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31.あなたは錨を下ろすことを許可された ~You have permission to anchor.~

私はクリスタル・マーメイド号の客室乗務員見習い、陽子と佐代に連れられて、船名をよく見なければ間違えてしまいそうなほどコーラル・マーメイド号とよく似た外観を持つもう一つの豪華客船の中へと足を踏み入れた。しかし、よく似ていたのは外見だけで、船内は私のよく知っているそれとは全く異なる世界が広がっていた。


「これは……すごいね。色んな意味で。」


船内に入った私をまず出迎えてくれたのは、レセプションへとつながる巨大なエントランスホールで、上層階へ吹き抜けになっている。それ自体はコーラル・マーメイド号もこの船も変わることはないのだが、私の知っているエントランスホールにはちょっとした彫像と花が飾られていたのに対し、この船のその場所に飾られていたのは、石灯籠と門松、それに神社でもないのに圧倒的な存在感を誇る真っ赤な鳥居の姿であった。


「おっ、早速そこに目を付けるとはさすがだね!さっきも言ったけど、この船は七海の乗ってるコーラル・マーメイドと同じクリスタル級の船なんだけど、西の大国のお客様向けに船内を改装してるから、こうしていろんなところで西の伝統を感じられるような作りになってるんだよ。ちょっと伝統を意識しすぎて堅いかなって思う時もあるけど、やっぱりこういう風景を見てるととっても心が落ち着くよね!」


「私も、このデザインとても好きです。ほかの国いても、この船、西の船だってちゃんとわかりますから。」


「そっ、そうだね!」


私は陽子と佐代の勢いに押されて思わず相槌を打ってしまったが、私の元いた世界ではなんにもないところに鳥居が出現したり、お正月でもないのに門松を置いたりする伝統はない。しかし陽子の口ぶりからして、これはこちらの世界ではとても伝統のあるデザインらしいので、やはり西の大国と私の育った国とではところどころギャップが存在しているようだ。


「じゃあ、とにかくまずは私たち乗員の居住区から案内するね。この船の客室乗務員見習いは4人居て、あとの2人が部屋で待ってるんだ!特に何もない部屋だけど、お茶くらいは出せるからゆっくりしていってよ!」


そう言って陽子と佐代は再び船内の通路を進み出す。私も置いてかれないように彼女達の後を追った。


居住区へとつながる通路も、私が知っているような知っていないような景色が広がっていた。コーラル・マーメイドでは通路を照らすのがランプであったのに対し、こっちの船ではなぜか提灯になっている。店やレストランの入り口の自動ドアが、ガラスではなく障子になっている。いずれも私の故郷と使っているものは同じはずなのに、使い方が違っているせいですんなりとは受け入れ辛いものになってしまっているのがとても惜しく思われた。しかし、私がそれらに注目するたびに陽子は「お目が高い!」とか「こだわってるでしょ!」とか誇らしげに話しかけてくるので、この世界ではこっちの方が正しいと受け入れざるを得ないのであった。


そうこうしている間に、私は客室乗務員見習いの部屋へと到着した。陽子が鋼鉄製の扉を重そうに開ける。いくら内装がまったく異なっていたとしても、こういったところはやはり姉妹船であるようで親近感が湧いた。


「ようこそ、私たちのお部屋へ!」


佐代にうながされ、私は靴を脱いで部屋の中へと入る。そういえば部屋を入るのに靴を脱いだのも久しぶりだ。するとそこは真ん中にちゃぶ台の置かれた畳敷きの部屋だった。隅には布団が4つ分たたんで置いてあり、ちゃぶ台を2人の少女が囲んでいる。2人とも陽子や私と同じく髪は黒で、一人はショートカット、もう一人は腰まで届きそうなロングヘアだ。


「くれは、舞!コーラル・マーメイド号のお客さんを連れてきたよ!やっぱり想像してた通りの美人さんだったし、北の言葉もペラペラなんだって!それにこの船の調度品にもすごく興味津々だったし、センスも折り紙付きだね。こんな人めったに居ないし、コーラルの方に置いておくには本当にもったいないと思うんだけど、どうかな!?」


「陽子、客人が来ているのだからもう少し大人しくしてはどうだ。そこの客人がどうしたらよいのか困っておるだろう。」


陽子は彼女たちに対し、目の前で言われるには恥ずかしいくらいには私を絶賛して紹介してくれた。そんな陽子をショートカットの少女がいさめる。そのまま彼女は私の方へと向かい、自己紹介を始めた。


