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23.実施を待て、そして私の信号に注意せよ ~Stop carrying out your intentions and watch for my signals.~

「カレー、ライス?」


目の前のテーブルに並べられた、ニンジン、玉ねぎ、ジャガイモ、肉、そして四角い長方形の箱を目にした私は、エプロンを着てテーブルの向こう側に立っているポーラ達に向かってそう問いかけた。すると、ポーラは黙って自信満々にうなずいた。


「この船は北の大陸の船だから、西の料理のための食材は積んでないんじゃないの?」


私は再び彼女に向かって問いかける。この世界にカレールーがあることくらいではもう私は驚かない。なぜなら、私はすでにこの世界の「西の大国」と呼ばれる地域で回転寿司店を目にしているのだ。回転寿司が食べられているくらいなら、「西の大国」の文化としてカレーライスやカレールーが存在していてもなんら不思議ではない。しかし、基本的に北の大陸の食事しか出てこないこのコーラル・マーメイド号の船内となると話は別で、しかも普段はあまり使われることのない予備の第3船員食堂にこれらの食材が並んでいるのは私にはまったく想像のつかないことだった。


「ふっふっふ、七海がこの船でほとんど西の食事が食べられなくて寂しいだろうと思って、実はイルミスに停泊している時に、こっそりと西の食品が置いてあるお店で買い出しに行ってきたんだ。」


なるほど、私がセーラに言った「お米も食べられないし」という言葉は、いつの間にかポーラ達にも伝わっていたようで、そのことを二人は気にかけてくれていたらしい。私が帰ってくる二人を船内から見かけた時に、二人が抱えていた紙袋は、その食料品店で買い物をした紙袋で、私を驚かせようと今まで中身を内緒にしてくれていたのだろう。それなら、ポーラが袋の中身を「良いもの」と言っていたのも納得ができる。


ここまでいろいろと私のことを気遣ってくれるみんなの優しさに、私は深く深く感動し、何度もみんなに向かって「ありがとう」と言った。ところで、私には気になる点が一つだけある。


「でもなんで、カレーライス?」


すると今度はマリさんが答える。


「七海に喜んでもらえそうな西の料理を探していたら、西の大国の船乗りの間ではこのカレーという料理が1週間に一度必ず食べられているほど人気だという話を見つけたんです。それで、私たちもちょうど船乗りですしぴったりかなと思いまして。」


「なるほど……?」


私の居た世界では、すべての船乗りが週に一度カレーを食べていたわけではないと思うが、その辺りはこちらの世界と元いた世界との間にある微妙なギャップの範ちゅうだろう。むしろ、こちらの世界の西の大国とやらが、そこまで私の居た国と文化が似ていることに驚くべきところかもしれない。それはそうと、数ある日本(?)料理の中で、カレーライスは格段に作るのが簡単だし、ルーさえ入れれば大体美味しく出来上がる。みんなで一緒に作るメニューとしては、とても良いチョイスであるように思えた。


「まあ、あたしもマリも、たぶんセーラも作り方よく分かってないんだけどな。」


「ねえねえ七海。このお米っていうの、この前ル・トゥーガで食べた時とは違ってとっても固いんだけど、どうやって食べるの?」


「ル・トゥーガで食べた時は、お米に酢がかかっていましたから、多分酢で味付けするんじゃないかしら。」


生のお米を前にそんな言葉を発したセーラと、厨房からビネガーの入った容器を取り出してきたマリさんを前に、私は考えを改めることにした。ここは私がリーダーとなり、カレー作りを成功させなければならない。


「よしっ、私が指揮をとるから、みんなは私についてきて!」


私の作戦は、とりあえず具材の下ごしらえを3人に任せて、一番テクニックが必要とされるであろう炊飯を私が担当するというものだった。野菜は別に西だろうと北だろうと変わらないだろうと考え、この世界ではおそらく西側独特の文化となっているであろう炊飯は、慣れ親しんだ私がやればうまくいくという寸法である。もっとも、お米を搭載していないこの船の厨房に炊飯器といった便利な道具があるはずもなく、私はフライパンでの炊飯を余儀なくされる。家庭科の授業や、なんとなく見ていたテレビで得た情報をうっすらと思い出しながら、私はなんとかお米を炊き上げることが出来た。


一方で、具材の下ごしらえを行っていたセーラ達3人は、ニンジン、ジャガイモと快調に皮をむき、一口大の大きさに切り進めていった。意外、といったら怒られると思うが、セーラも器用に包丁を使いこなし、野菜の皮をスルスルとむいていく。私としては危なっかしい手付きでおっかなびっくり野菜をむくセーラを見守ったり、ちょっと彼女を手伝ってあげたりして格好良いところを見せたいと思ったりしていたが、その必要がほとんど無かったことを少し残念に思った。


「私、家のお手伝いとか苦手であんまり出来なかったんだけど、料理だけはなんとか出来るように頑張ったんだ。」


後でセーラはそう教えてくれた。家族があまり家に居ない中、頑張って料理を覚えようとしていた小さい頃のセーラを想像すると、あまりの健気さについ涙が出そうになってしまう。

涙が出そうになってしまうといえば、彼女たち3人はその後、カレー作り最大の難関といっても過言ではない玉ねぎのみじん切りに差し掛かり、一人、また一人と玉ねぎのもつ強力な力の前に倒れていった。最終的には私も助っ人に入り、4人で号泣しながらみじん切りをするという、傍から見ればかなり異様な光景が繰り広げられていた。


ともあれ、食材を切ってしまえばあとは炒めて、煮込み、ルーを投入すればカレーの出来上がりである。私の元いた国と同じならば、西の大国の船乗りのみなさんはもう少し凝った作り方をしているかも知れないけれども、これくらい手軽に出来るのもカレーの良さだと思う。


具材に火が通り、ルーを溶かしてひと煮立ちさせると、無事にカレーが完成する。私はフライパンで炊いておいたお米を、みんなの分のお皿によそっていく。ポーラ達は今にも待ちきれないといった表情で、ルーを各自思い思いにお米の上に掛けていった。


テーブルの上に4人分のカレーライスが並ぶ。西の大国では「いただきます」というあいさつをするということをみんなに教え、いよいよ私たちは自分たちで作ったカレーを口へと運ぼうとした。


と、まさにその瞬間、第3船員食堂の通路の向こうから、誰かが呼ぶ声がした。


「すっ、すいませーん。だれか居られるんですかー?」

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