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45.ソアラ・アサートンの航海日誌 ~王国の興廃この一戦にあり~

朝、学校の寮の窓を開けると、イルミス港には大きな客船が入港していました。その船の形は、お姉ちゃんが乗っているコーラル・マーメイド号にそっくりで、私はすわお姉ちゃんが帰ってきたのでは無いかと色めき立ちましたが、そんなはずはありません。なぜならコーラル・マーメイド号は今、ノルトリンク王国から遠く離れた北西回廊連邦の都市、アクトスの近海に居るはずだからです。そして私は思い出しました、お姉ちゃん達の乗っている船には姉妹船があること、その姉妹船はコーラル号とは逆に北から西へ向かっていること、さらにその船がここイルミスにも寄港することを。


私、ソアラ・アサートンはノルトリンク王国海軍の士官学校中等部に所属しています。士官学校と言えば厳しい訓練や休む暇も惜しんで勉強する学生などを想像されるかもしれませんが、入ってみるとそうでもありません。実際に今日の私のスケジュールは、一日中、学校に併設された王国海軍の博物館で見張りを行うというものでした。見張りといっても学校の正門に立っている守衛さんのようないかめしいものではありません。どちらかというと美術館の展示室の隅で椅子に座ってお客さんを眺めているスタッフさんのような、とっても「ゆるい」ものです。


とはいえ、せっかくのお休みの日に当番が回ってきたことや、お客さんが少なすぎると眠いし、多すぎるとまあまあ忙しいということであまり私は気乗りしませんでした。特に今日は客船が入港しているし、博物館にも多くの人が訪れることでしょう。それを考えると私の気持ちは、窓の外から見える鮮やかな海と空の青とは対照的にややどんよりとした気分になります。


でも、悪いことばかりではありません。姉妹船がイルミスに着いたということは、コーラル号もまもなくアクトス港に到着するということを意味します。それはつまり、待ちに待ったお姉ちゃんからの2通目の手紙がもう少しでやってくるということにほかなりません。お姉ちゃんがノイ・タンガ港で出してくれた1通目の手紙は、大切に大切に読んで、今は机の鍵付きの引き出しの中にしまっています。本当は額縁に入れて飾りたいくらいですが、それだと読みたいときにすぐ読めないので諦めました。とにかく、それほどまでにお姉ちゃんからの手紙は私の気持ちを明るく照らしてくれます。だから、今日はそれを心の支えにがんばろうと誓いました。


9時のオープンと同時に、博物館には予想通り多くのお客さんが訪れてきました。ただし、お客さんのほとんどが西国から来た方のように見えたのは予想外でした。コーラル号のお客さんはほとんどが北側の人達だったので、私はてっきり姉妹船もそうだと思っていたのですが、同じ形をした客船でも、運航する会社の都合でいろいろと違っているようです。


次々に訪れる西の人達を見て、はじめは「よその国の海軍の博物館なんて面白いのかな、この人達も物好きだな。」と思いました。しかし、彼らや彼女らが展示物を見て口々に「こんな昔にここまで大きな船を造れていたなんてすごいなあ」とか「さすがは無敵艦隊と呼ばれていただけあるね」と言っているのを聞くと、なんだかとても誇らしげな気持ちになります。私はまだ何もしていないとは言え、おばあちゃんやおじいちゃんやそのまたおじいちゃんの活躍を褒めてもらえれば、きっと誰だって同じ気持ちになると思います。


私は名ばかりの「見張り」を続けつつ、観客の声に聞き耳を立て続けます。ほとんどは西の言葉ですが問題ありません。実は私とお姉ちゃんは小さい頃から徹底的に西の言葉を教えられてきました。お父さんいわく「ノルトリンクと西がこれから良好な関係になろうと、険悪な関係になろうと、いざというときにコミュニケーションが取れるようにしておくのは何よりも大切だ。」ということだそうです。もっとも、小さい頃のお姉ちゃんは語学よりも体を動かす方が好きだったようですが。でも、そういったところもお姉ちゃんらしくて素敵です。


