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66.私は航行中である ~I am underway.~

「七海さん、そっちのジンジャーエールのケースはパーティーの直前まで出さなくていいです!まずはポーラさんと一緒にオレンジジュースを運び出すことを優先してください!」


「はっ、はい!」


ここはコーラル・マーメイド号船内の巨大冷蔵庫、中の空気は北の大陸の外気よりも更に冷たく、温度計は霜でよく見えなかったけれども、0℃に迫ろうとしているのはなんとなく察しがついた。そして冷蔵庫といっても私達が日常生活で使っているように、扉を開けて中の食料品を取り出せばそれで終了というようなスケールのものでは無い。この船に乗っている小さな街くらいの人数の食欲を満たし、それもただ食事を提供するだけではなく、客船の名にふさわしいような豪華でバラエティ豊かな料理を、いつでも好きな時に提供するために造られたこの冷蔵庫の大きさは、例えるなら私の通っていた学校の体育館よりも大きいように見えた。そんなキンキンに冷えた体育館……もとい冷蔵庫の中で、私達4人は調理師見習いの少女メグの指示を受けながら、パーティーで提供される飲み物や食べ物のケースを出し入れする作業を行っていた。


「セーラさんは冷凍室から鶏肉を運び出してください、この奥の突き当りにある大きなドアの向こうが冷凍室になってます!」


「冷凍室!?ここよりも更に寒いってこと?」


「当たり前じゃないですか。でも安心してください。今はちょっと温度高めでマイナス20度に設定してありますから。」


マイナス20度という言葉を聞いたセーラの表情は、まだ冷凍庫に入っていないのにすでに凍りついたようになっていた。なんせ私達の服装はいつものお仕事のときと変わらないセーラー服のままなのである。この0度一歩手前の冷蔵庫ですら私達は凍死寸前なのだから、冷凍室に入った日には想像するだけで背筋が凍りつくようだ。もっとも、凍りつくのは背筋だけでは済まないだろう。


「さすがに冗談ですよ、マイナス20度の冷凍室にその格好で入ったら大変なことになっちゃいますから。ちゃんと防寒服は用意されてます。」


そういってメグはどこかからオレンジのモコモコした防寒服を持ってきて、セーラの目の前に置いた。


「どこからどこまでが冗談なのか分からない、私には分からないよ……。」


私とセーラはそれぞれ雪国で生まれ育っているし、マリさんとポーラも北の大陸出身ということで、私達は普通の人よりも寒さには強い自信を持っていた。しかしこの広大な冷蔵庫の前に、4人ともその自信はあっけなく崩れ去っていった。


「せめてこの格好でなければ……」


ポーラと同じくジュースの箱を運び出していたマリさんが、恨めしげにそうつぶやく。確かにこの寒さの中でいつもと変わらないセーラー服は拷問でしかない。せめてタイツでもあれば違うのだろうけど、そもそも客室乗務員が冷蔵庫で仕事をするという事自体がイレギュラーなことなので、防寒対策はまるで考えられていないのが実情だった。


しかし、今は客室乗務員見習いであっても冷蔵庫で仕事をしなければいけない事情がある。なぜなら、コーラル・マーメイド号はフェアウェル・パーティーを目前に控えており、調理部門は猫の手も借りたいほどに多忙を極めているのであった。


フェアウェル・パーティーとは、船が最後の港に入港する前に開かれるパーティーで、下船するお客様へのお別れパーティーのような意味合いを持つ。コーラル号がル・メイズ港を出港した直後に開かれたというウェルカム・パーティーのように、このパーティーもお客様が全員参加される非常に規模の大きなものであり、その準備は実際目が回るくらいに忙しい。特に参加者全員分の料理やドリンクを用意しなければならない調理部門の忙しさは群を抜いており、こうして調理部門でない私達も仕事に駆り出されているというわけであった。


「パーティーってもっとこう、華やかなものだと思ってました……」


私はジュースのケースを抱えながら、隣で慌ただしく作業をしているマリさんに話しかけた。彼女の抱えているケースからも、私と同じようにビンの小刻みにぶつかる音が響いている。


「まあ、パーティー自体は豪華なのよ。当日はドレスコードもフォーマルに指定されるし、船中のエンターテイナーが代わる代わるショーを行ったりして、最後を飾るのにふさわしいものになるはずよ。でも、その影にはこうやって地道な仕事も隠れてるっていうことね。」


「ですよね……。」


私はそう言ってケースを冷蔵庫の外に出した。あまりの気温の差で皮膚の感覚がおかしくなりそうだ。こうしてこのまま往復を繰り返していると精神的にも段々やられてくるかもしれない。


「フェアウェルって言っても、私達クルーはこの航海の後もコーラル・マーメイド号に残り続けるわけだし、一区切りにはなってもあんまり特別な感慨は沸かないよね。」


そんな私の愚痴にも似た独り言を聞いたポーラは、意外だといった雰囲気で私に言葉を返した。そして、ポーラの放ったその言葉は、私がちゃんと腕に力を入れていなければ、危うくジュースのケースをそのまま床に落下させてしまいかねないほどのインパクトを与えた。


「いや、私とマリとセーラはコーラル・マーメイド号所属の客室乗務員見習いだけど、七海は正式にはまだ研修生だから、他の船に行く可能性は無くはないんじゃないのか?」

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