「陽子が騒々しくてすまない。私は高島くれは。まあ見ての通りこの船の客室乗務員見習いとして働いている。出身はル・メイズから内陸に進んだ宮府という街だ。よろしく頼む。」


私も簡単な自己紹介を返すと、手を差し出して軽い握手を交わした。くれはさんの喋り方は丁寧な口調というか、どこか古風な響きがあり、本人の凛としたたたずまいも合わせて、侍とか武士とかいった雰囲気さえ感じられた。でも、女の子が言われてあんまり嬉しい言葉ではないと思うので黙っておく。一方で、もうひとりのロングヘアーの少女は私になんて興味がないと言った風に雑誌を読み続けていたが、くれはに促されると渋々私の方を向き、口を開いた。


「……常神七海さんね。私は成生舞、よろしく。」


それだけ言うと、彼女は再び雑誌へと向き直る。彼女が手にしていた雑誌は、「船の世界」という題名で、グレーで独特の形をした軍艦の写真が表紙を飾っていた。今月の特集は「ノルトリンク王国海軍のすべて」らしい。普通の人なら特に気にしないか、気にしても「こんなマニアックな本があるんだ」くらいにしか思わないだろう。しかし、私にとっては元の世界に居た時にたまに読んでいたような雑誌がこちらの世界にもあって、しかもセーラと縁の深いノルトリンク王国の海軍特集と来れば否が応でも興味が湧く。私は舞の後ろからその雑誌を覗き込んだ。


「……あなた、船に興味があるの?」


「まあ、人並み以上にはあるよ。それにノルトリンク王国の海軍とはちょっといろいろあるし……。」


「……そうなんだ!やっぱりノルトリンクの軍艦は最高だよね!特にこの前就役したマウント・ソード級駆逐艦なんてめちゃくちゃ格好良いと思わない?最近の軍艦はレーダーに見つからないようにカクカクした形ばっかりだけど、この船はそういう流れも汲みつつ、昔みたいにごちゃごちゃ武装を載せてて……、そういえば常神さんってイルミスに寄港してからここに来たんだよね、イルミスっていったらノルトリンク海軍ファンの聖地じゃん、うらやましいなぁ!」


さっきまでの人に興味がないといった口調が嘘のように、陽子と同じくらいもしくはそれ以上にいきいきと喋りだす舞の姿を見て、私はただただ圧倒されるばかりであった。でも私にも気持ちは少し分かる。例えば飛行機や車、鉄道の好きな人は数多くいるが、船に興味ある人というのは中々少ないように思う。だからこそ、同志を見つけると普段押さえられていた語りたいという気持ちが一気に放出されてしまうのではないだろうか。


「もちろん、イルミスでたくさん軍艦も見てきたし、なんなら海軍の人とおしゃべりもしてきたよ。」


「マジか!やっぱりイルミスってすごいんだなぁ。さすがこの周辺でも最大の軍港だけあるよ。私も、もし海軍の人と会ったらサイン貰おっと!」


さらにヒートアップする舞の姿を見て、この人をソアラに引き合わせたらどんな化学反応を起こすのだろうかと想像して私は少し可笑しくなった。でもセーラには合わせてはいけないタイプだ。きっとセーラが今の会話を聞けば、口元は笑っていても、心では笑っていない微妙な表情をするに違いない。


「みなさん、お茶、入りました」


舞と話し込んでいるうちに、佐代が5人分のお茶をいれてくれた。湯呑みに入った緑茶を見て、こうやってお茶を飲むのもまた結構久しぶりかも知れないなと私は懐かしく思った。もっとも、私とくれは以外の3人が当然のような顔をして緑茶に砂糖を入れ始めたときは、さすがに世界の違いを意識せざるを得なかったことは付け加えておく。


「で、七海にここへと来てもらったのは、何もお茶を飲んでもらうためだけではないんだよね。」


陽子は砂糖入りの緑茶を一口飲むと、さっきよりも若干真面目な口調で何やら話を切り出した。佐代やくれは、そして舞までもが私の顔を真剣な表情で見ている。私はさっきまでとは異なるピリピリとしたムードに思わず居住まいを正し、息を呑んだ。


「七海、クリスタル・マーメイド号の乗員になるつもりは無い?」

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