30.私はどこに錨を下ろすべきか? ~Where shall I anchor?~
「拝啓 常神七海様 私たちは貴女の乗船しているコーラル・マーメイド号の姉妹船、クリスタル・マーメイド号に乗り組んでいる客室乗務員見習いです。」
そんな書き出しの手紙が私の元に届けられたのは、コーラル・マーメイド号が北西回廊最大の都市、ノイ・タンガに入港した直後のことだった。すでに3箇所の寄港地となり、私もすっかり入港の様子には慣れたが、いつものように船に積み込まれる乗客宛ての大量の郵便物の中に、自分宛ての手紙が入っているというのは完全に予想外だった。
「風の便りによれば、貴女は西の大国のご出身で、一人北の大陸を母港としているコーラル・マーメイド号に乗り組まれているとのこと。心細く思われることも多いかと思います。私たちの乗るクリスタル・マーメイド号は、マーメイド・クルーズ社が西の大国のお客様向けに作った船で、乗員もほとんどが西の出身です。もしご予定が合えば、ぜひ一度遊びに来てください。きっと故郷のことを思い出し、懐かしい気持ちになっていただけるかと存じます。」
手紙の内容はざっとこんな感じだった。そもそもなぜ私がこの船に乗っていることを他の船の客室乗務員見習いが知っているのかが不思議だったが、コーラル・マーメイド号のいたるところに交友のあるルームメイトの顔を思い出すと、同じ会社の他の船とつながっていてもおかしくないなとは思った。しかし、「ぜひ一度遊びに来てください」と言われても、コーラル・マーメイド号だって、そのクリスタル・マーメイド号とやらだってお互い航海の途中であるはずだ、そう簡単にお邪魔するというわけにはいかないだろう。きっと、たまたま同じ国出身の乗員が他の船に居ると知ったクリスタル・マーメイド号の乗員が、社交辞令として律儀にも手紙を送ってくれただけに過ぎない。私はそう思って、手紙を引き出しにしまおうとした。
「遊びに来てくださいって言われても、どこにいるのかも分からない船に遊びになんていけないよね。」
二段ベッドの上段で足をゆらゆらさせていたポーラに私が言うと、彼女は意外そうな口調で返事をした。
「いや、そうでもないぞ。クリスタル・マーメイド号は私たちとは逆に、北の大陸のオルチャ港から西の大国のル・メイズ港を目指して進んでる。で、2つの船がちょうど出会うのが中間地点のここなんだ。多分そいつらはそれを分かった上で、ノイ・タンガで七海に届くようその手紙を出してるんじゃないか?」
……ということは話が大きく変わってくる。この手紙は社交辞令でもなんでもなく、2隻の航海スケジュールを先読みした上で、用意周到に仕組まれた招待状だったというわけだ。そして偶然にもノイ・タンガ入港中の私はこれといって予定がなかった。でも、いきなり押しかけるわけにもいかないし、こういう時は誰にアポイントを取ればいいのだろう。そう考えこんでいると、部屋の扉が開き、マリさんが中に入ってきた。
「七海、レセプションにお客さんが来てるらしいわよ。なんでも色違いの制服を着た私たちと同じくらいの女の子2人だとか。」
この世界出身ではない私に、色違いのセーラー服を着た知り合いはセーラの妹、ソアラくらいしか心当たりがない。しかし、彼女はノルトリンク王国の海軍学校で訓練に勤しんでいるはずで、船で数日かかるこの地に、しかもセーラでなく私に会いに来るとは到底思えない。ということはやはり、その2人とはこの手紙の差出人で間違いないだろう。
「わかりました、ありがとうございます。とりあえず行ってきます。」
私はコーラル・マーメイド号の制服に身をつつんだまま、レセプションへと一人急いだ。
レセプションに到着すると、そこにはちょうど私が元いた世界で着ていたような、白いスカーフの黒いセーラー服をまとった二人の少女が人を待っていた。一人は黒い髪をポニーテールにしており、もう一人はセミロングで落ち着いた茶色の髪の少女だった。おそらく、彼女たちが私を呼び出した張本人に違いないだろう。私が2人に声をかけようとしたのと同じタイミングで、向こうもこちらに気づいたようで、ポニーテールの少女が私の方へと向かってきた。
