとした口調が嘘のように、慎重に言葉を選びつつ、口を開いた。


「……それは、私達に聞くべきことじゃない。」


「どうして?私が他の船に行くって言ってもいいんですか!?」


「七海がそれを選ぶんなら、私達が止める権利はどこにもない。無いけど……。」


「けど?」


私は語気を強めてマリさんの次の言葉を待った。日常生活のほとんどの時間を一緒に過ごし、まるで家族同然のように思っていたマリさん達が私を止めてくれないのは正直ものすごく寂しい。しかも止めないというのではなく、止める権利は無いなんて遠回りな言い回しだ。この数ヶ月間、同じ部屋で泣き笑いを共にしてきた人たちに権利がなければ、一体誰に権利があるっていうんだ。


「そんなの、七海が他の会社や船を選ぶなんて、嫌に決まってるじゃない!!でも、そこであなたを引き止めてしまえば、七海の可能性を私達のワガママで潰してしまうことになるのよ。七海が遠くに行ってしまうのも嫌だけど、私達にとってはそっちの方が何倍も何十倍も嫌なのよ!言わせないでよ……。」


普段は冷静で誰よりも大人びているマリさんが、今までで一番激しく感情を表した。その姿に私は、驚きつつ、みんなが心の底から私の未来を考えてくれていたということが痛いほどに伝わってくる。でも、この世界で客室乗務員として成功することなんて、私は望んでいない。そこにみんながいることが何よりも大事なんだ。私はマリさん達の気持ちと私の気持ちの二つに挟まれて、次の言葉が何も出てこなくなってしまった。


そうだ、セーラ、セーラはこんなときなんて言ってくれるだろうか。フォクスロッテ山での「告白」のときも、クリスタル・マーメイド号に引き抜かれそうになったときも、彼女は事あるごとに私とずっと一緒に居たいと言ってくれていた。彼女ならきっと自分のワガママも私の可能性とやらも顧みずに私を引き止めてくれるのではないだろうか。


そう思って振り返ると、私の視界には金色の前髪をつららのように凍らせたオレンジ色の防寒服の少女が立っていた。冷凍庫からの生還を果たしたセーラは、どうやら私とマリさんとポーラの会話を少し前から聞いていたようだ。


「セーラはどう思う?」


私は間髪を入れず彼女に話を向けた。


「私は七海とずっと一緒に居たい。その気持ちはまったく変わらない。変わらないけど、私のワガママに七海を付き合わせたく無いのは私も同じ。だからもし七海が他の船を選んでも、本当に悩み抜いた末に出した答えなら、私は応援するよ。」


他の船に行くということも、あるいはマーメイド・クルーズ社に採用されるということも、オルチャ港に着くまでは何も決まっていないはずなのに、それに何が起こっても私はこの船でみんなと一緒に居ると決めているのに、マリさんとセーラの話を聞いた私は、急激に私がこの船を下りるイメージに囚われてしまった。そしてそのイメージから生まれたやり場を失うほどの悲しさに包み込まれ、私は突き動かされるように冷蔵庫から逃げ出した。


「七海、どこに行くのっ!」


セーラ達の追いかける声が後ろから聞こえてきた。足の速さでは彼女に敵わないのは分かりきっている。だから私は通路の曲がり角を左へ右へめちゃくちゃに進んだ。そしていくばくもしないうちにセーラの声は聞こえなくなった。

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