52.天気の予想は悪い ~Weather expected is bad.~
「……ああ、もうこんな時間なんだ」
いつものようにベッドで目を覚ます。けれどもベッドから見る私の目線はいつもより低いところにあった。そこで私は昨日の夜のことを思い出す。私は昨日劇場の見張りをしていた時に上映されていた演劇の内容に影響されて、「この世界が私の夢だとしたら、いつか目が覚めてセーラ達がどこかに行ってしまうのではないだろうか」という不安にさいなまれていた。そんな私のいつもと違う様子をセーラは察してくれたのか、彼女は「私はちゃんとここに居るから。」という私が一番聞きたかった一言とともに、私を見守ってくれていたのである。そしてその後私たちは同じベッドで一緒に眠ることになり……。
……えっ、昨晩の私はセーラと同じベッドで添い寝なんてして平静を保っていられたの!?
人間、心が追い詰められてしまうと普段では絶対に出来ないようなことでも実行に移せるようになるらしい。というかセーラもよくそれを許してくれたなあと思った私は、同じベッドで一緒に寝ているはずのセーラの姿を探した。しかし、一つのベッドに2人が居るにも関わらず、目が覚めて真っ先に彼女の姿が飛び込んで来なかったというのはつまり、彼女が既にベッドから居ないということを意味していた。時刻は起床時間の10分前、マリさんでさえまだ起きていないようなこの時間に、セーラが起きて何かをしているというのは考えづらかった。ベッドの外をのぞくと、彼女の姿はすぐに見つかった。セーラは自分の机に突っ伏したまま、普段と変わらない穏やかな寝息を立てていたのだ。
「夜遅くに勉強でもしてたのかな?」
一度寝たら目覚まし時計が何個鳴ろうと起床時間まで目を覚まさない彼女が、深夜に起きて勉強をするとはあまり想像しづらかったが、状況証拠としてはそれ以外考えられない。……いや、一つだけ可能性がある。
「もしかして、私と一緒に寝るのがイヤだった……とか?」
私はセーラが普段使っているベッドに寝転んだまま、必死で昨日の夜の出来事を思い出す。しかし、精神的に大分参っていたことも災いしてか、あの時私が何を言って、どういう流れで添い寝することになったのかが全く思い出せない。もし私が無理やり彼女のベッドに押し入ってしまって、優しいセーラはそれを追い出すことが出来なかったとかだったら最悪だ。しかし私のおぼろげな記憶は、それが絶対に無いと断言できるほどの自信を与えてはくれなかった。自分の脳内メモリのポンコツさを嘆きながら、かすかな記憶を必死にたどっていたところで、私の健気な努力をかき消すかのように、目覚まし時計がけたたましく鳴った。
それからもセーラの調子はどことなくおかしかった。
「セーラ、そういえば昨日なんだけどさ」
朝食をとるために訪れたいつもの第3船員食堂にて、私は昨晩何があったのかのヒントを探り出そうと、さりげなく昨日の話を彼女に振った。
「昨日っ……!? あっ、そういえばポーラ、昨日の天気は良かったよね。」
「えっ、あたし? ってか昨日の天気ってかなり曇ってただろ。」
天気の話は誰に対しても出来る何気ない世間話のテーマの一つだと思うけれども、少なくとも朝一番に親友に向かって、今日じゃなく昨日の天気の話をいきなり切り出す人というのはあまり見たことがない。というか話の持って行き方があまりにも不自然だ。
朝食を終えるとベッドメイキングが始まる。私とセーラは2人で同じ区画の部屋を担当することになっている。最近は1部屋のベッドメイキングを私の方が早く終わらせてしまうため、後半になると私はセーラの担当する方の部屋のお手伝いをするのが定番になっていた。そのときは一つの部屋に二人きりになり、他愛のないおしゃべりをしたりするのだが、今日は違っていた。私が自分の担当する部屋のベッドメイキングを済ませるのとほぼ同時、早すぎず遅すぎずのタイミングでセーラもまたベッドメイキングを完了したのだ。そしてそのまま彼女はマリさん達と合流し、次の仕事場へと向かう。そのキビキビとした行動っぷりは、まるで私とのおしゃべりの時間を避けているようにさえ思われた。
ここまで普段とセーラの行動が異なると、朝から私の頭の片隅に陣取っていた疑惑は徐々にその存在感を増していく。その疑惑とは言うまでもなく、「セーラが私のことを避けようとしているのではないか」というものである。そしてその理由は一つしかない。きっといくら私の心が参っていたからといって、一緒に添い寝を要求するなんてやり過ぎに決まっていたのだ。昨日あれだけ「セーラにずっとそばに居てほしい」とか、彼女が居なくなることを考えただけで辛い」なんて言っておきながら、その舌の根も乾かぬうちに自分の弱さを彼女に押し付けて、セーラを失ってしまいそうになっている。そんな自分にはさすがに自己嫌悪を覚えそうになるけれど、今は泣きごとを言っている暇は無い。私のやりすぎた行動のあまり、彼女を嫌な気持ちにさせてしまったのなら、速やかに謝るのが今私がするべき唯一の事だ。そしてなんとかセーラとの仲を修復しなければ、彼女から避けられ続ける毎日なんて、頭がおかしくなってしまいそうだった。
「でも、私がいきなり謝りに行っても、セーラが許してくれるとは限らないよね。」
そう考えた私は、今までずっと、セーラをまるで保護者のような目線で見守り続けているマリさんに、セーラと仲直りする方法について相談しにいくことにした。




