22.あなたの積荷は何であるか? ~What is your cargo?~
セーラへの思いの丈を存分にぶつけた後、それでもまだお姉ちゃんを諦めきれないといった面持ちをしていたソアラだったが、時間はそんなアサートン家の姉妹にも平等に流れてくるもので、やがて面会時間も終了の時が訪れた。将来は同じ海の上で活躍することになるであろう二人とは言えども、しばらくは離れ離れになってしまうだろう。お別れのときくらいは姉妹水入らずで過ごさせてあげたいとそう思った私は、ソアラに別れを告げると、一人こっそりとコーラル・マーメイド号の上層階から二人の姿を見守った。ギャングウェイの上を二人仲良く手を繋いで渡る姿、やがて陸上の乗船口にたどり着き本当のさよならが訪れる瞬間、意を決して一人歩き出すも何度も何度も船の方を振り返ってしまうソアラと、いつまでも船内に戻らずに妹の姿を見守り続けるセーラ、そのすべての動作が一人っ子の私にとってはなんだか羨ましいように思えた。
ソアラの姿が見えなくなると、セーラは船の方へと振り返り歩き出す。私は彼女を迎えに行くため、下の階へと戻った。
「ソアラがいろいろ失礼なこと言ってごめんね。」
「いーのいーの、最初はビックリしたけど、お姉ちゃんが大好きすぎる子なんだなって分かったから仕方ないよ。」
「ソアラは昔からあんな感じなんだ。ほら、私の家族ってみんな船に乗ってるでしょ。だから、家に私とソアラしか居ないってことがよくあって、あの子が危ない目にあったり、近所の子にいじめられそうになったりしたら、私がなんとかして守ってあげてたから、すっかりお姉ちゃんっ子になっちゃったみたいなんだ。」
セーラはどこか恥ずかしそうに二人の昔話を始めた。普段はおっちょこちょいで天然な彼女が、誰かを守るためなら強くて勇敢な姿を見せるというのは、私がこの世界に着た直後に経験しているので、妹を守るために頑張るお姉ちゃんという姿もまた、私にとっては簡単に想像できるものだった。
「私一人っ子だったからさ、そういうのすごくうらやましいな。それにセーラに守ってもらえるんなら、誰でもお姉ちゃんっ子になっちゃうよね。やっぱりソアラがああ言う風に言うのは当然だよ。」
「七海、あんまりからかわないでっ!」
冗談半分本気半分で言った私の言葉は。セーラにとっては冗談100%で捉えられたらしい。まあそれならそれでいいかと、私はセーラから岸壁の方へと視線を移す。すると、そこには半日の休暇を利用してイルミスの街に繰り出していたらしいポーラとマリさんの姿があった。二人とも大きな紙袋を抱えていて、相変わらずなにか言い争いをしているように見えた。二人きりで街を歩くほど仲がいいのに、言葉を交わすと言い争いになるアンバランスさがまさに二人の関係を表しているようだ。
次の日の朝、低くて長い汽笛が3回鳴ると、コーラル・マーメイド号はタグボートに引かれながらゆっくりと港の岸壁を離れる。超長音の汽笛が3回で出港する合図だということを教えてくれたのは、そういえばこの世界のみんなではなくて、私のお父さんだったなということを思い出す。昨日のアサートン家の一件と合わせて、私は少し家族のことを思い出して少し寂しい気持ちになる。すると後ろから、セーラの聞き慣れた可愛らしい声が聞こえた。
「ねぇ七海知ってる?この汽笛はね、さようならとか見送りありがとうとか、そういう意味があるんだって。」
「うん、知ってた。私のお父さんも船乗りだから、教えてもらったんだ。」
「そうだったんだ!実は私もお父さんに教えてもらったんだけど、海軍の船だとあんまりそういうことはしないんだって。そういうところもやっぱり私は客船に乗れてよかったかなーって。」
口ではそう言いつつも、セーラもまた私と同じようにしんみりとした雰囲気で徐々に離れていく故郷・イルミスの街並みを眺めていた。この三音の汽笛が、私たち二人にとってそれぞれの家族のことを思い浮かべるきっかけとなっているんだなと、私は汽笛の余韻を感じながら思った。
船は再び波の穏やかなノルトリンク湾を、今度は北東方向へ向かって進んでいる。海の様子は大人しいものの、周りには霧が立ち込めていて幻想的だったり、一方で霧の中に何があるのか分からないという怖さを感じたりする。しかし私たちのやることはあまり変わらず、今日もコーラル・マーメイド号の客室乗務員見習い達は、モップを片手に通路の掃除に励んでいた。ちなみに、セーラはモップで不審者を制圧することは出来ても、本来の用途である掃除は得意でないように見えて、隅の方を上手く掃けずにマリさんに怒られたりしていた。
そして私が今一番気になっていることといえば、街からコーラル・マーメイド号に帰ってくるときに、マリさん達が抱えていた紙袋のことである。普通に考えれば、船内のお店で買えない日用品や娯楽の類だと思うし、あまり深く尋ねるのも良くないことは分かっている。かといって、何気なく袋の中身を見ようとした私に対し、全力でその中身を隠したり、私が何を買ってきたのか尋ねても一切答えてくれないなど、普通の買い物にしてはどうも様子がおかしいのである。しかもポーラだけならまだしも、私たち4人の中で一番の優等生であり、常識人であり、良心でもあるマリさんさえそういった具合なのだからますます謎は深まる。ひょっとして、あまり聞かれたくない感じの買い物なのだろうかとも考えたが、ポーラが私に言った、「これは出港後のお楽しみだけど、少なくとも七海にとってはいいものだと思うよ」という一言が余計に私の興味を惹いていた。
そして、それから一日中紙袋の中身の「いいもの」について思いを巡らせていた私に向かって、ポーラがこんなことを言ってきた。
「じゃあ、今日の夜は第3船員食堂に集合な。夜ご飯はあんまり食べないように。」
これが「いいもの」絡みであることは間違いない。食堂ということは食べ物なのだろうか、ヒントが少しづつ明らかになってくるものの、だからこそ様々な予想が浮かんできて余計に落ち着かなくなる。
そのまま上の空であれやこれやと考えながら一日の仕事を終わらせ、とうとう夜が訪れた。ポーラとマリさんは知らない間に部屋から姿を消しており、私はセーラと二人で指定された第3船員食堂へと向かった。
第3船員食堂は、コーラル・マーメイド号の中にいくつかある船員専用の食堂のうち、もっとも規模が小さく、昼や朝など他の食堂が混雑している時間帯に予備で使われている。なので、この時間帯はまったく人気が無く、食堂の周辺も薄暗くて中々立ち寄りがたい。確かにここなら、誰にも内緒で何かを企むにはちょうど良さそうな場所だった。さすがポーラ、こういうところを見つける才能は抜群である。
周辺の区画で唯一明かりの灯っていた食堂のドアを開ける。すると私の目に飛び込んで来たのは、エプロンをしたポーラとマリさんと、テーブルに並べられた食材だった。ニンジン、玉ねぎ、ジャガイモ、お肉、お米、そして四角い長方形の箱が見える。
「カレー、ライス?」
ポーラは何も言わず、自信たっぷりでうなずいた。




