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62.変わらない ~No change.~

「……この世界の人間じゃ、無い。」


セーラが確かめるようにそうつぶやいてからの数秒間は、私の人生の中でもっとも長く感じられた数秒間だった。もちろん、転生前も合わせてのことだ。彼女が私をどういう風に捉えるのか、私たち2人の今後の関係が大きく動こうとしているのかもしれない。そんなプレッシャーが私の心拍数をどんどんと上げていく。


そしてその時は訪れた、セーラの口がわずかに動き、何事かを言おうとしているのを私は見逃さない。覚悟を決めて、全身に力が入った。


「七海、あの日の約束覚えてる?」


あの日の約束、それは私がこの世界で生き続ける限り一生忘れないと心に誓った、セーラと私の約束。知らない世界で頼れる人もなく、日に日にささいな違和感にさいなまれ続けていた私を救ってくれた、私にとっての一筋の光だ。


「覚えてる、忘れるはずないよ。だって、私がこの世界を『自分の世界』だと思えるようになるまで、セーラが頑張るって言ってくれたとき、私本当に嬉しかった!」


その「約束」とは、ル・トゥーガ港を出港した後、船酔いや文化の違いに悩んでいた私に対し、セーラが涙ながらに訴えかけてくれた一言だった。


『七海がここを自分の世界だと思えないっていうんなら、そう思えるようになるまで、私頑張るから!そして、七海が『ここが私の世界だ』って心の底から思えるようになって、ずっと一緒にこの船で航海したいからっ!』


今でも、私が元いた世界とまったく同じ春の星空の下で聞いたこの言葉、そしてそのときの様子を私は克明に思い出すことが出来る。だって、私はこの言葉に何度も何度も救われてきたから。


「セーラはきっとそんなつもりで言ったんじゃないと思う。自分の世界じゃないって私の気持ちが、例え話でも何でも無くて事実だってことも、きっと気づいてなかったよね。でも、勝手だけど、私はセーラがそう言ってくれたから、この『今までとは別の世界』で頑張ろうと思えたんだよ。」


「七海の言う通り、確かに私が約束したとき、七海が本当にそんな事情を抱えてるとは思っても無かった。」


やっぱりそうだったらしい、ひょっとして事情が変われば約束も無しになったりするなんてことは無いだろうか……。そんな私の杞憂を晴らすように、セーラは「でも」と続ける。


「でも、この世界が本当に『七海の元の世界』じゃなかったとしても、私の気持ちは変わらない。七海がこの世界を『ここが私の世界』だって心の底から思えるようになるまで、私は頑張る。それがどんなに難しくて、私の自分勝手だとしても、それが七海とした約束だから。」


その言葉を聞いた瞬間、私の頭の中は安堵と喜びとセーラへの思いでいっぱいになって、真っ白になってしまった。せっかくセーラがこんなことを言ってくれているというのに、何か気の利いた一言を返すような余裕もなく、行き場を失った気持ちが涙という形を取ってあふれ出した。こっちの世界に来てから、セーラの前でこうして泣いてしまうのは何度目だろう。その度に情けない気持ちになるけれど、今日ばっかりは涙を流さないことには私の気持ちも収まらないような気がした。


「もちろん、変わらないのは約束だけじゃない。七海が元々この世界の人じゃなかったなんて、何も関係ない。私は七海のことを何よりも大切に思ってるよっ!」


もう、これ以上私を泣かせるのは止めて欲しい、という気持ちがちょっぴり湧いてくるようなセーラの波状攻撃を前にして、私は「ありがとう」の5文字をなんとか音にすることだけが関の山だった。そしてそんな私を、セーラはそれから先優しく、私の気持ちが落ち着くまでずっとずっと見守ってくれていた。自分より年下の女の子で、お仕事のときはおっちょこちょいなのに、こういう時はしっかりしているの本当にずるい。やっぱり、「お姉ちゃん」としての実績が彼女をこんな風にさせているのかな、なんて言ったらソアラはお姉ちゃんを私に取られたと怒ってしまうだろうか。


私の涙が落ち着いたところで、私たち2人は夜のフォクスロッテ山から下山し、一路港の方を目指した。コーラル・マーメイド号の船体は山からも停泊しているのが見えるくらいには巨大で、今更ながら私が豪華客船の乗組員としてなんとか日々を送れているのがとても不思議に思えた。でも、それは何を隠そう客室乗務員見習いのみんなが居てこそのものであるということを、私は今日改めて再確認した。もし転生先がこの世界のこの船でなければ、きっと私は日々をこんなに楽しくは過ごせなかったと思う。……クリスタル・マーメイド号の人たちも悪い人では無いけど、やっぱり「私の世界」はコーラル号なんだ。


そんな風に感傷に浸る私と、行きと変わらず、いや行きよりも嬉しそうな表情を浮かべたセーラを乗せて、路面電車はフォクスロッテの夜の街を軽快に飛ばしていた。明日からはとうとうコーラル号の今回の航海最後の目的地、オルチャ港への航海が始まる。きっとまたいろんなことがあるかも知れないけれど、みんなとならやっていける、私はそう強く思った。


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