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6.私は援助なしに火を鎮めることができない ~I cannot get the fire under control without assistance.~

「だから、朝のミーティングで一日のスケジュールをちゃんと聞いてないから、避難訓練なんて大事な予定を忘れてしまうんでしょうが!」


「ううう、ごめんなさい」


「ほんっとに、貴女は昔からそうやって大切な話は聞いてないかと思えば、そうでもない話は自分で勝手に解釈して話を大きくしちゃうんだから……」


「反省してます……」


本日2度目のセーラの反省である。青みがかった髪の少女は、セーラの着ているものと全く同じデザインのセーラー服を身に着けていた。おそらくはコーラル・マーメイド号のクルーだろう。


「あの、お取り込み中申しわけないんですが、セーラが遅刻したのは大体私のせいなんです。」


私と出会ってしまったことで、セーラがお説教を受け続けるのは何ともかわいそうなので、私は彼女のお説教に割り込み、助け舟を出すことにした。すると彼女は、お説教モードから一転、私に微笑みを見せる。


「ああ、貴女は飛び入り乗船の研修生さんですね。さっきは迷子のお客様の対応、ありがとうございました。でもいいんです、セーラったらいつもこんな調子だから、厳しく言ってやらないと!」


さっきのクルーと話していたときもそうだったけれど、神様はきちんと仕事をしてくれたらしく、私はすっかり「ギリギリになってこの船に乗り組むことが決まった研修生」というポジションで認識されていた。それはともかく、セーラのいつもの調子を知っている上に、厳しく言っているということはひょっとして。


「あなたがマリさん、ですか?」


「ああ、自己紹介がまだでしたね。はい、私がコーラル・マーメイド号客室乗務員見習いのマリー・エリソンです。セーラや他のみんなからは、『マリ』って呼ばれてます。」


やはり、セーラが先程「またマリさんに怒られる」と言っていたのはこのお説教のことを指していたに違いない。二人がこの船に乗り組む前から知り合いであれば、こういった光景が常に繰り広げられているのは想像に難くない。


「私は常神七海です。実は今日からみなさんのお部屋で一緒に生活することになったんですが、よろしくお願いします。」


「あら、そうだったんですか。こちらこそ、よろしくお願いしますね。」


私とマリさんは握手を交わす。かわいらしいけれど若干頼りないセーラと違い、こちらはしっかりとしていて、いかにも頼りがいのあるまとめ役といった感じの人だ。もし仮に私が最初に出会ったのがセーラではなくこのマリさんだったとしたら、私は速攻で不審者であることが確定し、しかるべきところに引き渡されていたかも知れない。こんなことで感謝されてはセーラも浮かばれないが、私は色んな意味で、一番最初にセーラと出会えてよかったと思った。


「あの、マリさん、七海さん、ちょっとよろしいでしょうか。」


そのセーラが何やら言い出しにくそうに私たちに切り出してきた。私はマリさんと顔を見合わせ、セーラの話の続きを聞く。


「実は、15時までに終わらせないといけないお部屋のお掃除が、まだ10部屋ほど終わって無くて……」


「マリさん、今何時でしたっけ」


突然の爆弾発言に対し、私は恐る恐るマリさんへ尋ねた。


「14時10分……」


そう答えるのとほぼ同時に、まずマリさんが客室フロアへと走り出す。セーラも慌てて後へ続く、さらに私がその後を追う。今日はなんだか走ってばかりだなと思う暇も無く、私の次の仕事が半ば強制的にスタートした。


