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37.船は遭難しているか? ~Is vessel indicated in distress?~

「セーラ、そんなに重い箱持って大丈夫?」


流れるような鮮やかな金髪をした小柄な少女が、ミネラルウォーターのペットボトルが満タンに入った段ボール箱を持ってあっちへ行ったりこっちへ行ったりしていた。成人男性が持ってもうっかりすれば怪我をしかねないような重さの段ボール箱を、セーラのような華奢な女の子が取り回している様子は、見ているこちらが不安になるが、彼女は至って平然とした様子だ。


「平気だよっ!水は私に任せて、七海はこっちをよろしくねっ!」


そう言われて私は救命浮き輪の入った箱を床から棚の上に収納する。こちらは海の上に浮かばなければいけないため、見た目の大きさに比べて案外軽い。小柄なセーラが重い箱を持っているのにかかわらず、自分はこんなに軽い物の上げ下ろしで良いのだろうかと私は罪悪感を覚える。しかし、確かにセーラの背丈では棚の最上段にはギリギリ届かないので、これはこれで私たちなりの役割分担だと言い聞かせることにした。


私たち2人が今居るのは防災用の資材を備蓄している倉庫で、今はその資材を整理したり、使用期限の切れた物を撤去したりといった、まさにバックヤードのお仕事をしている最中だった。しかし、裏方のお仕事がちゃんと回っていることの大切さはクリスタル・マーメイド号で十分体験したし、扱うものが防災用の資材となれば、私たちのお仕事は人命に直結する可能性すらある。そう考えると自然と仕事にも力が入るというものである。


いくつ目かの浮き輪の箱を棚に上げ、私はふと窓の外に目をやる。コーラル・マーメイド号に無数に存在する倉庫の中でも、ここは元々客室だった部屋に棚を備え付けて作った倉庫である。部屋には客室時代の名残としてガラス窓があり、そこから海を眺めることが出来た。


「もしここが食料用の倉庫だったら、この部屋も幽霊の噂が立ってたのかな」


ミネラルウォーターの箱を事もなく運び終えたセーラが、ガラス窓の外を眺めていた私に言った。そう言えば例の肝試しの倉庫にもこんな大きな窓があったっけ。私はあの時見たホタルイカの幻想的な光景と、調理師見習いのメグの姿を思い出す。あれ以来彼女と私たちはすっかり仲良くなり、第3船員食堂で出会うと、メグはこっそり余ったデザートを分けてくれたりしていた。


「あはは、でもここを見回ってるのはジュリさん達みたいな警備担当の人だし、それくらいじゃ驚かなさそうだね。」


ノイ・タンガを出港したコーラル・マーメイド号は北へ針路を取り、大海原を疾走している。波はそれほど高くないものの、それなりに速度を出しているからか、時折船が大きくピッチング(上下の揺れ)することもあった。


こちらの世界に来てしばらくの頃は、このような外洋の大きな波に耐え切れず気分が悪くなっていたが、今はもうすっかり慣れてしまったようで、揺れの中で読書をしようと日記を書こうと特に問題はなかった。それでも少し気分が悪くなった時は、コーラに頼れば気分も回復する。とまあ、私の体調は別に問題ないのだが、この部屋に備え付けられた棚が、揺れるたびにミシミシと音を立てているのは不安なので勘弁して欲しい。


「七海、気分悪く無い?大丈夫?」


大きめの揺れが続いているのを受けて、セーラが私を心配してくれる。私自身は特に酔わなくなったとはいえ、彼女の中ではまだまだ私のことが心配であるらしく、海が少々荒れる度にこうやって気にかけてくれていた。心配そうな表情で私の顔をのぞき込んでくる彼女を見ると、やっぱりセーラは天使だなぁという気持ちになってくる。本人は至って真面目なので、空気を読んで口には出さないように我慢するけど。


私たち2人は続いて古くなった消火器を棚から床に下ろす作業に移った。こちらは水の入った箱よりは軽く、浮き輪よりは重いので、私の罪悪感も少し解消される。2人でやると、それなりに数のある消火器もあっという間に片付いてしまった。


私たちが作業を終えて一息付いたその時、コーラル・マーメイド号が再び大きく上下に揺れた。


備え付けられている棚が再びミシミシと音を立てる。しかし今回はそれだけでは無かった。金属の破壊される鋭い音、私がこの世界に来ることになった全ての始まりの時に聞いたような音が私の鼓膜を貫いた。


「えっ?」


その音の源の方を振り返ると、私の背丈を優に上回る2m以上の棚が、スローモーションのようにこちらに倒れかかって来るのが見えた。棚が倒れて来る数秒の間、突然のことで身体はしゃがんだまま、金縛りにあったかのように動かせなくなったにも関わらず、頭の中は色んな思いが駆け巡った。


この棚が倒れて来たら、私は再び死ぬことになってしまうのだろうか、海に落ちた時と同じで、本当に危ない時は周りの景色がゆっくりに見えるんだな、あと体も動かせなくなって、危機感も湧いてこなくなるんだな、この歳で2回死ぬことになると色々慣れて来るのかもしれないな。私はともかく、セーラは大丈夫だろうか、この棚の近くにはいなかったはずだけど……。


「セーラ!」


私は最期の力を振り絞って彼女の名前を呼んだ。棚が倒れかかって来る寸前のことだった。やがて金属同士が激しくぶつかる凄まじい音が耳に響き渡り、思わず私は目を固くつぶった。その直前、視界に金色の流れるような髪が飛び込んで来たような気がした。


「七海っ!」


「天使」の声が聞こえた。しかし、このセーラー服を着た金髪碧眼の天使は、どうも私を死後の世界に導くために遣わされたわけではないようだった。



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