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63.あなたは前進し続けるべきだ ~You should keep going ahead.~


フォクスロッテの街からコーラル・マーメイド号へと帰ってきた私たちを待ち受けていたのは、「何もなかったふりをしつつ、気を使っているのが丸わかり」といった様子のマリさんとポーラだった。


それもそのはずで、私たちが「恋人の聖地」と呼ばれているフォクスロッテ山に登ることになったのはこの2人がチケットを渡してくれたのがそもそものきっかけだし、2人はこの上陸で私たちに「何か」があることを期待しているのだ。もちろん、私が「何か」に成功したのか失敗したのかまだ彼女たちは分かっていないので、喜んでいいのかそれとも同情すべきか測りかねているような微妙な態度を取り続けている。


「どうだった、セーラ。山登り楽しかったか?」


普段のポーラからはあんまり想像の付かない、当たり障りの無さすぎる話題の切り出し方に、私は思わず吹き出しそうになってしまう。というか麓までは路面電車、そこから頂上まではロープウェイという道のりで「山登り」はどうなんだろう。それでも、この質問にセーラがぎこちない返答を返すか、それとも満面の笑みをもって返すかで大体セーラと私との間に何があったのかはつかめるかもしれない。そういう戦略だとすれば、さすがコーラル号のほとんどの部署に知り合いの居るコミュニケーションの達人、ポーラならではだということだろう。


「楽しかった、すっごく楽しかった。というか、嬉しかった。」


セーラは満面の笑みをもってポーラの質問に答えた。しかも意味深な「嬉しかった」という感想までおまけで付いてきたとあって、マリさんとポーラの間に流れていた妙な緊張感さえ感じられる微妙な空気は、一気に祝福の方へと傾いたようだ。


「そうか、嬉しかったかー!そうだよな、やっぱり嬉しいのが一番だよなー!」


ポーラは傍から聞いているとどういう意味なのかよく分からない相槌を打ちながら、私の背中をバンバンと叩いた。私の「告白」の成功を一緒に喜んでくれるポーラはやっぱりいい人で間違いないのだけれど、その喜びを私の背中で表現するのは痛いからやめてほしい。


そんなこんなで一騒ぎがあった後、私は一日ドキドキしっぱなしでかいた汗を流すため、シャワールームへと向かった。コーラル号の船員居住区にはこうしたシャワールームがいくつか点在しており、みんなはお風呂に入る代わりにここでシャワーを浴びるのが日課になっている。しかし、いくら巨大でプールがいくつもある豪華客船と言えども、海の上で真水が貴重なことには変わらないので、あまり長い時間浴びられないのはちょっと辛いところだ。


私がシャワーを浴びていると、ついたてで区切られた隣のスペースに人がやって来た。


「七海、あのセーラの調子だと聞くまでもないかもしれないけど、自分の気持ちは伝えられた?」


どうやら隣のスペースにやって来たのはマリさんだったらしい。2人しか居ないシャワールームに、彼女の澄んだ声がエコー付きで響いた。


「はい、マリさんとポーラのおかげで、ばっちり包み隠さず伝えられましたよ。ありがとうございました!」


包み隠さず、という単語の中には2つの世界的なあれやこれやも詰まっているのだけれど、マリさんとポーラにこの話をするタイミングは私にはまだ掴めていなかった。


「そう、それなら本当に良かった。私とポーラで今日は一日中あなた達のことを考えてやきもきしてたのよ。」


私たちがフォクスロッテの街中を散策している間、二人がそんなことになっていたとは想像もしていなかった。でも、やきもきしているマリさん達のことを想像すると、彼女たちに聞かれたら怒られそうだけれどちょっと面白い。そんなことを考えていると、私の胸の中に一つの素朴な疑問が降って湧いた。


「マリさん達はどうなの?お互いに自分の気持ちを打ち明けたり……みたいなことはしないんですか?」


ル・メイズからここまでの航海を振り返ってみると、一番最初に出会った時こそ、言い争うマリさんとポーラの姿を見て「この二人って仲が悪いのかな」と思ったりしたことはあった。しかし、時間が経つに連れて、ポーラとマリさんの言い争いの中には絶妙のテンポや、本当に相手を怒らせることは言わない暗黙の了解など、長年培われてきた技が隠れていたり、お互いの弱点を気づかないうちに自然にカバーし合っていたりと、お互いを大切に想っている様子があちこちに見えていた。だから、その気持ちを打ち明けることがあってもいいのでは無いかと思ったけれど……。


「……私が?ポーラと?絶対無いわ。だって私たちそんな柄じゃないもの。ポーラが神妙な顔つきで『本当の気持ち』なんて言ってきたら、間違いなく医務室に連れて行くわね。」


「医務室ですか……。まあわからなくは無いですけど。」


ポーラだってマリさんへの思いの一つや二つくらいあるだろうに、即座に病気を疑われてしまうのは少しかわいそうに思ったけれど、これも二人の関係のあり方の一つなのかもしれないし、これはこれで上手く言ってるのだから私がどうこう言う必要も無いのだろう。しかし、私の提案はマリさんに思った以上のインパクトを与えてしまったようだ。


「ああ、もうシャワーの制限時間を超えてしまったみたい。それじゃあね。」


「えっ、マリさん私よりも後に来ましたよね。っていうか私まだ超えてないですけど?」


私の声が彼女に聞こえたのか聞こえていないのかわからないくらいすばやく、マリさんはそう言い残して去っていった。シャワーを浴びていたので彼女の表情は分からなかったものの、私の想像ではきっと顔を真っ赤にしていたに違いないと確信している。


こうして、コーラル・マーメイド号最後の寄港地、フォクスロッテ港での一晩は光のような速さで過ぎ去っていった。明日の朝にはとうとうこの航海最後の出港が待っている。

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