33.私は捜索を続ける ~I am continuing to search.~
私がクリスタル・マーメイド号の客室乗務員見習いとして突然のスカウトを受けたり、この船の抱える人手不足について説明されたりしている間に、時間はすでにお昼となっていた。私と陽子たちの5人は現在、この船の食堂へと向かっている。
居住区から食堂まではかなり距離があるようで、私たちは行き掛けに見た提灯の並ぶ通路をひたすら歩いていく。やはり何度見てもこの提灯などの使い方は私のよく知っているものとはズレていて落ち着かない。
やがて通路はエントランスホールへと突き当たる。ここには私の抱くそんな違和感を最も強く感じさせる、唐突な鳥居と石灯籠と門松が飾ってある場所だ。停泊中というだけあって、さすがにホールの中は多くの人が行き交っており、乗組員もその例外ではなく忙しなく動き回っていた。陽子の言葉によれば、彼女たちも本来であればこの乗組員達のように仕事をしなければならなかったらしいが、私をスカウトするためだということで、停泊中にも関わらず特別に4人揃って休みがもらえたということだった。それを聞くとさすがに罪悪感を覚えてしまうが、それでも私はコーラル・マーメイド号の乗組員で居たいのだからこればっかりは仕方ない。
そんな混雑しているエントランスホールの片隅で、私は泣いている小さな女の子の姿を見つけた。しかし、それぞれの目的地へと急ぐ周りの人々は、彼女に目もくれず通り過ぎていくばかりである。もちろん乗組員も。それはこの船にたくさんの人が乗っていて、乗組員も多くの仕事を抱えているという証拠ではあるものの、私はどこか寂しい気持ちがした。
しかし、陽子達は違った。私とほぼ同じタイミングで女の子の姿を認めると、まずくれはが真っ先にその子へと駆けていった。
「どうされましたか、なにかお手伝いできることはありますでしょうか。」
しかし女の子は泣くばかりで、何も返答しない。すると後から追い付いてきた佐代がゆっくりと腰をかがめ、女の子と同じ目線で話しかけた。
「どうしたの?何があったか、私にはなしてくれないかな?」
「ぐすっ……くま……くまちゃんがいないの……」
すると女の子は相変わらず泣き声を上げてはいるものの、断片的に言葉をつむぎ始めた。
「なぜっ?」
「……人間性の違い」
その様子を見ていたくれはが信じられないといった様子でつぶやき、舞が短いけれどもストレートな言葉を返した。舞の一言にくれはは大きくショックを受けたようで、しばらくその場に呆然と立ち尽くしていたが、そうこうしている間に、女の子から事情を聞いた佐代がこちらの方へと戻ってきた。
「あの女の子、大切にしているくまのぬいぐるみを、船のどこかに置いてきてしまたみたいです。昼に遊ぶときも、夜寝る時も、ずっと一緒で、そのぬいぐるみが無いと、とても不安、らしいです。」
「なるほど、船のどこかに置き忘れたっていうのが確かなら、遺失物保管倉庫に届けられてるかもしれないね。私たちはとりあえずそこを見てくるから、佐代はあの子の相手をしててくれるかな?」
女の子が熊のぬいぐるみを失くしてしまったという佐代の説明を受けて、陽子がそう提案した。確かに私も落とし物の相談はコーラル・マーメイド号で何回か受けたことがあるけれど、その時も確かに船内の落とし物センターのような場所に探しに行った覚えがある。船内に置き忘れられた持ち主不明の荷物は、保安上の理由もあってすぐに周りの乗員に回収されるはずなので、女の子のぬいぐるみもきっとそこに行けばあるに違いない。
「……えっ、あそこに行くの……。いくら常神さんが居て頭数が多いとはいえ、見つかるかなぁ……。」
舞がそう渋った理由は私にはまだわからなかったが、倉庫に到着するとすぐに思い知ることとなった。
「これは、すごいね……。悪い意味で。」
クリスタル・マーメイド号の遺失物保管倉庫で私が見たものは、学校の教室2つ分くらいの広い部屋に傘やカバンやコート、その他様々な落とし物が所狭しと積み上げられ、まるでジャングルのような光景になっている姿だった。落とし物は一切分類されておらず、何が持ち込まれているかも記録されていないため、ここからぬいぐるみ1つを探し出すのは砂漠で石ころを探すのにも等しい作業に思われた。
「驚いた?コーラル・マーメイドの遺失物保管倉庫はきっとこんなんじゃないよね。さっきも言ったとおり、この船は人手が全く足りてないから、お客様の見える範囲のサービスをなんとかこなすことに精一杯で、落とし物の管理みたいな裏方の仕事にまで手が回ってないんだ。七海には早速恥ずかしいところを見せちゃうことになったけど、これがクリスタル・マーメイド号の現実なんだ。」
陽子が自嘲気味につぶやく。確かにコーラル・マーメイド号の落とし物センターには、このクリスタル・マーメイド号とは違って落とし物の詳細が記された台帳が備え付けてあり、管理人も配置されているので失くしたものは案外すんなり見つかるようになっている。それに比べると、やはりこの船の状況は悪い意味ですごいとしか言いようが無いが、それは言っても仕方のないことだ。私たち4人は持ち込まれたのが新しそうな、手前の箱から手当たり次第に中身を探していくことにした。
捜索は予想通り難航した。4人という人数をもってしても、この巨大な船で発生する膨大な量の落とし物の中から目当てのものを探すのはとても難しく、しかも箱の中身はベルトだったり腕時計だったり、かと思えば手錠のような何故ここにあるのか分からないようなものが出てきたりと規則性がなく、手がかりゼロの状態を強いられていた。最初は舞を除いて「最近失くしたものなら意外とすぐ見つかるのでは」と楽観的に捉えていた私たちだったが、徐々に焦りと疲れの色が見え始めてきた。
「……ねぇ、停泊中だし、ひょっとして陸の方に置き忘れてきたってことは無い?」
「やめろ舞、ただでさえやる気が削がれてるのに火に油を注ぐな。」
くれはが舞にツッコミを入れるが、その可能性が否定できないことは陽子にとっても私にとっても気持ちを重くさせる要因の一つだった。
私は一つの箱の中身を見終え、隣の箱に手を伸ばそうとする。すると、私の視界にふと「118」という数字の書かれた箱が飛び込んだ。なんのことはない、落とし物を入れる箱には申し訳程度に一応番号が振られているというだけの話だ。しかし、私はこの数字と、この数字が大好きな神様に少なからぬ因縁を持っている。なんの手がかりもない今、頼れるものといえばもはやそんなレベルの神頼みくらいしかないのだ。
「これは正式なお願いじゃなくて、ただの思いつきですからね、神様」
私は周りのみんなに怪しまれないように、小声で海の安全の女神様に言い訳をしつつ、118番の箱に手を伸ばした。すると押し込められた衣類や布製品の中に、同じようなふんわりとした触り心地ではあるものの、しっかりとした手応えを持つ何かがあった。私は他の落とし物をかき分けつつ、「それ」を引っ張り出す。茶色の毛並み、赤いリボン、足には刺繍で持ち主の名前が刻まれているテディベア、それはまさしく佐代が女の子から聞き出したぬいぐるみの特徴をピッタリと満たしていた。
「神様ありがとうございます!!」
私は喜びのあまり倉庫に響く程の大声で神様にお礼をした。しかし、周りで捜索を続けていた陽子たちが「いくらなんでも大げさでは?」という顔でこっちを見ているのに気づき、私は咳払いをしてごまかした。




