24.あなたの識別信号を掲げよ ~You should hoist your identity signal.~
「すっ、すいませーん。だれか居られるんですかー?」
第3船員食堂の通路の向こうからしたその声は、どこか頼りなさげというか、何かを恐れているような響きが感じられた。ということは、ほとんど使われていないとは言え、勝手に食堂を使ったことをとがめに来たというわけではなさそうだ。いや、ひょっとしたらポーラがあらかじめ使用許可を取り付けていたりして。私は淡い期待と共にポーラに聞いてみる。
「ねぇポーラ、だれか来ちゃったけど、ここの使用許可って取ってたりしないよね?」
「あたしがそんなの取るような人間だと思うか?」
この船の中でほとんど一日中一緒に過ごしているから分かる。ポーラは許可とかそういう公的な手続きはなるべく避けて通る人間だ。まあ。だからこそこうやって人気の少ない場所を見つけてきてくれたり、正規の手段を踏まない裏技をよく知っていたりして、彼女の才能の一つになっているとは思うのだけれど。
「しかも今回は、七海のためのサプライズ企画だから、マリも共犯だ。」
そうポーラが振ると、マリさんは恥ずかしそうに首を縦に振った。ポーラと違ってマリさんは公的な手続きをしっかりきっちりやることに価値を見出すタイプの人なので、これはかなり珍しいと思う。しかもそれが私をビックリさせるためだというのだから、私のために自分のポリシーに反するようなことまでしてくれた彼女に私は今一度深く感謝した。
「すいませーん、誰も居られないんですかー!ドア開けますよー!」
と、私たちがそんな会話を繰り広げている間に、扉の向こうの声はだんだん大きくなり、今にも扉を開けようとしている。とりあえずここは覚悟を決めて声の主に食堂を勝手に使ったことについて謝るなり言い訳をするなりする必要があるだろう。私は意を決して出入口の方へと向かい、ドアのノブに手を掛けた。
「やっぱりこの辺り『出る』のかな……」
ドアを開ける直前、そんな声が聞こえたような気がした。「出る」って一体何が出るというのだろう。そしてドアを開けたその向こう側には、私の目の前にはちょうどセーラと同じくらいの背丈の明るい茶髪で、私たちと同じセーラー服を着た少女が目を丸くして立っていた。
「で、出たー!!!」
次の瞬間、その少女はそう叫ぶとそのままフラリと気を失って前の方に倒れ込んでしまう。体を強く打ってしまわないように私はすんでのところでその女の子の体を支えてあげ、とりあえず壁にもたれさせておく。
「たっ、大変だよ!この子、意識がないみたい。どっどっどっどうしよう、やっぱりここは応急処置をするしかないよね。ってことは今度こそ人工呼吸……?」
気を失って倒れ込んだ女の子を見たセーラが、いきなり斜め上に暴走を始めだす。そういえば私が一番最初にセーラと出会ったときも似たようなことを言ってたような気がするな、となんだか懐かしい気持ちになる。あの時は結局くちびるを重ね合わせるところまで行ってしまったけれど、今度はそこまで行かないように私がセーラにストップをかける。決して、彼女が他の誰かにキスするところをみたくないとかそういう動機ではない。本当に。
「落ち着きなさい、セーラ。こういうときはまず本当に意識が無いのか確認をした上で、意識が無ければ医務室に連絡をして、それから人工呼吸と心臓マッサージを行うのよ。」
私と同じようにマリさんもセーラを止めてくれた。しかし、授業で習うようなお手本のような応急処置方法とはいえ、おそらくびっくりして気を失っただけの人に対してそこまでするのは大げさすぎるのではないだろうか。それに医務室に連絡してしまうと、私たちが無断で船員食堂を使っていたのがバレてしまう。私はそう思ってマリさんにもストップをかける。
「いやいや、こういうときは外傷が無いかを確認するために服を脱がせなきゃいけないだろ。セーラ、早くこの子の制服を脱がせるんだ。」
