26.この海域は漁業禁止である ~Fishing in this area is prohibited.~
食料倉庫区画の見回り兼幽霊探しを行っていた私たちが、一番最後の倉庫の扉を開けた先に広がっていたのは、不気味な青白い光に包まれた室内の姿だった。私とセーラは幽霊との遭遇を覚悟しつつ、思い切って倉庫の中へと足を踏み込む。続いてポーラとマリさん、そして調理師見習いのメグも倉庫の中に入ってくるだろう。と、思ったのも束の間、私の足音に続く足音は聞こえてこず、そのかわりに私の耳に飛び込んできたのは、「わぁやっぱり出た!!!」というメグの叫び声と、倉庫の扉が閉まる音だった。
「ちょっ!後のみんな付いてきてないし、それどころか倉庫の扉も閉められちゃったんだけど!」
私は青白い光に包まれた倉庫の中を、光のさす方へと向かって果敢に歩き続けるセーラに向かって叫んだ。しかし彼女の歩みは止まらないどころかむしろ速くなっていく。私はセーラに置いていかれないよう、一生懸命に歩く速度をあわせて、つないだ手をさらにぎゅっと握りしめた。
「しょうがないよ。こんな不気味なことが起きてる倉庫なんて、なかなか入る決心がつかないと思う。だからこそ、私は、いや私たちはその不気味な現象の正体を突き止めて、それがもし幽霊だったら退治しなきゃいけないんだよ!」
セーラは扉の方を振り返りもせずに力強く、頼もしい答えを私に返してくれた。彼女の性格として、こういう非常事態が発生すると普段のおっとりとした様子が一変して、勇敢な一面を見せるようになるのだが、これはやっぱりアサートン家の人間の血筋だからなのだろうか、それともイルミスに停泊中、彼女の妹からたっぷりと聞かされたように、お姉ちゃんとして妹を守ってあげなくてはならないという意識が性格の形成に貢献した結果かもしれない。もし後者なら、今のセーラの姿をソアラが見れば感激の涙があふれ出すに違いない。
しかし、一見して勇敢で頼もしく見える今のセーラではあるが、やはり未知の現象に未知の相手とあれば緊張はするようで、私とつないでいる手には汗がじんわりとにじんでいた。彼女も自分なりに怖かったり、おびえていたりするのだろうが、それを押し殺してこの現象に立ち向かっているのだ、だったら私はそれをちゃんと理解した上で彼女の支えとなってあげたい。だから私も一緒に不思議な光の元へと急いだ。
私たち2人はやがて青白い光の正体へとたどり付いた。そこはこの付近に数ある食料倉庫の中で、唯一この倉庫のみに設けられた、外の景色が見える大きな窓だった。この倉庫は日光に当てたり、換気をしっかりと行わなければならない食品が貯蔵されているため、昼間の明り取りや換気口として使われているらしい。
「ということは、この部屋が光ってるんじゃなくて、青白く光ってるのは海面ってこと?」
「……ねぇ七海、私ノルトリンク湾でこの季節に海面が青白く光るって話、聞いたことがあるかもしれない。」
「私も、ノルトリンク湾がどうかは知らないけど、同じような話は知ってる……。」
私たち2人は青白く光る倉庫から通路へと戻った。そこにはいつもの快活な様子が強ばった表情になってしまっているポーラと、そんな彼女の腰に手を回して目を固くつぶって何も見えないようにしているマリさん、そして呆然と通路の床に座り込んでしまっているメグという三者三様の姿があった。
「ご、ごめんな。一緒に入らなきゃいけないとは思ったんだけど、セーラ達がどんどん進んでいくから、決心が中々つかなくて……。」
ポーラが強ばった表情のまま、私達2人に対して申し訳なさそうにそういった。確かに扉を閉めてしまったことに対しては文句の一つも言わなきゃいけないような気もするが、それよりも重要なのは倉庫を包み込む青白い光の正体だった。私はセーラに目配せをして、みんなの前でそれを発表する。
「実は、この青白い光の正体が分かったかも知れません。」
そんな私の衝撃的な発言を前に、ポーラ達3人がごくりと喉を鳴らした。
「正体は、体内に強力な発光器官を持つイカの一種です。私のいた国、にほ……じゃなかった西の大国ではホタルイカと呼ばれています。」
「えっ?イカ!?」
予想外の真犯人に対して、3人からは驚きと納得が行かないといった声が寄せられた。確かにそれだけではまだ何のことかよく分からないというのが普通の反応かもしれない。すると私の言葉に、セーラが補足をしてくれた。
「ノルトリンク湾では、確かに春になると青白く光るイカが群れで住んでいるって、お父さんから聞いたことがあるんだ。その光は結構な強さで、数が集まると海面が全体的に青白く発光しているように見えることもあるらしくって。そしてそのイカは、身の危険を感じた時に、特に強く体を光らせるという風に言われてるの。」
セーラの詳しい解説を踏まえた上で、次に私がこの事件の真相について考えたことを話し始める。
「つまり、メグさんの同僚が青白い光に包まれる倉庫を見たという数日前から、このコーラル・マーメイド号はそのイカの生息域に突入したんだと思います。そして、この船が海を進むときに発生した大きな波が、イカ達に身の危険を感じさせ、体を強く光らせさせたのでしょう。ちょうどこの倉庫は船の最後尾付近にあるので、コーラル・マーメイド号が船体前方で作り出した波が、イカを光らせたということがよく分かる位置になってるんです。そして、この倉庫は食堂・厨房・倉庫といったメグさん達が見回りをする範囲で唯一大きな窓のある場所、だからこの部屋だけが青白い光に包まれているように思われたんじゃないかと思うんです。」
私たちは最後に、ポーラ達を倉庫の大きな窓の前へと連れて行き、海面が光っていることを確認してもらった。最初に見た時は不気味だとしか思え無かったこの現象も、正体が分かってしまった今となっては、ノルトリンク湾の幻想的な春の風物詩といった趣が感じられる。私とセーラは怪談話なんて忘れてしまったかのように、しばらく海面の光のショーをじっくりと眺めていたが、3人はそうもいかないようだ。
「あれだけ、あれだけ怖い思いをしたのに、本当はただのイカだったなんて……。」
そうこぼしたのはメグだったが、あとの2人も同じことを考えているのは想像に難くない。青白く光る神秘的なノルトリンク湾の海面を見ながら、ポーラも、マリさんも、メグも床にへたりこんでしまった。そしてそれは、先程までの怖さから来るものではなく、安心と恥ずかしさと肩透かし感から来るものであるように私には思えた。




