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47.私は曳船を求める ~I require a tug.~

「七海、こっちこっち!アクトスの街が見えてきたよ!」


セーラの声に誘われてお仕事の手を一旦止め、船の進行方向が見えるデッキへと出ると、そこに広がっていたのは山の裾野に広がる町並みとその様々な場所から立ち上る湯けむりという光景だった。


私たちの乗るクルーズ客船、コーラル・マーメイド号はル・メイズを出港してから4番目の都市、北西回廊連邦のアクトスという街に入港しようとしていた。この街は世界でも屈指の湧出量を誇る温泉街で、北側からも西側からも多くの観光客が訪れているということだった。しかし、温泉街といっても、私が元いた世界の生まれ育った国にあるような、浴衣を着た観光客が下駄で散歩をしていたり、古ぼけたゲームセンターやお土産屋さんが立ち並ぶようなものではないらしい。この街は昔から貴族の保養所として使われたり、戦いで傷ついた戦士が温泉の効能を活かして湯治をするために訪れたりするなど、歴史的にも由緒正しい街であるらしく、今ではリゾートとしても開発が進んでいるとかいないとか。若干あやふやなのは、いつもどおりこの知識がマリさんから聞きかじったものだからだ。


「それにしても、大分寒くなってきたね。」


デッキに吹き付ける風は、海からの強い風だということを差し引いても冷たく、船が徐々に北に近づいていることが肌で感じられた。確かに、こんな冷涼な気候の中で温泉に入れたら、さぞかし気持ちいいだろうなあと私は思ったが、そもそもこの世界の温泉施設がどんなものかは分からないし、元は貴族の保養所というなら私のような一般市民にはとうてい手が出せないのではないだろうか。


「もうこの次の寄港地は北の大陸だからね。七海、風邪ひかないように気をつけてねっ!」


セーラはそう言った次の瞬間に、くしゅんとかわいいくしゃみをした。彼女にとってなんともタイミングの悪いくしゃみにセーラは照れくさそうな表情をした。まあこのデッキにずっと居続けると私もくしゃみくらいしてしまいそうだ。私たちは空調の効いた船内へと戻った。


そういえば、この船が間もなくアクトス港に入港するということは、クリスタル・マーメイド号もイルミス港に近づいているはずだ。私はイルミスと聞いて思い出す二人の顔を交互に浮かべた。まずはセーラの妹ソアラ、彼女はこのコーラル号が前回の寄港地に入港した際に、セーラあてに長ーい長ーい手紙を送ってきた。おそらくこの港にも彼女はセーラのために長ーい長ーい手紙を送ってきていることだろう。次にノルトリンク王国海軍マニアの舞、彼女はイルミスを「聖地」と言ってはばからず、クリスタル号が入港するのを心待ちにしていた。それだけにとどまらず、海軍の軍人さんに出会ったらサインをもらうとまで言う入れ込みっぷりだ。舞は今頃どんな表情をしているだろうか。


「もし二人がばったり出くわしてたら面白いな」


私はそう考えて、それがあまり現実的でないことに気がついた。ソアラは士官学校の学生だ。きっと厳しい訓練や休む暇も惜しむほどの勉強に追われていることだろう。それに舞だって、クリスタル号は人手不足で大忙しだ。街に上陸するためにはいろんな人に拝み倒さないといけないだろうが、そこまで親しくない人とコミュニケーションをあまり取りたがらない彼女が、そこまでするとは思えなかった。そんな二人が偶然出くわすのは、残念ながら奇跡でも起こらない限りあり得ないのではないだろうか。


「ねぇ七海、何が面白いって?」


私はセーラに、舞がイルミスに居ることと、ソアラに出くわしたらどうなるかと考えていたことを話した。そしてソアラがもし舞にサインをねだられたら、サインを書くかどうかについて話し合った。私は「書かない」方に、セーラは「書く」方を予想したが、果たしてあのソアラが初対面の人にサインなんて書くだろうか。でも姉が言ってるんだし、意外とそういうところがあるのかもしれない。


そのままセーラと、クリスタル号のみんなのことやソアラのことなどを話しながらお仕事を終え、私たちの部屋に戻ると、部屋の前の通路にはマリさんとポーラ、そして小柄な黒髪の少女の姿があった。マリさんのことを「お姉さん」と慕ってやまない彼女は松帆わかばといい、航海部門の見習い乗組員であるにも関わらず、暇を見つけてはこうして「お姉さん」の元を訪れていた。マリさんもその生真面目さからか、彼女のお姉さん役としての振る舞いが徐々に板に付き始め、わかばのスカーフが曲がっているのを見つければ、注意して直してあげるし、わかばの髪のセットが上手く決まらない日は、彼女が納得行くまでヘアコーディネートに付き合ってあげたりしていた。そんな光景をポーラは意外にも微笑ましく見守っており、「あいつ本当は末っ子なんけどな」と笑っていた。


一方のわかばも、マリさんとはタイプの180度異なるポーラのこともまた気に入っているようで、マリさんのような、いかにもお姉さんらしい「お姉さん」と、ポーラのようなお姉さんというよりは「姉貴」と呼んだほうが近いようなお姉さんの二人の間で楽しく過ごしているようだった。


「あっ、七海さん、セーラさん、ちょうど良かった!今、みんなでこれについて話してたんです!」


わかばはマリさんとポーラはお姉さん認定しているようだが、私とセーラはそうでもないらしい。けれどそれは彼女にとって関心がないということではもちろんなく、私はこの船に2人しか居ない西の大国出身の仲間として(本当は違うのは秘密である)、セーラは年の近い友達として、やはり屈託のない笑顔で接してくれていた。もっとも、セーラは4人の中で唯一本当の「お姉さん」であるにも関わらず、そうとは見てもらえないことに少し不満な様子である。


「これって、何かのチケット?」


わかばの手に握られていたのは、5人分の厚めの紙だった。そしてポーラがわかばよりも早く、私の疑問に答えた。


「そうそう、アクトスの温泉浴場の入場券、ちょうど5人分あるんだってさ。」


「はい!私に友達が4人も出来たことを船長さんに話したら、『良かったですね、じゃあお友達とこれで遊びに出かけるといいですよ』ってもらったんです!」


「わかばさん、ブリッジで一人馴染めなかった頃に、船長がいろいろ彼女のことを気にかけてくださってたようで……」


入れないと思っていたアクトスの温泉に入るチャンスがめぐってきたこと、わかばがちょうど5人分の入場券を手にしていること、そして何よりもそれが船長直々のプレゼントで、彼女が船長となにやら親しい関係にあること、全部がいっぺんに押し寄せてきたことで私の頭はパンクしそうになっていた。……でも、まあまずは目先の温泉を楽しむところから始めてもバチは当たらないだろう。

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