そしてポーラはどうみてもこの状況を分かっているくせに、面白がって余計なことをしようとしてくる。暴走モードに入ったセーラはポーラの言ったことを深く考えずにそのまま、気を失った女の子の制服に手をかけようとした。その時、彼女の緑色の目がようやく開いた。
「ちょっとあなた達、何しようとしてるんですかー!」
騒ぎが一段落した第3船員食堂の中、私たち4人と初対面から気絶というなかなかの出会い方になってしまった女の子は、とりあえず完成してそのままになっていたカレーを食べていた。制服を脱がせる寸前まで手をかけようとしていたセーラは、恥ずかしさと申し訳無さがごちゃ混ぜになった様子で、マリさんもそわそわとどこか落ち着かず、ポーラだけがカレーを味わって食べている。騒ぎの一番の首謀者が特に何も感じていないのは不公平ではないかと思ったけれど、これがこの3人の性格であり関係なのだから仕方ない。そんな私も久しぶりに食べる懐かしい味を思う存分に味わっていた。
「まさかメグが見回りでこんなとこまで来るとは思わなかったよ。」
「ポーラさん本当に勘弁してくださいよ……。この辺りは人気も無くて夜は真っ暗で、あんまり見回りしたくないんですからね。」
見回りの途中で、食堂を不法占拠していた私たちと遭遇してしまったこのメグと呼ばれている女の子は、本名をマーガレット・アミックといい、調理師見習いとしてこのコーラル・マーメイド号に乗り組んでいるとのことだった。そして彼女の話しぶりから察するに、どうもポーラとは面識があるらしい。まあこれも、この船のどんなところに人脈があるのかわからないポーラのことだから、今更驚くような話では無かった。それよりも私は気になったことが一つある。
「見回りしたくないといえば、さっき『出る』とか『出たー!!!』とか言ってましたけど、何が出るんですか?」
するとメグは口にするのも嫌だといった感じで渋々私たちに話してくれた。
「実はこの第3船員食堂のあたり、夜になると海で亡くなった人の怨念が幽霊になって出てくるって噂なんです。今まで見回りに行った人が何人も見てるって言いますし、昨日も電気がついてないのに倉庫が青白く光っていたらしくって……。」
まさかメグも目の前で一緒に喋っている人間が、怨念は持ってないとは言え、まさしく「海で亡くなった人」だとは思っていないだろう。そういう意味ではその幽霊さんともひょっとしたらお友達になれるかもしれない。なんなら海の安全の神様を紹介してどこか良い世界に転生してもらうのもありかも知れない。私はそういう風に考えていたが、あとのみんなはそれぞれに受け取り方が異なるようだ。
「面白いじゃん、せっかくだし一緒に幽霊探しに行こうよ。幽霊が見れなくてもその青白い光くらいは見れるだろ。」
幽霊の噂に目を輝かせていたのはポーラで、メグの話を聞くと身を乗り出して幽霊探しに出向きたいといった素振りを見せていた。そして彼女が、いつものように「なあマリ」とマリさんに振ろうとするや否や、彼女から強く強くお断りの返事が返ってくる。
「絶っっ対に嫌!大体そんなのが本当に居るってわかったらどうするつもりなの?いくらこの船が大きいって言ったって、幽霊と一緒にこれから先過ごすなんて考えただけでも背筋が寒くなるわ……。」
この分だとセーラはもっと怖がっているのではないか、そう思って私は彼女の方を見ると、そこには意外な彼女の姿があった。
「七海聞いて。私、命に代えても七海とこの船を守るって誓ったんだ。だからそんな平和を乱す幽霊は、絶対に見つけて追い出さないといけないと思うんだ!」
半分幽霊みたいな存在の私としてはなんとも複雑な気分にさせてくれるセーラの言葉だが、彼女は闘志を燃やして幽霊退治に繰り出そうとしている。まあ私も、本当に海で亡くなった人の幽霊が居れば、ぜひ海の安全の神様に引き合わせてあげたいので、幽霊を探すことに特に異議はない。よって、3対2で私たちのこの後の活動は幽霊探しになることが決まった。
「冗談でしょ……?」
そう言ったのがメグだったのかマリさんだったのか、あるいは二人とも同時に言ったのかは私には判断できなかった。