「14時58分、なんとか10部屋掃除し終えたわね……」


あれから1時間弱の間、私たちは猛烈な勢いで部屋の掃除に取り組んでいた。そもそも、避難訓練の遅刻といい、部屋の掃除が出来なかったことといい、今日のセーラのミスはすべて元をたどれば私と出会ってしまったことが元凶だ。その罪滅ぼしの代わりと、あるいは掃除の仕方なんて何も知らない素人の私が出来ることも少ないだろうと考え、私はセーラと2人で部屋の掃除を行った。しかし、掃除を終えるスピードはマリさんの方が早く、結局私たちが10部屋中4部屋を掃除したのに対し、マリさんは一人で6部屋の掃除を終わらせてしまった。なるほど、セーラのお目付け役を買って出ているだけあって、彼女はとても優秀な客室乗務員であるようだ。


「さあ、それが終わったら今度はスパの整理整頓、その後はレストランのセッティング、それが終われば今度はお客様のご案内、客室乗務員見習いの仕事はいくらでもあるのよ!」


「「はっ、はい!」


お掃除タイムアタックでなにかのスイッチが入ってしまったらしいマリ先生に対し、私とセーラは思わず声を合わせて返事をした。というか今日仕事を始めたばかりの私はともかく、セーラまでこの調子なのはどうなんだろう。上層階にあるスパを目指して階段を登りながら、仕事のやり方を何も知らない私は、マリ先生のスパルタOJTオン・ザ・ジョブ・トレーニングを受講することとなった。


「はぁーよく働いた……」


結局、本日の一通りの仕事が終わったのは、西の水平線に太陽が沈み、満点の星空が姿を現してからだいぶ経った後であった。慣れない仕事を一から覚えつつ、タイムリミットまでに間に合うようにテキパキとこなさなければならないので、私はすっかり疲れ果てて、今日からの新しい寝床である客室乗務員見習いの居住スペースへと帰ってきた。早くシャワーを浴びてベッドになだれ込んでしまいたい。


「お疲れ様でした。貴女、いえ常神さんでしたっけ。中々筋が良いですね、これならすぐに戦力になってくれそうです。期待してますよ。」


「でしょでしょ、やっぱり七海さんはすごいんだよ!今日だって迷子のお客様を見つけたら真っ先に面倒を見に行ってあげてたし!」


私ではなく、なぜかセーラが得意げにそう返す。迷子の子どもの面倒を見たのは、そんなクルーとしてのサービス精神では無く、自分と境遇を重ね合わせてしまったからなのだが、彼女にはどうも違ったように映ったらしい。


「マリさん、ありがとうございます。それから私のことは七海でいいですよ。あと口調ももっとくだけたかんじで大丈夫。」


「そうですか……といっても私のこれは癖みたいなところがあるので。とりあえず名前の呼び方から変えてみますね、七海。」


マリさんはぎこちなく私の名前を呼び捨てにした。マリさんは私を呼び捨てにするのに、私はマリさんに対し「さん」付けをするのでは、彼女も私を呼び捨てにしにくく思うかもしれないが、最初に出会ったときからなんとなくマリさんには「さん」を付けたくなるのだ。


「あっ、マリさんズルい。その呼び方、なんか友達っぽくていいなぁ。」


自分のベッドの上からセーラが抗議の声を上げる、どうやら彼女も私のことを呼び捨てで呼んでみたいようだ。


「セーラも別に七海って呼んでくれていいよ。というか既に私はセーラのこと呼び捨てしてるし。」


マリさんをさん付けするように、セーラもなぜか最初に出会ったときから「セーラ」と呼び捨てにしたくなる、これは二人の性格によるところがかなり大きそう。


「やった!じゃあ改めて、これからよろしくね、七海!」


セーラは嬉しそうに「七海、ナナミ、NANAMI」と私の名前を連呼している。正直恥ずかしいから止めて欲しい。


「そういえばこの部屋の客室乗務員見習いって、あともう一人居るんですよね。」


「そうそう、今日は事務室でずーっと書類仕事をするお仕事だったらしいから、お昼は会わなかったけど、もうすぐ帰ってくるはずだよ。」


セーラがそう言うのを待っていたかのように、居室の金属製の重いドアがガチャリと空いた。どうやらこの部屋の3人目の住人が戻ってきたようだ。

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