53.天気の予想は良い ~Weather expected is good.~
セーラの様子は相変わらず普段と比べて明らかにおかしいけれど、それ以外のことはまったくもって順調に、コーラル・マーメイド号は航海を続け、やがて夜がやって来た。私はセーラに行き過ぎた真似をしてしまったことを謝罪するために、まずはマリさんにどうしたら良いか相談を持ちかけることにした。
乗員の居住スペースにある休憩室、ここには休憩のためのソファーや、古ぼけた小説が並んだ書棚が置かれている。しかしみんなは休憩時間くらい自分のプライベート空間で過ごしたいのか、実際にこの部屋で本を読んだり、ソファーでくつろいでいる乗員はあまりいない。だから、二人だけの秘密の相談にはもってこいの場所になっている。そんな休憩室の向かい合わせに置かれたソファーに私とマリさんは座っていた。
「実は……」
私は昨夜どうやらセーラと同じベッドで寝てしまっていたこと、はっきりとは覚えていないけれど自分からセーラのベッドに突入していったのではないかということ、そしてそのせいかセーラに避けられるようになってしまったことという、事の顛末をマリさんにかくかくしかじかと語った。
「なるほど、セーラが七海を避ける、ねぇ……。」
マリさんは納得が行かないと言った様子で私の話を聞いていた。私だって、「セーラが私のことを避けている」だなんてことは信じたくないに決まっている。私の思いすごしだったり、自意識過剰だったりで済んだらどんなにホッとすることか分からない。しかし、現状としてセーラの様子は今までの彼女のそれと比べてはっきりと分かるほど違っているのだ。その証拠に、今日私は彼女とあいさつ以外でまともな会話が出来ていない。これは私がこちらの世界に来てから多分初めてのことで、異常事態であることに間違いはないのだ。
「確認だけど、七海がセーラに避けられるようになった心当たりというのは、その同じベッドに入ったということだけなのね?」
「……はい、そうだと思います。」
私が自信なく返す。いくら同じ船でずっと共同生活を送っているからと言って、セーラが私の言動をどういう風に思っているのかが以心伝心で分かるまでにはなっていない。だから、ひょっとしたら私の他の言葉や行動がトリガーになっている可能性もあるかも知れないけれど、少なくとも夜寝るまでは彼女の行動は普段と変わらなかったわけだし、やっぱりベッドの一件が一番可能性としては高いのでは無いかと思う。というか、その件でなければ何がいけなかったのかさえ掴めなくなり、私はセーラに謝るという手段さえ奪われてしまうことになる。それは最悪のシナリオであるように思われた。
焦る私と対象的に、依然としてマリさんは今の私とセーラの様子が腑に落ちないらしかった。
「んー、ではもしもの話をしましょう。もしも、セーラが七海の寝ているベッドにいきなり入ってきたら、どう思う?」
「どう思うって、怖い夢でも見たのかなとか、寂しい気持ちになったのかなとか、とにかく心配にはなりますね。」
「なるほど。七海自身はどう? セーラが入ってきたことに対して嫌だとか思うかしら?」
「そんなこと思うはずないじゃないですか! そりゃ最初はビックリするし、緊張もしますけど、セーラが一緒のベッドに入ってきてくれるなんてめちゃくちゃ幸せじゃないですか。」
私は身を乗り出してマリさんに詰め寄った。私のことをセーラがどう思っているかはともかく、同じことをセーラが私にしてきたなら、私はどう考えても幸せに包まれる未来しか見えなかった。多分その日はすごくいい夢が見られそうな気がする。というか緊張して眠れない可能性の方が高いかもしれない。
「……まあ、想像通りというか、そんな答えね。では、セーラも同じことを思ってるというのはあり得ないことかしら。」
「それは……、セーラが私のことをどう思ってるかわからないですし。」
私がそう答えると、マリさんは一瞬驚いたような表情をみせ、すぐにコホンと咳払いをした。今のどこに驚く要素があったのだろう、私はいたって真面目に答えたつもりなんだけど。
「七海、本当にセーラがあなたのことをどう思ってるか分からない?」
「ええ、セーラは私にすごく親切にしてくれますし、時々私の言ったことに恥ずかしがって顔を真っ赤にしたり、涙目になったりするところがかわいいですけど、私のことをどういう目で見ているかは確信が持てないっていうか。」
そうは言いつつ、少なくともセーラが私のことを悪く思っているとは思わない。多分友達とか同僚として、好意的な目で見てくれているということは理解している。けれども、うまく言葉に出来ないけれど、私が彼女に抱いているような「その先」の気持ちを彼女が持っているかどうかは分かるはずもないし、同じベッドで一緒に寝るというのは「その先」の気持ちの問題だと思う。だから、私が感じてイヤじゃないからと言って、セーラも同じように感じてくれる自信はなかった。
「なんというか、七海、意外と鈍感なのね。」
「どんかん……?」
「いえ、なんでもないわ。とにかく、謝るよりも先にセーラが本当に昨日の夜の一件を嫌だと思っているのか、本人に直接聞いてみるのが一番いいんじゃないかと私は思うけど。」
そう言ってマリさんは席を立ってしまった。確かにセーラが嫌だと思っているという直接の証拠は無いけれど、それを聞くのはあまりにもハードルが高いような……。
私がどうやってセーラに気持ちを聞き出そうか悩みながら通路を歩いていると、ロッカールームの扉がいきなり開いた。そしてなんと、中からポーラとセーラが現れたのである。突然のご本人登場に私は軽くフリーズしてしまい、セーラもまた固まってしまっているようだった。
「おお、ナイスタイミング。」
ポーラがちょうど良かったとばかりの感想を述べる。第三者から見たらそうだろうけど、当事者としては心の準備とかがまだ……。
いや、そんなことを言ってどうする。このタイミングを逃してしまえば、永遠にセーラとの関係はこのままになってしまうかもしれない。ここは勇気を振り絞って、彼女に本当のことを聞き出さなければ私に明日は無いんだ!
「セーラ!」
「七海っ!」
お互いの声がお互いの名前を呼んだ。続けようか続けまいか迷っていると、セーラの方が先手を取って話し始めた。
「あのっ、話したいことがあるんだけどっ!」




