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49.気温は氷点下である ~The air temperature is sub-zero.~

「七海さん何言ってるんですか!?西だって温泉で水着着なきゃダメですよ!」


こちらの世界で「西の大国」と呼ばれているその地域は、名前は姓名の順で構成されているし、建物の屋根は瓦葺きになっている。使い方がおかしいとは言え、鳥居や鹿威しが伝統的なものとして存在すれば、あまつさえ街には回転寿司店まであると、私が元いた世界で過ごしていた国とそっくりな文化を持っていた。だから、私はてっきり「温泉には何も着ずに入る」というところも同じだと思ってつい口に出してしまったが、そうでは無いようだった。


そういえば西の大国とやらはお寺もないのに街に巨大な五重塔が建っていたり、客船のエントランスに鳥居を飾ってみたり、微妙なところで私のよく知っているそれと異なった一面が見え隠れし、その度に私は違和感にさいなまれてきたのだ。今回もその微妙な違いがたまたま温泉の入り方という点で現れたに過ぎない。


しかし、今まで私はいわゆる「西の文化」と「私の文化」の違いを私の心の中だけで収めておくことが出来たが、今回はみんなの前にその違いを晒してしまった。クリスタル・マーメイド号にも大浴場が付いていたことですっかり油断してしまっていたが、こちらの世界では西だろうと北だろうと他の人がいるお風呂は水着で入ることになっているらしい。


「いや、ほらそれはわかばの地元の話でしょ? 私の住んでた近くの温泉だと水着を着る風習が無くてさ、そんなに有名なところじゃないし、知られて無くても当然だよね。いやーこれがカルチャーギャップってやつだね!」


本当はカルチャーどころかワールドが違うわけだが、私は必死に住んでいる地域性の違いということでごまかすことにした。さすがに同僚を違う世界から来た人間だと疑う人はなかなか居ないだろうけど、私が実は出身地も家族も不明であるということはバレると大変そうなので、ごまかすに越したことは無い。


「ほんとですか? まあ私も別に温泉に詳しいわけじゃないですし、七海さんがそう言うんならそうなんでしょうけど……。」


わかばは釈然としない様子ながらも、一応私に理解を示してくれた。マリさんとポーラは元から西の温泉事情に明るいわけではないので、この説明でも大丈夫。問題は、私がこの世界に来たときにうっかり別の世界から来たことを話してしまったセーラだ。彼女は別世界から来たという話を冗談だと決めつけている(普通そうだろう)とはいえ、今の話や普段の振る舞いなどと合わせた上で疑いを持つことがないとは言えない。もしセーラが私を異世界人だと見破ったらどうなることだろう。私は背筋の凍る思いでセーラの方を向いた。


「……なな、七海が、なにも着ずに他のひとも居るおふろに入……る?」


あっ、大丈夫そうだ。本人はまだ温泉に入ってないのにすでにのぼせていて大丈夫じゃない気配がするけど。


「七海っ、そんなの私許さないからねっ! 七海は女の子なんだから、気安く他の人にその、か、体とか見せちゃダメなんだからねっ!」


「え、いや別に混浴とかじゃないし。周りも女の人だけだから体を見せるとかそういう話じゃ……。」


「周りが女の人だけでも関係ないよっ、とにかくダメなものはダメ!」


セーラはのぼせた状態を通り越して、もはや沸騰してしまっている。これでは本人が温泉になってしまう。


「逆にいつかセーラが七海の地元に行って、一緒に何も着ないまま温泉に入ってみたらどうだ? 七海だって故郷の文化を否定されていい気持ちはしないだろ。」


ポーラが相も変わらず余計なことを言って、セーラの頭をややこしいことにしてしまう。何が「逆に」だ。何をひっくり返したらその発言につながるんだ。しかしセーラはポーラの言葉を真に受けてしまったようで、どうやら自分が私と水着を着ずに温泉に入っているところを想像してフリーズしかけてしまっているようだった。


このままお湯につかるのは危ないのではないかとさえ思われた彼女がようやくクールダウンしたのは、私たちが水着でお風呂に入り、体の芯まで温まった頃だった。フリーズしたり沸騰したり、クールダウンしつつ体は温まったりとセーラの温度が目まぐるしく変わっていく。


何はともあれ、とりあえず私に異世界人疑惑が掛けられることもなく、私たちは無事に温泉を楽しむことが出来た。


浴場は私が最初温泉と聞いて想像したような湯船にみんなでつかるというものではなくて、大きな広いプールのような場所に温水プールよりも熱めのお湯が引かれているというものだった。その中で各々がのんびり一つの場所にとどまってお喋りをしたり読書をしたり、水深の深いところでは歩きながらお湯につかったり、人の少ないところでは泳いでいる人さえ居た。最初は泳いでいる人を見つけてびっくりした私も、試しに泳いでみると温かい温泉に全身が包まれて中々気持ちよく、加えて今までの経験から何かいけないことをしてしまっているような背徳感もあってちょっとハマってしまいそうなくらいだった。


私が泳ぐのを止めて水深の深いところで立っていると、不意に水面下で何者かが足を掴んできた。


「ひゃっ!?」


驚いて変な声が出てしまう。やがて私のすぐ近くの水面からざばぁと顔を出してきたのは、見慣れた金色の髪の少女だった。


「えへへ、さっきは驚かされちゃったから、そのお返しだよっ!」


セーラは私の気づかないところから、私が気づかないくらいに静かな潜水泳法で接近し、私を驚かせたということらしかった。相変わらずセーラは普段のおっとりほんわかな様子とは違って、運動に関してものすごい才能を発揮することがある。こんなに可愛くて可憐な彼女のどこにそんなパワーが潜んでいるのだろうと思いつつ、一方で見かけによらない力を秘めている彼女がより一層魅力的に感じた。いわゆるギャップ萌えというやつだろうか。


私たちは温泉を満喫し、更衣室で着替えて再び施設の入口へと戻った。ポーラが忘れ物をしてしまったらしく、マリさんとともに再び更衣室の中に向かっていったので、今ここにいるのは私とセーラ、そしてわかばの3人だ。


「いやー、温泉良かったね。私の故郷だとお風呂上がりは牛乳が定番なんだけど、さすがにここじゃ売ってないよね。」


「七海さん、お風呂上がりに牛乳を売ってるっていうのも初めて聞きました……。」


「えっ、そこも違うの?」 


不思議がるわかばと、事情がよく分からないセーラを前に、私はあまりうかつに「西」の話をしないよう心に固く誓った。

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