41.あなたは指定の時間に進まれたし ~You should proceed at time indicated.~
「ラブ、レター?」
思ったままを言った私に、マリさんはポカンと目を丸くしたままそう答えた。可愛らしい凝った飾りの入った便せん、そして同じく可愛らしい文字、加えて本人に確実に届くように、かといって直接渡すほどハードルが高いというわけでもないロッカーに挟むという渡し方、その全てを考えると、マリさんが手にしているその手紙は、ラブレターに間違いないというのが私の判断だった。
「いや、七海。もしかしたら誰かがマリさんに決闘を挑むための果たし状かもしれないよ?」
セーラがポカンとしているマリさんを目にしたかと思うと、私に向かってそんなことを言った。なんでこのタイミング、この場所で誰かから恨みを買うとも思えないマリさんが決闘を申し込まれなければならないというのか。……いや、ちょっと待ってほしい。セーラの家と言えば海軍の偉い人たちを輩出してきた名門一家、当然彼女の周りには自分の腕に自信のある人達がたくさん居たに違いない。そんな環境下で「本人に確実に届かなければいけない手紙」といえば、己の強さを確かめたい道場破りから来る果たし状しか無かったのではないだろうか。なるほど、だから彼女はこんなにかわいらしい手紙を見ても、果たし状という弱肉強食の世界から来たような発想に至ってしまったのか。そしてセーラはそんな世界から抜け出すために、この客船の世界を選んだということなのだろう。ラブレター1枚から、彼女の人生の大きな選択が透けて見えたような気がした。
「もう大丈夫だよセーラ、この船はそんな弱肉強食の世界じゃないんだよ。自分の強さを確かめるために、誰かを踏み台になんてしなくてもいいんだよ。」
「……あのね、七海。まぎらわしかったらごめんなさいなんだけど、さっきの冗談だからね?いくら私が武術を教えてもらってたとしても、決闘なんてしたことも聞いたことも無いからね?」
「ですよね。」
セーラに冷静にツッコまれる日が来るとは思いませんでした。そしてアサートン家およびノルトリンク王国海軍に対して私が図らずも多大な偏見を持っていたことをお詫びします。
そんな私たちの漫才はさておいて、マリさんは早速便せんの中身を開け、中の文面を一通り読み終えたようだった。私とセーラは野次馬根性が抑えきれなくなり、すかさずマリさんに詰め寄った。
「マリさんどうでしたか、やっぱり中身はラブレターだったんですよね?」
「OKはするの?相手はどんな人、出会ったきっかけはいつどこで?」
私たち2人の質問に、マリさんはどう答えて良いのか困ったような顔をした。さすがにOKするとかしないとかを今、手紙の相手もいないところで答えるわけにはいかないだろう。そういうところはもっと上手く遠回しにして聞かないと情報は得られないものだ。……まあ私も気にならないといえば純度100%で嘘になるので、OKするかどうかは後でこっそり聞いておこう。
「いえそれが、手紙に書かれていたのは『明日のPM 5時に、海図室の裏の通路に来てください。お話したいことがあります。』としか書いて無くて……。」
なるほど、まずは手紙で呼び出して、自分の気持ちは面と向かって言おうとするタイプか。なかなか潔くて良い心がけだ。私が実際に告白したこともされたことも無いくせに、上から目線で手紙の相手を評論していると、何やら難しそうな表情をしたポーラの姿が目に入った。そういえば、普段こういうことがあれば真っ先に食いつくはずのポーラが、今回に限ってはおとなしい。というか普段あれだけマリさんにちょっかいを出してるのだから、ラブレターなんて彼女の格好のネタになるはずなのだが。
「海図室の裏通路ってことは航海部門の人間か。ま、どうせ見習い乗組員のオリエンテーションか何かで見かけて一目惚れってパターンだろ。マリ、顔だけはいいからな。本当のこと知ったら幻滅するんじゃないか?」
「ちょっとそれどういう意味よ!」
いつものようにポーラがマリさんの怒りを買うような発言をするが、今日の彼女はそれだけ言うとさっさと私たちの部屋に戻ろうと歩き出していってしまった。いつもはマリさんが怒ったのを確認した後、さらに言葉の応酬を繰り返し、見てるこっちが「この人達本当に仲悪くなったりしないのかな」と不安になるうちに、なんやかんやで元通りになるまでが一連の流れなのだが、今日は様子が違っていた。マリさんも拍子抜けというか、なんだか怒り足りないようだ。
それからもポーラの様子はどこかおかしかった。夕食の時間も、彼女はいつもの口数から90%減といっても過言ではないくらいに黙々と過ごしていた。そんなポーラの様子を見たセーラが「ポーラ、黙ってると美人さんに見えるねっ!」などと意図してやってるのかわからない爆弾発言をぶん投げていったが、いつもならそんなことを言われたらしばらくは喋り続けるであろうポーラは「だろ?」としか返さなかった。この口数の少なさは不気味だったけど、美人だと言われて「だろ?」と返すあたりはいつものポーラらしくて若干ホッとする。
彼女の様子のおかしさはそれだけにとどまらなかった。コーラル・マーメイド号が再び外洋に出たことにより、若干揺れ始めたので、私は念の為の船酔い防止策として、船内の売店でコーラを買って飲むことにした。もちろんコーラ仲間のポーラの分も一緒に買っていく。部屋に戻って缶を渡そうとしたが、彼女はベッドに潜ったまま、私の買ってきたコーラを受け取ろうとはしなかった。理由を聞くと「船酔いした」とのこと。いや、それはいろんな意味でおかしい。まず、外洋とはいえ今の揺れは若干揺れている程度のものであり、まだまだ船の経験が浅い私ですらまだ船酔いの症状は現れていない。にも関わらず、私よりも長く船に乗っているポーラが寝込むほど船酔いするわけがない。それに、船酔いしているならなおさらコーラを飲もうとするはずだ。なぜなら、船酔いにコーラが効くと私に教えてくれたのは他でもないポーラ・メイコムその人だからだ。
さすがにおかしいので、私も心配になりポーラの様子をちらちらとうかがうが、そのうちにベッドで眠りに入ってしまったのか、やがてすうすうという寝息が聞こえ始めた。それでも様子がおかしいのは確かだ。どうしたらいいか、こういうときは小さい頃から彼女とずっと一緒にいたマリさんに聞いてみることにする。
「まあ、確かにポーラの今日の様子はおかしかったわね。でも、明日になったら解決してるような気もするわ。」
そういってマリさんは本日もう一つの重大事件だったラブレターを指に挟んでひらひらと揺らした。
「マリさんのラブレターとポーラの具合になんの関係が?」
私はよく分かっていなかったが、幼馴染が言うならきっと何かがあるのだろう。そして明日になれば解決するというのもきっとそうに違いない。というかそうであってもらわなければ困る。とにもかくにも、私に今できるのは明日を待つことしかない。私は二段ベッドのセーラの上の段で大人しく、明日が来るのを待つことにした。




