40.私を呼び出すのはだれ? ~Who is calling me?~
「……ということがありまして。」
無事に密室と化した倉庫からの脱出を果たした私とセーラは、次の日の朝、レセプションでの仕事から戻ってきたマリさんとポーラに事の一部始終を話した。二人は私たちが閉じ込められた話を聞くと、心の底から驚き、そして心配そうな表情をしてくれ、そんな窮地に陥っているにも関わらずそれに気づけなかったことが悔しいといった様子になってくれる。しかし、話が脱出するために私たちが考えた様々な方法に及ぶと、二人の表情はどんどんと怪しいものになっていき、「消火器の粉を粉塵爆発させる」というアイデアの話に至ったときにはその反応はピークになった。
「爆発したらそっちの方が死ぬだろ」
「いや、そもそも消火器の粉に火は付かないのではないかしら」
ポーラとマリさんがそれぞれ別の観点から、しかしごもっともすぎる正論を口に出した。冷静になって考えればセーラも私もその通りだと思うけど、非常時に人間が何を考えるかというのは本人でさえわからないのだ。ここは見逃してほしい。
何はともあれ二人とも無事助かってよかったねという方向で話は元に戻り、それまで比較的シリアスな雰囲気に包まれていた私たちの会話にも、いつものように笑いが混じり始めた。そんな空気の中、ポーラがこっそりと私に耳打ちをする。
「で、セーラと二人っきりで密室に閉じ込められて、何もなかったってことはないんじゃないか?」
……いきなり何を言い出すんだこいつは。確かにセーラと二人っきりで密室に閉じ込められたとき、「二人ならこのままでも大丈夫」と思ったり、棚が倒れてきたときに助けてもらったことだって、情けないし、セーラをまた危ない目に合わせてしまった怖さでいっぱいだけれども、彼女の姿がかっこよくなかったと言えば嘘になってしまったりすると思う。でも、非常事態に乗じてしかも密室なのを良いことに私がセーラに何かしようと思ったことは無い、断じて無い、決して無い。いや、無事助かるのが分かってたらちょっとくらいは……ってことも無い!
「無いから、そんなこと考えてる場合じゃ無かったから。」
私はつとめてきっぱり冷静にポーラに返した。すると、彼女はいたずらっぽい笑みを浮かべる。
「そっか、やっぱり密室とはいえ真面目な七海はセーラに手を出したりはしなかったのか。」
ポーラは今度はこっそりとではなく、普通の声の大きさで、いかにも残念そうにそう言った。するとセーラはそれを敏感に聞き取ったかと思うと、あっという間に顔を真っ赤にし、100人が見たら100人が動揺していると判定するくらいに動揺してポーラに反論する。
「なななな七海がそんな、てってってっ手を出すわけななないでしょっ!それにっ、私と七海はあのとき必死だったんだからねっ、後から考えたらせっかくだしもう少しいい雰囲気になってもよかったかななんて思う余裕もないくらい必死なんだからねっ!」
セーラが動揺のあまり、反論なのか自爆なのかよく分からないことを口走るのを見て、ポーラはなるほどと満足そうにうなずき、そして私に意味深な微笑みを見せた。だからそれはどういう意味なんだ。ともかく、ポーラはコーラル・マーメイド号のいろんな場所に顔見知りが居るせいか、こういった乗組員同士の恋愛事情にやたら詳しく、本人もその手の話をするのが大好きだったりする。だから私たちもこうしてポーラから時々詮索を受けて対処に困ったりすることがある。ちなみに、私とセーラの関係を「こういった乗組員同士の恋愛事情」に含めたのは言葉のあやっていうヤツだ。……別に私はそれでもいいような気がするけど、セーラがどう思ってるかわからないし、それにこういうのはちゃんとけじめをつけたいというか……。
閑話休題、私たち4人の今日のスケジュールは、久しぶりの座学となっていた。ル・トゥーガからイルミスに向かっているのときもそうだったが、正式な客室乗務員になるために受けなければならない、この座学というスケジュールはどうも外洋を航行中の波が高いときに組まれるらしく、ノイ・タンガからアクトスに向けて航行中の今も、船は時折大きく揺れることがあった。
今日の科目は世界地理と海に関する社会情勢ということで、そもそも世界地図を一から新しく覚え直さなければならない私にとってはあまりに覚えることが多かったが、元から学校でも地理が好きだったこともあり、意外と楽しんで講義を受けることができた。それに前回とは異なり、もう船の揺れにも耐性が付いているし、船酔いすることもない。私は元の世界の学校では一度もした覚えのないような模範的な振る舞いで一日を終えた。そんなインスタント優等生の私と比べて、模範的な優等生としての振る舞いが板についているマリさんは、揺れる船の中でも几帳面にノートを取っていた。一方でセーラは、相変わらずノルトリンク王国の絡む部分以外は頭の中にクエスチョンマークが大量に出ているのが透視できたし、ポーラに関しては船の中でうとうとと舟をこぐというある意味器用な真似をしていた。しかし生徒が4人しかいないのにバレないように居眠りができるのは才能に違いない。
座学を終えた私たちは、参考書をしまうため、事務室にある個人用のロッカーへと向かった。このロッカーにもそれぞれの性格が見えて、マリさんのロッカーは整然としているし、ポーラのロッカーは本人以外は何がどこにあるのか把握できないような感じになっている、セーラのロッカーの中もきちんと整理されているけど、何に使うのか分からないものが時々入っている。ちなみに私は着の身着のままでこの世界に来たので私物がほとんどなく、4人の中で一番殺風景なロッカーになっていた。ともあれ、私たちが各自それぞれのロッカーを開けると、マリさんが何か不思議そうな声を上げた。
「どうしたの?」
「いえ、ロッカーの扉の隙間に、こんな便せんが挟まれてまして。」
マリさんの手にあったのは、事務的な連絡では使われないであろう、可愛らしい凝った飾りの入った便せんだった。宛先にはこれまた可愛らしい文字で、「マリー・エリソン様へ」との文字が記されている。
「それってもしかして、ラブレターなんじゃない?」
私が思ったままのことを口にすると、マリさんはポカンとした表情をした。
「ラブ、レター?」