「あなたが常神七海さんね!噂には聞いてたけど、本当にコーラル・マーメイドにも西の女の子が乗ってたんだ!いや、さっきからずっとここで待ってたんだけどさ、来る人来る人みんな北の方の人達だし、レセプションの中の人達ももちろん北の人達でさ、めちゃくちゃアウェーだなって思ってたんだよ。この船で働いててさ、やっぱり心細く思ったこと無い?というかここで働けるってことは七海さんって北の言葉がペラペラなんでしょ、すごいね尊敬しちゃう!」
初対面の第一声としては明らかにオーバーな量の言葉を流し込まれて私は思わず面食らってしまった。それに私の名前は向こうに知れているようだが、今の言葉のシャワーの中に彼女に関する情報は一つも入っていなかった。これでは彼女をなんて呼んで良いのかさえ分からないので、とりあえずそちらの方から探りを入れていく。
「あっ、そうです。はじめまして、常神七海です。あなたは?」
「あー!私としたことが、はじめましてなんだからまず名前を名乗らなきゃいけないよね。じゃないと名前も知らないヤツにいきなり話しかけられても何だコイツって感じだよね。ごめんごめん、私は立石陽子。このコーラル・マーメイド号と同じクリスタル級の1番船、クリスタル・マーメイド号で七海さんと同じ客室乗務員見習いやってます!よろしくね。」
そういうなり彼女は私の手を取り、固い握手を交わしてきた。陽子さん、言葉の量も多めだけどスキンシップの距離も結構早めに詰めてくるタイプらしい。
「立石さんですね、よろしくお願いします。えっと、そちらの方は?」
私は茶髪でセミロングの方の子にも話を向ける。しかしまず返ってきたのはその女の子からの返答ではなく、陽子さんからのアンサーだった。
「陽子でいいってば。こっちは小泊佐代、同じくクリスタル・マーメイドの客室乗務員見習い。髪がちょっと茶色いのは地毛で、おばあちゃんが北の大陸出身で、佐代はクォーターなんだって。しかも帰国子女で、西の言葉も北の言葉も結構上手に喋れるんだよ。だから、コーラル・マーメイドの中に入っても佐代が居れば大丈夫かなと思って二人で来たんだ!」
「はじめましてです、七海さん。私は小泊佐代といいます。私のことは、大体陽子ちゃんの言ってくれたとおりですが、ちょっと違うです。私、西の言葉の喋り方、変になることあります。言葉のことも、お仕事のこともまだ勉強中ですが、よろしくおねがいしますです。」
そういうと佐代さんも軽い微笑みを浮かべて私と握手をした。本人の喋り方も相まってこちらはなんとなくほんわかとした雰囲気を感じる人だ。それにしても、立石陽子さんと小泊佐代さんという名前は、いかにも私にとって聞き馴染みのあるような響きを持っており、西の大国の人々がみんなこんな名前だとしたら、確かにこの世界で私が常神七海という名前を名乗っていてもおかしくはないことになっているのだなと私は思った。
「それで、お二人は私にどういったご用件があるんですか?」
「七海さん敬語なんて使わなくても大丈夫だって!手紙は読んでくれたよね?あれ実は私が書いたんだよ、今のテンションと全然違って驚いたでしょ。私、ちゃんとするべきところではちゃんとするタイプなんだ。で、なぜ私たちがここに来たかというと、ズバリ手紙にも書いてあったとおりに、コーラル・マーメイド号で頑張る七海さんを、クリスタル・マーメイド号にご招待して、久しぶりに西の文化を思い出してもらおうって言うわけなんだ!いいよね?」
「えっ、あっ、はい。じゃなくてうん、一応お仕事は無いけど。」
「じゃあ決まりだね、服はそのままでいいし、夜までには帰れると思うから。クリスタル・マーメイド号特別ツアーに出発!」
「出発、です!」
陽子と佐代が私の手を引き、私はコーラル・マーメイド号を後にした。ふ頭の向こう側には、コーラル・マーメイド号とそっくりな形をした巨大なクルーズ客船がもう一隻停泊しており、船体には「クリスタル・マーメイド」と船名が刻まれていた。そして半ば早歩き状態で歩き続け、私が「セーラ達も一緒に行けるか聞いてみればよかったな」と考える暇も無いほどあっという間に私はクリスタル級のもう一隻の客船、クリスタル・マーメイドの船内へと足を踏み入れていた。




