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28.あなたは衝突によって損傷を受けたか? ~Have you received any damage in collision?~

「……でも、この状況は大丈夫じゃないかも。」


まるで私に押し倒されたかのような形で仰向けに倒れているセーラが、恥ずかしそうにそうつぶやいた。私たち二人がこのような格好になってしまっているのは、まったくもって偶然の事故である。むしろ私が腕をつかずに、そのまま小柄なセーラの上に倒れ込んでしまった方が危なかったのだ。これは私の危機回避能力が高いからこその体勢だとも言えるだろう。……そんな言い訳が私の頭の中を駆け巡るが、駆け巡るだけで一向に口から出てこようとはしない。私たち2人の間には奇妙な沈黙が流れ、なぜかどちらともこの体勢から動こうとしなかった。私はどこに目線をやるでもなく、見下ろすような格好になっているセーラの顔を眺める。彼女のサラサラとした美しいブロンドの髪がプールの水に濡れている。セーラの青い瞳は屋上から見える快晴の青空を写し込んでより青さを増しているように思える。いや、今は青空とセーラの間には私がいるんだけど。そういえばセーラの顔をこんなに近くでゆっくり見ることは無かったけど、まつげが長くてきれいなんだな……と私が現実逃避を始めた頃、同じように私の顔を眺めていたセーラがもじもじと口を開いた。


「……七海、そろそろ大丈夫かな?」


私はハッとして体を起こすと、先程まで水撒きでの攻防を繰り広げていたマリさんとポーラの方を見る。すると私が目線を向けた瞬間に、彼女達はさっと顔を反らし、今まで水を撒いたりそれを防いだりして一向に掃除なんてしていなかったのが嘘のようにテキパキと手を動かし始めた。そこまであからさまに気を使われると逆に恥ずかしいから止めて欲しい。一方、私の隣でようやく起き上がったセーラは、心ここにあらずといった様子でボーッと床を磨き始めた。そんな3人の様子を見て私は、「いや違うんです、これはただの偶然だし事故なんです」といっても、もはや誰にも信じてもらえないところまで追い詰められてしまったらしいことを悟った。というか当事者のうち1人があんな様子なんだから、いくら言い訳したって無駄かもしれない。


その後、私たち4人はそれぞれ気を使ったり、熱でもあるかのようにボーッとしたり、焦ったりしながらなんとかプールの掃除を終え、夕食の時間まで自室で待機することとなった。


「七海って意外と大胆なんだな。っていうかセーラとそこまで仲が進んでたなんて思わなかったよ。私とマリでさえあんな体勢になったことは一度も無いからな。」


「いや勘違いだから、ポーラ分かって言ってんでしょ。」


私は慌てて否定する。メグが気を失ってしまったときといい、ポーラは面白がって余計に話を広げる傾向があるので、それを収めるのに一苦労してしまう。


「ちょっとポーラ、私の名前を出して勝手なこと言わないでよ。それに私とあなたは別にそんな仲では無いわよ。」


マリさんもマリさんでちょっと発言がズレている。「そんな仲」がどんな仲かは知らないけど、私とセーラも別に押し倒したりするような関係ではない。それは私のポリシーが清く正しく美しいお付き合いを目指しているからというわけではなく、何度も繰り返すようにあれはただの事故だからだ。マリさん達も段々とそれを理解した上で、茶化して言っているような気がするけど、ちょっと様子が気がかりなのはセーラだった。


「そんな仲……七海と私が?」


彼女は依然として、魂を屋上の使われなくなった空のプールに置き忘れてしまったかのように、そうつぶやいた。だからそんな仲ってどんな仲をイメージして言ってるんですか。


夕食が終われば通常は自由時間になることが多いけれど、今日の私は深夜のレセプションに常駐するという仕事が課せられていた。コーラル・マーメイド号は深夜になっても眠ることは無く、カジノやクラブは夜明け近くまで営業しているし、シアターでは24時間ずっとエンターテインメントが行われていたり、こちらの世界で話題の映画が上映され続けたりしている。ということはもちろん、お客様の数も深夜になったからといって全く居なくなるというわけでは無いのだが、みなさんは遊ぶことが目的なので、船内での事務手続きを担当するレセプションに用があるお客様というのは片手で数えられるくらいしかいない。それもエンターテインメントの案内や、すっかり酔いが回ってしまった方に水を1杯差し上げると言ったささいな用件であることがほとんどだ。楽しげにレセプションの前を通過していくお客様の姿を私は水槽の魚でも眺めるかのようにとりとめもなく見続ける。


私の勤務スケジュールはどうもセーラと一緒に管理されているのか、レセプションの隣の席には私と同じく常駐が課せられているセーラが、これまた同様にお客様をとりとめもなく眺め続けていた。彼女の魂は屋上のプールから上層階くらいには帰ってきたようで、たまに訪れるお客様にもきちんと対応していた。昼間の一件のことはお互いになんとなく言い出し辛くて、レセプションの中でその話題が出ることはなく、私は漫然と時間がただ過ぎていくのを待った。


そして深夜というには遅すぎるし、早朝というにはまだ早いくらいの時間になった頃、レセプションの前は通る人々の数さえまばらになり、私はお客様

の代わりに訪れた睡魔と必死に戦っていた。そういえば小学生の頃、プールの後の授業もこんな風に眠たくて眠たくて仕方なかったな、今日はプール掃除もしたし、その時と同じように眠たくなってるんじゃないかなと半分眠りかけながら考えていたとき、隣ですでにうとうとしていたセーラが、私の目を覚ます一言を放った。


「私、プールで七海と一緒にこけちゃった時、七海の顔がすっごく近くってなんだか胸がドキドキするような、自分でもよくわからない気持ちになったんだ。……これって変なのかな。」


セーラの突然のクエスチョンに、私の重いまぶたが一気に開く。しかしセーラの方を見ると、彼女は相変わらず舟を漕ぎかけており、さっきの一言が半分夢の中で言ったひとことだということが分かった。


「いや、変じゃないよ。私だって正直あの時ドキドキしちゃってたし。きっとあんな状況になったら、みんなそういう気分になっちゃうんじゃないかな。」


「そっか、じゃあ大丈夫なんだねっ……。」


そう言うとセーラは再びうとうと舟を漕ぐのを再開した。一応勤務中なので、完全に寝てしまわないよう私は適宜彼女を起こす。それと同時に、私は自問自答した。もしさっきの質問が、セーラがはっきりと目を覚ました状態で、真剣に聞かれたものだったら私はどう答えることが出来ただろうか。「みんなそういう気分になっちゃう」なんてさっきみたいなあやふやな答えは通用しないし、私もしたくなかった。かと言って、はっきりとその気持ちに答えを出してあげることは出来るのだろうか。夕方に私は、セーラとの仲を「そんな仲」では無いと否定したが、ひょっとしたら彼女は「そんな仲」になりたいと思っているとしたら?私の思考はぐるぐると渦を巻いたが、結局答えは出ることが無く、気がつけばレセプションに朝の光が差し込んでいた。やはり深夜に寝不足でこういうことを考えるのはよくないと思う、当番も終わったことだし、早くセーラと一緒に部屋に戻って仮眠を取りたい、私は眠たそうにあくびをしている隣の彼女を見てそう思った。

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