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35.あなたは燃えているか? ~Are you on fire?~

クリスタル・マーメイド号を下船した私は、来た時は3人で歩いた岸壁を1人で歩き、私の現在の「家」とも言うべきコーラル・マーメイド号へと戻った。最初に陽子や佐代と出会い、あちらの船へと連れられたときは、状況が飲み込めず、右も左も分からないうちに船の中に到着していた。しかし、彼女たち4人と丸一日一緒に過ごし、途中でスカウトされたり、落とし物探しで途方にくれたりした今となっては、クリスタル・マーメイド号もただの姉妹船ではなく、素敵な人たちと思い出の詰まった特別な船となり、ノイ・タンガを出港した後はしばらく離れ離れになってしまうのが名残惜しく思えた。


コーラル・マーメイド号の船内に入り、いつもの客室乗務員見習いの部屋のドアを開ける。やはり鋼鉄製のこのドアの重さは2つの船で共通しているようで、今日もぐっと力を込めないとドアは開かなかった。


「ただいま!」


私がそう言って部屋の中を見渡すと、「おかえり」の言葉がマリさんとポーラから返ってくる。セーラは午前中だけお仕事で、午後はお休みになっていたはずだけど、彼女の姿は見えなかった。


「七海、クリスタル・マーメイド号を見学しに行ってたそうですね。あちらの船の様子はどうでしたか?」


マリさんが興味津々に尋ねてきた。確かに客船の中で働いていると、自分の乗っている船のことについては詳しくなれるけれども、中々他の船の様子について知る機会は少ないと思う。そうなると、どうしても他所の船がどうなっているか気になってしまうもので、それが同じ会社の姉妹船ならなおさらだ。


私は、クリスタル・マーメイド号の変わったインテリアの話から大浴場、そして陽子たちには悪いけれども、遺失物保管倉庫の話まですべてをマリさんに語った。彼女は私の雑談をメモでも取ろうかという真剣さで聞いており、特にクリスタル号の乗組員が足りていないという話題になると、西の大国のクルーズ客船需要の話題と絡めながら、この傾向は今後も続くだろうことや、コーラル・マーメイド号も西の大国のお客様向けの船になる可能性といった彼女なりの分析を披露してくれた。目の前の仕事だけではなくて、そういうところまでちゃんと考えている真面目さは、いかにもマリさんらしいなと私は話を聞きながら考えていた。


そんなマリさんの分析を話半分に聞いていたポーラが、私たちの会話に割り込んできた。


「そんなことよりさ、陽子って居ただろ?あいつ、あたしとマーメイド・クルーズ社の最初の研修で同じ班だったんだけどさ、言葉はお互い全然分からないのになんとなくあたしと同じような雰囲気がして、すぐに打ち解けたんだよな。せっかく同じ港に停泊してたんだし、あたしも会いに行けばよかったかな。」


うすうすそうでは無いかと思っていたが、やはりポーラと陽子はつながっていたのだ。道理で性格が似ているわけだ……というのはあんまり関係ないかもしれないが、ひょっとすると最初に陽子が私に宛てて手紙を出したのも、私をスカウトしようとしたのも……。


「そうそう、あたしが七海のことを手紙に書いて、陽子たちに送ったからだろうな。まあ、陽子は北の言葉がわからないから、おおかた佐代っていう子に読んでもらってるんだろうけどさ。」


やっぱり、今回の一件はもとを正せばポーラがそもそもの発端になっていたのだ。とはいえ、スカウトの話はともかく彼女たちと知り合えるきっかけを作ってくれたのだから、別に悪い話ではない。むしろ私はポーラに感謝さえしなければならないと思うくらいだ。


「ま、スカウトとかは置いといてさ、七海が向こうの船も楽しんでくれたんなら、あいつらにとってはそれが一番嬉しいんじゃないのかな?……それよりも、七海のパートナーがちょっと大変なことになってるから、どうにかしてやってくれ。」


確かにさっきから姿を見せないとは言え、セーラがちょっと大変なことになってるというのは一体どういうことだろうか。


私の頭上にクエスチョンマークが点灯したところで、噂をすればなんとやら、ドアが重そうに開き、小柄な姿のセーラが現れた。彼女は普段の様子とは異なり、とにかくソワソワと落ち着かない様子で、部屋の中を見回している。そして私の姿を見つけると、一気にパッと笑顔になって、私の元へと飛びこんできた。


「やった!七海が帰って来てくれたよ!七海は私たちを選んでくれるって、私ずっと信じてたんだからねっ!」


セーラは私の腰に抱きつきながら、若干オーバーな表現の「おかえり」を言ってくれた。選ぶとか信じるとかいう言葉遣いをするあたり、きっと私がクリスタル号へ勧誘を受けている話を、ポーラが面白おかしく大げさに彼女に吹き込んで、純粋無垢なセーラはそれを真に受けてしまったのだろう。いつにも増してセーラの私へのスキンシップが激しいのも、きっとそういった事情があるからに違いない。


私はセーラをそそのかせて心配させた容疑者の方に冷たい視線を送ったが、彼女はさっと私から目線をそらし、無関係である風を装った。まあ、この件については後で私とマリさんとで詳しく事情聴取させてもらうことにする。


……ところで、なぜセーラはさっきから怪訝な顔をして私の制服の匂いを嗅いでいるのだろうか。


「七海、他の船の匂いがするっ!」


いやいやいや、他の船の匂いがするって一体どういうことなんだ。浮気された女の人が言う「他の女の匂いがする!」みたいな表現をしているが、セーラはそういうことが言いたいんだろうか。とりあえず何か言い訳を考えないと、もしかしてセーラにとって私の株がだだ下がりしちゃったりするのだろうか。


「いや、これは違うって。そりゃアレだよ、1日中他の船の中にお邪魔してたんだから、そりゃ匂いもつくっていうか。それに、クリスタル・マーメイドって西の大国っぽさを出すために時々お香とか炊いてる場所あるでしょ?だから余計に匂いがつくんだよね。だからそんな目をしないでセーラ!」


「ふーん、匂いが染み付くくらいクリスタル号に居たんだ、やっぱり七海は向こうの船に気が移っちゃったんだね……。ごめんね、私がもっと早く七海の寂しさに気づいてあげられれば、七海が浮気なんてしなくて済んだのにっ!」


久々に私にとって悪い方向への暴走を始めたセーラを前に、私はなんとか彼女をなだめる言い訳を繰り返すしかなかった。しかし、暴走モードのセーラに私の言い訳がほとんどなんの効力も持たないことは、この世界に来たばかりのときの密航者騒動で実証済みだ。でも何か言わなければセーラの疑念は晴らされないということで、私は泥沼の戦いを強いられていた。


「おお、浮気がバレた七海とセーラが修羅場ってる……」


ポーラが私たちの様子をそう評した。元はと言えば全部あんたのせいだからな!という私の心の叫びは、ポーラにも、そしてもちろんセーラにも聞こえることなく、夜のノイ・タンガ港のどこかへとかき消されてしまった。

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