42.私は指定の時間に進むことができる ~I can proceed at time indicated.~
そして次の日の朝が来た。私はいつものように、マリさんと同じく目覚まし時計の鳴る5分前にきっちりと目が覚める。こういうとき、10分前ならもう少し眠ってようと思うし、2分前なら起きてしまった方がいっそ楽なのでそうするが、5分前というのはなんとも微妙な時間で、もう一眠りするには短いし、起きるには微妙に余裕がありすぎると思う。そんな中途半端な時間をうだうだと過ごすのも私のいつものパターンだった。向こう側の二段ベッドで既に起きているマリさんはきっとそんなことを思わずに、しっかり5分前に起きて目覚ましの鳴る時間には完全にスタートが切れるように準備していることだろう。同じ5分前に起きる人間といってもいろいろあって、みんなが真面目とは限らないのだ。
ただし、今日は5分よりもっと前に起きている人間が居た。ポーラだ。
彼女は私たちが起きたときにはすでに身支度を完璧に整え、シワのない白いセーラー服を着こなし、もう特にやることも無いといった様子でただ机の前に座っていた。何もせずにぼーっとしているポーラという光景も極めて珍しいが、起床時間のはるか前に起きて制服をプレスまで完璧に行い、身支度も整えていつでも仕事のできる体勢になっている彼女はそれよりももっとずっと珍しい光景だ。私はポーラの様子がまだ昨日のおかしいままだということをすぐに悟った。
「ど、どうしたのポーラ。あなたがこんな時間にそんな完璧な格好をしてるなんてあり得ないわ。」
同じことはマリさんも思ったらしい。まあ、彼女と知り合ってそんなに日が経っているわけではない私がこうなのだから、マリさんは言わずもがなだろう。
「……昨日早く寝すぎたんだよ。それにあたしだってたまには丁寧にアイロンくらいかける。」
「そう、別に悪いことではないのだけれど」
その通りだ。5分以上前に起きて自分の身の回りのことを完璧にすることは、なんら悪いことではない。むしろ褒められてもいいくらいだ。しかし、ポーラがそれをしているのはなんとなく普段の光景と違っててこう、モヤッとしたものを感じてしまうのもまた本当の話だった。
困惑する私たちとそれを心外だという様子で見るポーラ、3人の間に流れる妙な沈黙を一斉になりだした目覚まし時計の騒がしい声がかき消した。この部屋でいつもと同じなのは、そんな騒がしい声に一切動じることなく睡眠続行中のセーラだけだった。とりあえず話は彼女を起こしてからだ。
午前の仕事中も、やはりポーラの様子はいつもと違ったままだった。彼女は自分から雑談をすることは一切なく、ただ黙々とひたすらに客室の清掃とベッドメイキングに明け暮れていた。おかげでいつもはたっぷり3時間はかけてやっていた作業が、今日はなんと2時間ちょっとで終わってしまったのだ。驚くべき素早さで機械のように作業をこなしていくポーラの姿に、私たちは違和感をぬぐうことができず、無駄話を振って元の彼女を引き出そうとするが、口数はいつもの9割減の状態から元に戻らない。しかし、私とセーラに対する反応はまだ良いほうで、マリさんに対しては一言も口を利かないことさえもあった。
「マリさん、ポーラとやっぱり何かあったんですよね?」
私が聞くと、マリさんは特に気にしていないといった素振りをしていた。すでにこの状況に慣れてしまったのだろうか、だとすると仲直りする気はあまり起きなかったりするのだろうか。でも私は、口ではいがみ合っていても最終的には仲の良さがにじみ出している二人の方が好きだ。ここはなんとかして二人に仲直りしてもらえないだろうか。
「ポーラに何かあったというよりは、私の問題かもね。まあ、夕方すぎには治ってるでしょう。」
夕方といえば、マリさんとラブレターの差出人が出会う予定が入っていたはずだ。それとこれとがどうつながって来るのだろう。
午後の仕事もそんな調子で進み、仕事の進みは今まで一番早かったのに、私たちの間にはモヤモヤとした空気が流れたままだった。そして時刻は17時までもう間もなくといった時間になっていた。マリさんは一人で手紙の主が指定してきた海図室の裏の通路へと向かっていた。私たちは自分たちの部屋へと戻ったが、実は少しだけ時間をずらしてこっそり偵察しに行くつもりだ。
「セーラ隊長!偵察任務を遂行するためには何が大切でありますか!」
「まずは周りに紛れ込むこと、そしてこそこそせずに堂々としていることだよっ!って七海、そういうの止めてよね!」
セーラは自分と軍隊を結びつけられるのがあまり好きではないので、こういう冗談はほどほどにしておかなければいけない。けれども、彼女がノリツッコミを覚えたというのは大きな進歩である。こちらの世界でもノリツッコミという文化が存在することを確認できたのはとても重要なことだ。そんな野次馬偵察隊2名をよそに、ポーラは相変わらずテンションの低いままで布団に寝っ転がっていた。
「ポーラは行かないの、海図室?」
「いや、別に興味ないし。マリが誰かに告られようと、それにどんな返事をしようと一切あたしには関係ないし。」
ポーラはそっけなく返答する。普段なら間違いなく野次馬偵察隊のリーダーを引き受けそうな彼女が今回は不参加というのはとても不思議だ。マリさんのこととなると、身近すぎて逆に興味がわかなくなったりするのだろうか。それとも、普段からちょっかいを出していたのは本当にマリさんが嫌いで、興味もまったくないのだろうか。いや、そんなことは決して無いはずだけど……。
するとその言葉を聞いたセーラが突然、ポーラのベッドに向かい、口を開いた。
「ポーラのうそつき!本当はマリさんにラブレターが届いたときから、ずっと気になって仕方ないくせにっ!全然知らない航海部門の誰かさんに、マリさんのこと取られちゃったらどうしようか不安で仕方ないくせにっ!」
「えっ!?」
その発言に、部屋の中にいたセーラ以外の二人が同時に驚いた。ポーラは、普段ほわほわとした空気を漂わせているセーラが、自分の気持ちを直球すぎる物言いでズバリと言い当てたことに対して、そして私は、ポーラの様子がおかしかったのは、彼女がマリさんにやきもちを焼いていたからだということに対してだ。
「そ、そんなわけ無いだろ!大体セーラに何がわかるっていうんだよ。あたしとマリはたまたま出身が一緒だったってだけで、取られるとか取られないとかそんな関係じゃない!」
「そんなこと言ってたら本当に取られちゃうからねっ!ポーラがマリさんのことをどう思ってるか、自分が一番よくわかってるはずなのに。今行かなかったら絶対後悔するって私断言できるよっ!」
「……うるさいな。わかったよ、行けばそれで満足なんだな?」
セーラの熱弁に圧倒されたのか、ポーラが重い腰を上げてベッドから起き、部屋の外へと歩き出した。その姿をセーラは満足そうに見守っている。一方で私は依然として驚いたまま、セーラにこっそりと耳打ちした。
「ポーラがおかしかったのって、やきもちのせいだったの?」
すると今度はセーラが信じられないものを見るかのような表情で驚き、目を丸くした。
「七海、気づいてなかったの!?ちょっとその鈍感さは私にとっては大問題だよっ。」
私の鈍感さがなぜセーラにとって問題なのかはさておき、どうやらこれはセーラにすら当たり前と思われるレベルのお話だったらしい。私はポーラの異変のわけに気づけなかったことと、セーラに鈍感だと言われた二重のショックを引きずりながら、ポーラの後を追って海図室の方へと向かった。




