58.私は航行の用意が出来た ~I am ready to get underway.~
そして夜が明けた。日が昇るのとほぼ同じくらいのタイミングで、コーラル・マーメイド号はフォクスロッテ港の岸壁に接岸する。朝早くの入港ということで、航海部門の人達は早朝から船内を動き回っていた。一方、お客様の上陸がピークを迎えるのは、朝食の時間が終わってからなので、客室部門の私たちはいつも通りの時間に起床する。その後はお客様の上陸手続きをサポートしたり、案内をしたりという仕事が待っている。そして、昼までにその仕事は終わり、私とセーラの2人は晴れてお休みを迎えることが出来るというわけだ。
セーラは朝から、上陸が待ちきれないといった様子でいつもの3倍くらいのペースで着々と仕事をこなしていく。それに引き換えて私は、今日の夜のことで頭がいっぱいで、自分で言うのもなんだけど上の空状態になっている。仕事のペースもいつもの3分の1くらいに落ちてしまっていて、セーラと2人合わせればちょうどいい具合だ。
そうこうしているうちに、セーラが待ちに待った、そして私は心の準備が出来てないのでもう少し待ってほしかったお昼がやってくる。仕事から解放された私たちは、船の中で昼食を終えると、早速私服に着替えて街へ繰り出す準備をした。
着替え終わった私たちが船の外へと向かい、通路を歩いている最中に、見慣れた2人の人影を見つけた。マリさんとポーラだ。この2人は私にフォクスロッテ山のロープウェイのチケットをくれただけではなく、入港中に休みが取れるように当番を代わってくれるという万全のサポート体勢でこの「デート」に協力してくれた。
「あっ、ポーラ、マリさん。チケットありがとう!」
「おおセーラ、楽しんで来いよな。」
通路で出くわした私たちはそうして二言三言、言葉を交わすと再びそれぞれの目的地へ向かって歩きだした。そんなすれ違いざま、ポーラがこっそりと私に耳打ちする。
「七海、頑張れ!」
セーラの「告白」を導いたポーラが、今度は私の「告白」を応援してくれている。私はポーラとマリさんの期待に応えるためにも、なんとかしてこのチャンスを生かさなければならないのだ。
そしてもう一つ、これはポーラとマリさん、もちろんセーラにもまだ内緒にしている私だけの覚悟があった。今日、私はセーラに自分の思いを伝えると同時に、自分がこことは違う世界から来た人間であることを再び彼女に打ち明けることにする。これは、私がこの世界にずっと留まることができるのか分からないあやふやな存在であることをセーラにきちんと伝え、それを踏まえて彼女には返事をしてもらいたいという私なりの譲れない決意だった。前からずっと考えてはいたけれど、昨晩わかばが話した「覚悟をちゃんとしてもらうために、正体は明かさないとダメだと思いますね。」という言葉も私の背中を押す一つの大きな要因になっている。
ポーラとマリさんには伝わっている決意と、まだ誰にも伝えていない決意、2つの気持ちを胸にして、私はフォクスロッテの街へと歩みだした。
フォクスロッテは北の大陸の最南端に突き出した半島にある港町で、ノルトリンク王国や西の大国が位置している大陸とは、海峡で隔てられている。そういった立地条件によって、古くから海運や貿易が栄えており、街の雰囲気も世界各地の文化の美味しいところをそれぞれつまみ食いしたような賑やかな空気が流れている。そして、街のすぐ近くにはフォクスロッテ山がそびえており、ここから眺める夜景は世界でもトップクラスに美しいものとして有名だそうだ。と、今までならこういう情報はマリさんから教えてもらうだけだったけれど、今回はちゃんと自分でリサーチをして仕入れてきたものだ。
私とセーラは街のメインストリートを特に目的も定めないでふらふらと歩いた。軒を連ねている店のウィンドウには、おしゃれな洋服や美味しそうなパン、高級そうなカバンなどいろんな商品が陳列されていて、ここが大きな都市であることを物語っている。と、そんな事を考えているとセーラが突然私の手を引っ張ってきた。
「そういえば七海、私服でも制服でもずっと同じデザインの服だけど、たまには違うのに挑戦してみたりしない?」
「えっ、いや私は……」
「いいからいいからっ!私、七海がこういう服似合うんじゃないかなって思ってたのがあるんだよね!」
ずっと同じデザインの服というのは、この独特の大きなカラーを持つセーラー服のことを指しているのに間違いはないだろう。確かに、私はこのセーラー服を着ていたおかげで密航者疑惑を晴らすことが出来たとはいえ、これしか私服がないのだ。せっかくだしセーラに選んでもらうのも悪くないだろう。こうして私たちは、通り沿いに見つけたアパレルのお店に入ることにした。
「やっぱりこっちの薄い青の方がいいかな、でもスカートも青だし似たような色合いになっちゃうから……。」
普段あまりファッションに気を使わずに生きてきた私を、セーラはどんどんとコーディネートしていく。私はただひたすらに彼女の着せ替え人形としての役割を果たすのみになっている。どこがしっくりこないとか、どこがピッタリとかはもう私の感覚では捉えきれないレベルに達しており、セーラ先生の判断を仰ぐしかなくなっている状態だ。
「よし、これでバッチリだねっ!」
セーラのOKが出たのは、私たちがお店に入ってから軽く数時間は経った頃だった。着せ替え人形としての役割も、数時間立ちっぱなしだとなかなかハードである。
「セーラ、自分の服を選ぶ時もこんなに時間かけてるの?」
「うーん、さすがにこんなにはかからないよ。でも今日は七海のかわいさを最大限に発揮するためだから、いつもより気合が入っちゃったのかも。」
屈託の無い笑顔を私に振りまいてそう話すセーラの顔を見ていると、立ちっぱなしの疲れもどこかへ行ってしまうような気がした。一方、空は徐々に暗くなりつつあった。そろそろ山の方へと向かってもいい頃だと判斷した私は、セーラと一緒に路面電車に乗ってロープウェイ乗り場のある山の麓へと向かった。




