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36.火災は鎮圧された ~Fire has been extinguished.~

「ううっ、ごめんね。七海が他の船に浮気するなんてあり得ないのに、私ってば七海を疑ってひどいこと言っちゃって……」


セーラが私の腕の中で泣いていた。


あれからセーラの暴走モードは小一時間ほど続き、私が言い訳を繰り返す度に、彼女はそれを都合の悪い方へと解釈し直し、戦況は私にとって不利になっていくばかりだった。セーラの感情は他の船に浮気をした私(あくまで彼女の中での話!)への怒りから、自分が見捨てられてしまったのではないかという悲しみへと移り始め、言葉の端々には涙が混じり始めた。


いよいよ彼女の信頼を取り戻すことは難しいかと思われたその時、私はふと、元いた世界のインターネットで読んだ何ということのないゴシップ記事を思い出した。


それは浮気が彼女にバレたときの対処法というもので、その記事に書いてあったことは、「1.ごまかさないこと」、「2.彼女のことが一番だと伝えること」、「3.それでもだめなら最後は彼女を抱きしめて『心配させてごめんな』と謝ること」の3つだった。そもそも誰かと付き合ったこともそのつもりも全く無かった私がなぜそんな記事を読んでいたのかは謎だったし、特に3番のあまりの胡散臭さはとてつもなく不安だったが、私がセーラと一緒に過ごすためには、もはやこんな怪しい記事にもすがるしかないのだ。


「セーラ、よく聞いて。確かに私は一日中クリスタル・マーメイド号に居た。あの船は西の大国向けに作られてるから、確かに私にとって馴染みのある雰囲気だった。ついでに言うと厨房にはお米を炊く機械もあった。」


まずはステップ1、私はごまかさずにクリスタル・マーメイド号で私の感じたありのままを話す。するとセーラはいよいよ涙腺が決壊しようかというくらいの不安げな表情で私の話を聞いてくれていた。


「やっぱり、七海にとってはあっちの船の方が居心地が良いに決まってるよね。西の言葉も使えるし、西側の乗組員がほとんどだもんね。……厨房でお米も炊けない船は七海にとって失格なんだよね。」


「違う、失格なんかじゃない。クリスタル・マーメイド号の設備は確かに馴染みがあったし、向こうの乗組員もいい人たちだった。でも、コーラル・マーメイド号には私の大切な思い出が詰まってて、そして何より私の大切な人たちが乗ってるんだよ!それに、私とセーラが初めて出会った時、セーラは気を失ってた私に人工呼吸までして助けようとしてくれた、そんなに私のことを思ってくれる人は、クリスタル・マーメイド号、いや世界中どの船にだって乗ってないよ、だから私はこの船が世界で一番好き!」


私は持てる力の精一杯を使って彼女にこの船が一番だということを伝える。嘘はこれっぽっちも言っていないけれど、その代わり後で思い返すと恥ずかしいことこの上ない。それにセーラにこの気持ちを伝えたのがゴシップ記事の浮気解決法によるものだというのがめちゃくちゃ悔しい。いつか彼女には、もっと良いシチュエーションで改めて気持ちを伝えたいなと思った。


「気を失った人に人工呼吸は、必要があればどの船員でもやるのでは?」


「七海とセーラが出会ったとき、七海は気を失ってたんじゃなくて寝てただけだって聞いてたけど。」


マリさんとポーラが身も蓋もないツッコミを入れてくる。この部屋に私の味方は居ないのか。私がコーラル・マーメイド号への思いを熱く語り、陽子のスカウトを断った様子をみんなに聞かせたい気持ちに駆られたが、そんな都合のいい録音ファイルはどこにも転がっていなかった。


「……七海、この船が世界で一番好きって、私が七海のことを世界で一番思ってるって、言ってくれたの?でも、でも七海の制服からはクリスタル号の匂いがしてるし……」


それでも私の渾身の一言が効いたのか、セーラの気持ちはだいぶ私を信じてくれる方向に近づいたようだ。コーラル・マーメイド号が世界で一番好きだということも、セーラが世界で一番私のことを思ってくれているということも、私は心の底からそう思っている。それに世界といってもこの世界だけでない、私のいたすべての世界の中で一番だ。……いや、そんなこと言ったらお父さんが悲しみそうだから、家族とその船は別枠として。


「あれ、七海は私のことをそんな風に思ってくれてて、でもクリスタル・マーメイド号の匂いがして、でもコーラル・マーメイド号のことが一番好きで……」


セーラは混乱しているようだ。さっきよりも格段に状況は良くなったが、まだ完全に回復したとは言い難い。やはり、ここはもう一押しが必要ということだろう。ということは、やるしかないのか。

「3.それでもだめなら最後は彼女を抱きしめて『心配させてごめんな』と謝ること」、私は心の中でもう一度その記事を音読すると、深く呼吸をして、セーラを強く抱きしめた。


「心配させてごめんね」


セーラは最初かなり混乱していたようだったが、私の腕の中でその言葉を聞くと、ふっと緊張の糸が切れたように大人しくなった。


「セーラは、私がコーラル号を私のいるべき世界だって思えるように、頑張ってくれてるんだよね。だから、私がクリスタル号に乗ると、私のいるべき世界が向こうの船だって思うんじゃないか心配になっちゃうんだよね。だから、心配させてごめん。でも、安心して。セーラとみんなのおかげで、もうコーラル・マーメイド号は立派な私の居るべき世界だから。他の船じゃなくて、ここが私の世界だから。」


そしてお話は冒頭のセーラの言葉へとつながるというわけである。きっかけはネットのゴシップ記事であるとはいえ、「ごまかさず」に、「この船が私にとって一番だということ」を、「抱きしめて」言ったおかげかセーラは私への浮気疑惑をすっかり解消してくれたようだった。それどころか、通常の彼女よりも幾分ご機嫌にすらなっているように見えて、時折鼻歌まじりに「私の世界」とつぶやいている。機嫌がなおってくれたのはいいけど、それは恥ずかしいから止めてほしい。


翌朝、コーラル・マーメイド号は低くて長い汽笛を三回鳴らして、ノイ・タンガ港を出港した。隣のふ頭ではちょうど、クリスタル・マーメイド号の周りをタグボートが取り囲んでいた。あちらも間もなく出港するということだろう。低くて長い3回の汽笛は「さようなら」の意味、しかし今日の「さようなら」はノイ・タンガの街だけでなく、これからお互いに離れたところで活躍することになる、「姉妹」へ向けてのものであるようにも感じられた。


「七海、お掃除終わった?」


掃除中の客室の窓から外を眺めていた私に、セーラが声を掛ける。私はその声に返事をすると、「私の世界」で待っているみんなの方へと向かった。

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