お客さんから寄せられる質問に答えられる範囲で答えつつ、展示されている艦船の模型に子どもが手を触れないように見張っていたりしていると、展示室の入り口から何やらとても興奮した声が聞こえてきました。それはまるでクリスマスプレゼントにほしいおもちゃを貰った子どものような、あるいは雪を見たことのない南の国の人が初めて雪を見たような、ワクワクを包み隠せないといった様子に聞こえました。


「おおおおお、これが戦艦エチュードの10分の1スケール模型!こっちは戦艦ハンターノート、あっちには巡洋艦ミノタウロスがっ!」


「舞、ちょっと落ち着いたらどうだ。周りのお客さんが冷めた目でお前を見ているぞ。」


「……くれは、そんな事言うけど。ノルトリンク王国海軍の聖地にやっと来られて、興奮しないわけがないでしょ!?大体、ここに来るまでにどれほど私が苦労したことかっ!」


「……まあ、もともと休みだった私と違って、舞は半日上陸するために、無いコミュニケーション能力を振り絞って先輩を拝み倒していたからな。その苦労だけは理解する。」


博物館という場所柄、海軍に所属している私よりもはるかに艦船に詳しい人はしょっちゅう訪れます。しかし、この人は少しだけ様子が違いました。お姉ちゃんがコーラル号で着ていた制服にそっくりなデザインのセーラー服、しかし色は違って黒地に白いスカーフでした。雰囲気は周りの観光客と同じく西の人のように思えます。おそらく彼女たちは、姉妹船に乗り組んでいるお姉ちゃんと同じ客室乗務員見習いなのでしょう。


「うわあ、エチュードの主砲弾のレプリカが置いてある!この主砲は当時世界最大クラスで、周りの国はエチュードの計画が発表されたときに、この大きさの砲塔を作るのは絶対に不可能だって考えてたんだけど、進水式のときにお披露目されて世界中を驚かせたっていう逸話が……。」


「わかったわかった。というか解説がノルトリンクの言葉でしか書かれてないのによく分かるな。」


「解説を読んだんじゃなくて、こんなの常識でしょ!」


その知識は世界はおろかこの国でさえ常識ではないと思います、と私が心の中でツッコミを入れている間に、さっきから「舞」と呼ばれているセーラー服の人がずんずんこちらに近づいてきました。


「すいません、このエチュードの主砲の散布界はどれくらいだったんですか?」


「……」


「ああ、西の言葉は分かりませんよね。えっと、散布界ってノルトリンク語でどう言えばいいんだろう……?」


私が分からないのは西の言葉ではなく、戦艦エチュードについての詳細なスペックの方なのですが、彼女はそうとは捉えなかったようです。これはある意味で命拾いしたということでしょうか。彼女が必死に「散布界」の訳し方について頭を悩ませている間に、もう一人のセーラー服の人が追いついてきました。


「あー申し訳ない。ではなくて、こちらの言葉では…」


「大丈夫ですよ、私、西の言葉ちょっとわかります。」


「ええええ!西の言葉喋れたんですか!?」


すると、「舞」さんの方が先に素っ頓狂な声を出して驚きました。確かに多言語での解説も無ければ、音声ガイドも無いようなこの博物館で、見張りの人間がいきなり自分たちの母国語を話しだしたらびっくりする気持ちはよくわかります。


「というかあなた、もしかして王国海軍の軍人さんですか?」


舞さんは私の制服の肩についている階級章をみて、恐る恐るといった感じでそう聞いてきました。軍人っぽい服装は世の中にいくらでもありますし、私はまだちゃんとした士官の身分では無いので、着ているのも二人と同じセーラー服です。ですが階級章がちゃんと付いていることをちゃんと確認した上で、私を海軍の人間だと判断するあたりはさすがマニアといったところでしょうか。


「はい。まあまだ士官学校の学生なので、正確には見習いみたいなものですが。」


すると彼女は言葉を失い、一瞬フリーズした後に、リュックから何かをごそごそと取り出しました。出てきたのは厚手の色紙とペンでした。


「すいません、サインください!」


……えっと、それは一体どういう風の吹き回しでしょうか。

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