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3.いいえ(否定) ~No(Negative).~

「あなたは密航者さんってことですか?」


目の前の金髪碧眼のセーラー服少女は、恐る恐るといった調子で私にそう尋ねた。もし仮に別の密航者を見つけたとして、彼女は同じ質問をするのだろうか。密航者はその質問に素直にうなずいてくれるのだろうか。それに、おそらくこの世界でも犯罪であるはずの密航者に「さん」を付けてしまうあたりに、彼女の根っからの人の良さを感じた。


 しかし、他の国どころか他の世界からやってきたうえに、この世界で身分を証明するものを何一つ持っていない私は、果たして本当に密航者でないと言い切れるのだろうか。そんなことをつらつらと考えていると、私の様子を警戒しつつ眺めていたセーラが口を開いた。


「やっぱり密航者さんなんですね!意識不明の人は見つけるし、その人が密航者だし今日の私はどうかしてるっ!えーと、こういうときはどうすればいいんだったっけ、とりあえず他のクルーに助けてもらわなきゃ、すいませーん!密航者がモガモガガ」


私がこの世界で目を覚ましたときもそうだったが、このセーラという女の子はどうも一人で勝手に突っ走っていく悪い癖があるらしい。このまま彼女が他のクルーを呼び寄せてしまうと、私はいよいよ犯罪者の仲間入りだ。死んで1時間後に今度は犯罪者、そんなのは絶対にお断りしたい。私はセーラの後ろに周り、手で彼女の口を押さえつけると、彼女を半ば引きずるような形で、フロントの近く、クルー専用の人気の無い通路まで移動した。


「モガガ……なんてことするんですか!やっぱりあなたは密航者さんなんですね。こんな人気の無いところに私を連れてきて、無事にやり過ごしたなんて思わないでくださいね。このセーラ・アサートン、命に代えてもこの船を守り抜くと誓っているんです。それにたとえ私が死んでも、他の優秀なクルーがきっとあなたをモガモガガ」


セーラの暴走が全速を発揮しはじめたところで、私は再び彼女の口を手で塞いだ。海をそのまま宿したかのような青い瞳に大粒の涙がこぼれている。


「いいですか、信じてもらえるとは思えないけど、私はこの世界とは違う、別の世界から来ました。それに私がここに居るのは、海の安全を司る女神様の力によるものです。つまり、私は神様のお墨付きのもと、この船に乗船しています。よって、私は密航者ではありません。」


言ってしまった。密航容疑者がこんな怪しいことを言った時点で彼女の警戒レベルはカンストしてしまってもおかしくないだろう、でもこれは私の体験した紛れもない事実なのだ。後はこの世界の法律で「神様の公認があれば船に自由に乗ってもよい」なんてルールがあることを祈るしか無い。


「言い訳をするならもう少し現実味のあるのにしてください!そんなメルヘンチックな言い訳、いくら私でも信じられませんっ!」


そんなルールは異世界であってもあるはずが無かった。そして彼女は自分が騙されやすい性格であるのを自覚しているのだろうか、相変わらず涙目のままでそう答えた。次にどんな言い訳をして、セーラに身の潔白を証明しようかと考えていたその時、通路の向こうから人の足音が聞こえた。


まずい、セーラ一人だけならなんとかやり過ごせたかも知れないが、複数人となるといよいよ私が真っ黒なのが明らかになってしまう。


「おーい誰かいるのかー?」


セーラとは違うはつらつとした女性の声が近づいて来る。コツコツという靴の足音が通路に高らかに響き、そして私たちの前で止まった。セーラはまさに助かったという表情を浮かべ、一方で私はもうダメだと悲壮な覚悟を決め、やって来た人物の方を振り向いた。


「ああ、どうしたんだセーラ。客室乗務員は今頃大忙しだろう、こんなところで油売ってていいのか?」


「ジュリさん、ちょうど良かった、あなたが来てくれて助かりました!わたし、今密航者さんを見つけて大変なんですよ!」


「密航者ぁ?密航者なんてどこにいるんだ?」


ジュリという名前の女性は、私よりも少し背が高く、年齢も若干上に見えた。制服の腰の部分に目をやると、ホルスターに警棒がささっている。どうやら彼女はこの船の警備担当者のようだった。


この状況で一番出会いたくない人の早速のお出ましに、私の顔を嫌な汗が伝う。


「私の目の前に居るじゃないですか、この黒い髪の女の子ですよっ」


セーラは必死に「密航者」の私の存在をアピールする。その度に私の寿命は(一度死んでいるのに)どんどん縮むような思いがした。


ところが、ジュリの反応はどうも私の想像しているものと、そしておそらくはセーラのそれとも違っていた。


「目の前のこの子が密航者?」


「はい、何回も言ってるじゃないですか」


「じゃあ聞くけどさ、セーラ。この子の服装を表現してみ。」


「……?、えーと、黒くて襟が大きくて、白いスカーフをつけてて、色は違うけどちょうど私達の制服みたいな上着と、黒くて膝の丈くらいまでの長さのこっちも色は違うけどちょうど私達の制服みたいなスカートです。」


「今の自分の服装は?」


「制服に決まってるじゃないですか。白くて襟が大きくて、紺色のスカーフをつけてて、色は違うけどちょうどこの密航者さんみたいな上着と、白くて膝の丈の長さのちょうどこの密航者さんみたいなスカートですよ……あれ?」


「どう考えても、この黒い髪の女の子は、私達と同じ船員の制服を着てるだろう。確かに制服の色が違うから、コーラル・マーメイドの船員じゃなさそうだが。」


セーラはあっけに取られたような顔で、私の制服をまじまじと眺めている。


「大方、他の船からの研修生かなにかだろう。出港したばかりでこの船のことをよく知らないから、船内で迷ってたんじゃないのか?」


ジュリは私にそう問いかけた。神様はやはり私を見守ってくれていたのだ。私は神様と、そして豪華客船にふさわしい服装として学校の制服をチョイスした過去の自分に激しく感謝した。このチャンスを逃すわけにはいかない、私は頭をフル回転させてジュリの話に合わせる。


「そう、そうなんです。私はル・メイズにある船員養成学校の生徒で、今回は船で実習を行うためにコーラル・マーメイド号に乗り組んでるんです。」


「ははは、君も客室乗務員見習いだったのか。そこのセーラも客室乗務員見習いなんだ。仲良くしてやってくれよな。」


「もちろんです!」


私はそう言って、見よう見まねで覚えていた敬礼をジュリさんにする。ジュリさんは快活な笑顔を見せながら、美しい敬礼を私に返し、その場を去っていった。


「本当に、あなたは研修生、なんですか?」


セーラがどうやら自分が取り返しのつかないことをしてしまったのではないかといった様子で私に尋ねてくる。


「そうだよ、だってあなたの制服も私の制服もデザインが一緒でしょ。それに、乗船客名簿に名前がなかったのは、研修生だから当たり前。まあ、研修が決まったのが出港直前だったから、私が乗り組むのを知ってる人は少ないかも知れないね。驚かせてごめんごめん。」


「そう、だったんですね……。」


彼女は力なく返答する。そして、うなだれた顔を最後の力を振り絞ったかのようにゆっくりと上げ、私の方を見つめた。


「研修生さん、いえ、七海さん。先程は、本当に、本当に申しわけありませんでしたっ!!!!」


ジュリさんが行ってしまい、再び人気のなくなった通路に、セーラの心からの謝罪が響き渡った。


こうして、私は最初にしてかなりの試練を乗り越え、ひとまずは転生先でいきなり犯罪者になるという不運を回避できたようであった。

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