44.視界はいろいろである ~Visibility is variable.~
「エリソンさんに、私のお姉さんになってほしいんですっ!」
わかばの口から発せられたその言葉は、私にとっても、セーラにとっても、本人から直接言われたマリさんにとっても、恋愛絡みの告白だと思って今にも飛び出そうとしていたポーラにとっても、とにかくこの場にいるわかば以外のすべての人間にとって意外すぎる言葉だった。
「あの、お姉さんになる、とはどういうことで?」
「すいません、こんなこといきなり言われても困りますよね。もちろん、本当のお姉さんというわけではなくて、私はエリソンさんのことをお姉さんだと思って、エリソンさんには私を妹だと思ってほしいっていうことです。」
……それでもよく分からない、というのは私が思うまでもなくマリさんが一番感じていることだろう。まあ確かに、セーラよりも小柄で幼い雰囲気をまとっている彼女は、大人びたマリさんと対比すると外見だけは姉と妹のように見えないこともないけれど。マリさんはあっけにとられたような表情で上手く言葉を返せずにいた。まあ、私の居た世界だろうとこの世界だろうと、いきなり初対面に近い相手からお姉さんになってほしいなんて言われて、うまく対応することができる人間なんてそうそう居るはずはないだろう。マリさんとわかばとの間に奇妙な沈黙が流れはじめたところで、わかばはこれではいけないと察したのか再び言葉を発した。
「……やっぱり、初対面の人を妹だと思うなんんて、無理がありますよね。いいんです、はじめからそうじゃないかって思ってましたから。」
「いえ、無理というか、あなたがなぜそんなことを言い出したのか、まず理由が知りたくて。」
マリさんはとてもいい人だ。もしもっと意地悪な人がこの状況におかれたら、わかばの一言に対して「確かに無理があるね」と返して終わりだったかもしれない。しかしマリさんはとりあえず彼女がそういった理由を丁寧に聞いて、そこから判断しようとしているようだった。
「私、本当はクリスタル・マーメイド号に乗り組む予定だったんです。」
わかばはマリさんにうながされ、そう返事をした。クリスタル・マーメイド号とは今更説明するまでも無いが、彼女の出身地であろう西の大国向けに造られたコーラル・マーメイド号の姉妹船で、乗員もほとんどが西の大国出身という客船だ。クリスタル号への誘いを断った私が言うのもなんだが、確かに彼女があちらではなくこちらの船に乗っているのは不思議な話だった。なぜなら、クリスタル号は深刻な人手不足なのだ。
「でも、配属先を決める船員学校の試験の日の朝、海に間違って落ちてしまった子どもを助けて、受験できなくなってしまったんです。半年後の試験には無事合格したんですが、そのときには私以外のクラスメートみんなが配属されたクリスタル・マーメイド号は、西側から遠く離れたオルチャ港にいました。」
海に落ちた子どもの話は、私にとって他人事ではない。もし私が海に落ちたあの日にわかばみたいな人が居たら、私も助かっていたのだろうか。
「その後、私は姉妹船ということでコーラル・マーメイド号に乗ることが決まりました。先生からは、姉妹船だから客室部門はともかく航海部門はクリスタル号と全然変わらないよと言われましたが、ご存知の通りこの船の乗組員のみなさんは見習いも含めて私以外全員ノルトリンクや北の出身者。語学の成績もパッとしない私は、コミュニケーションを取るのもやっとでとても心細かったんです。」
境遇は私と遠からず近からずといった様子だったが、私には神様から授けてもらった「自分の使う言葉が、全世界で通じる国際信号旗のように、誰にでも通用する」という能力がある。それになんといってもセーラやマリさん、ポーラという仲間がいて心細さを感じることはない。けれども、このチートみたいな能力も心強い仲間もいない境遇を想像すると、それだけで私は不安に襲われそうになった。
「なるほど、私の周りにも似たような状況にあった親友がいます。でも、それと私があなたのお姉さんになるという話がどう関係するんでしょうか?」
「私のいたル・メイズの船員学校では、下級生が上級生の『妹』となり、勉強や生活面の面倒を見てもらうという制度があったんです。なので、この船でもそんな存在を見つけられればと思いました。」
話が核心部分に入りつつあるようだった。ル・メイズの船員学校にはそんな制度があったのか。一応私もこの世界ではそこの出身という設定になっている以上、これは重要な情報だ。マリさん以外に3人が聞き耳を立てているということも知らず、わかばは話を続けた。
「そこで出会ったのがエリソンさんだったんです。この船の一番最初のオリエンテーションのとき、エリソンさんが小柄で可愛らしい金髪の見習いさんの面倒を見たり、活発でおしゃべりな見習いさんをたしなめたりしているのを見て、まるでみなさんのことが本当の姉妹のように思えたんです。だから、私もエリソンさんみたいな人がお姉さんになってくれれば、きっととっても心強いって感じました。」
「ねぇ、私、完全に妹に見られてたってことだよね。本当は私もお姉さんなんだけど!?」
「セーラ、あんまり大きい声出したらバレちゃうから!」
私は小柄で可愛らしい金髪の見習いさんの抗議を必死で押し止める。活発でおしゃべりな船員さんは、飛び出そうとした姿勢のまま固まってしまっていた。
「だからエリソンさん、私のお姉さんになってもらえませんか?」
わかばの再びの告白に対し、マリさんはしばらく悩むような素振りを見せた。やがてひとつの結論を出した。
「……まあ、わかばさんが私のことをどう思うかは別として、お友達になるというのでしたら、私は大歓迎ですよ。それに呼び方も、マリで構いません。」
「……ありがとうございます!!では、これからはマリ姉さんと呼ばせていただきます!」
「その呼び方は人の多いところではやめてもらえると助かります……。」
こうしてマリさんのロッカーに入った手紙から始まった告白騒ぎは一件落着したようにみえた。結果としてマリさんは誰かのものになるわけでもなく、わかばに友達が増え、ポーラも一安心と誰も悲しむことなく解決してよかった……。いや、ポーラはどうもそうでないよう様子だ。
「あたしの……」
飛び出そうとしたままの体勢で何かを訴えたそうに体を震わせている。いったいどうしたのだろうか。
「あたしの心配を返せーーっ!」
ポーラの声が海図室裏の通路に響き、私たちの偵察ミッションは無事失敗、この告白騒ぎにはマリさんのお説教とわかばの友達がもう3人追加されたことが結末としてさらに加わることとなったのであった。




