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21.風はこのまま持続して吹くと予想される ~The wind is expected to remain steady in force.~

「客船は、セーラの居るべき世界じゃない……?」


ソアラがおそらく勢いに任せて使ったのであろう「居るべき世界」という言葉は、しかし私たちにとっては非常にタイムリーでかつデリケートな話題でもあった。なぜならこの世界、そして客船という世界について、私が自分の世界でないと感じたのはつい最近のことであって、そんな私の勝手な思い込みでセーラを悩ませたのも、そしてセーラが涙まじりに「それは違う」と教えてくれたのもまた、つい最近のことであるからだ。

言われてみれば、自分がどの世界に身を置くかという話は、別に私だけに特別なことでもなんでもなく、みんながそれぞれに抱えているテーマでもある。特にセーラは父親や母親から海軍への道を進むことを期待されていたにも関わらず、家族の反対を押し切って客船の世界を選んだのだから、「自分のあるべき世界」について考えたことが無いはずもなかったのだ。そして、今目の前の少女が私たちに突きつけてきたのは、まさしく「新しい世界に身を投じるのではなく、自分の元いた世界を生きるべきだ」とも考えられるような言葉だった。


「そうです、お姉ちゃんは優しくて強くて勇敢なんだから、その才能は民間船ではなく、このノルトリンク王国を守るために使わなければもったいないです!」


そういってソアラは自信満々に胸を張った。一方でセーラは、私が考えていることをなんとなく察しているのか、彼女に特に何も言い返すことはなく、ただ不安そうに私の方を見ていた。でも、セーラの心配には及ばない。だって私は、私を大切に思ってくれている人がこの世界にもいる以上、この世界が私の世界じゃないなんてことはもう思わないから。そして、だからこそソアラの言ったことはちゃんと訂正してあげないといけない。


「客室乗務員がセーラの世界じゃないなんて、それは違います。」


「……どう違うんですか?」


急に落ち着いた口調になった私を不思議に思ったのか、先程まで意気揚々としていたソアラの様子もまた一転して冷静さを取り戻し始めた。


「さっきも言った通りに、セーラは今、このコーラル・マーメイド号で客室乗務員見習いとして本当に一生懸命にお仕事をしています。たまに失敗したりもするけれど、とにかく真剣に客室乗務員になろうとして頑張ってます。それは、セーラが自分で客船の世界に進みたいって、そう思ったからこそここまで打ち込めるんです。だから、セーラを周りの人達が勝手に決めた世界へと連れ戻そうとするのは違うって、セーラが自分で決めた世界こそが、彼女の世界なんだって、私はそう思います!」


あの時、セーラは「七海がここを自分の世界だと思えないっていうんなら、そう思えるようになるまで、私頑張るから!」と言ってくれた。だから、もしここをセーラの世界だと思えないと言ってくる人がいるんなら、同じように私はそれは違うということ、そしてここは彼女の居るべき世界だということをその人にちゃんと伝えるよう、頑張らなくてはいけない。そう思ったあまり、つい言葉にも熱が入ってしまう。


「そして、これは私のわがままですが、セーラは私の大切なパートナーです。だから、私はセーラと一緒にこの船で働きたいし、旅をしたい。ソアラさんがどう思われるかはわかりませんが、私にはセーラが一緒に居なきゃダメなんです!」


言った後になって、言い過ぎたかなとか、これは後で思い出すと枕に顔を埋めてバタバタしないといけないかなとか、様々な考えが私の頭の中を駆け巡ったが、もう遅い。でもこれは私の偽らざる気持ちであることは確かだし、この状況なら言ったもん勝ちだという気持ちもあった。そして、私の熱弁が効いたのか、ソアラは再び余裕を失くし、その青い瞳には涙が浮かんでいる。涙目になりやすいあたりがさすがに姉妹だなと私が感心していると、ようやく彼女は口を開いた。


「……そんなこと、わたしだって分かってますよ。お姉ちゃんは、自分で客室乗務員の道を選んだんだって。わたしがいくら言ったところで、お姉ちゃんの気持ちは変わらないんだって。船の中できっとかけがえのない仲間が出来てるってことも、分かります……。」


「でも、私寂しいんです、お姉ちゃんが一緒に居なきゃダメなんです!うちの家が海軍で活躍してるからとか、本当はそんなこと関係なくて、お姉ちゃんと一緒にいたいから、だからお姉ちゃんにも海軍の学校に入ってもらって、わたしと同じ道に進んで欲しいって。七海さんでしたっけ?あなたのわがままと同じように、これは全部わたしのわがままだって、それも分かってるんです……!」


ソアラの思わぬ告白に、私はつい圧倒されてしまう。薄々そう思ってはいたけれども、やはり彼女も私と同じ気持ちで、セーラと一緒にいたいから、こういう風なことを言い続けているのだろう。そして、彼女がセーラと一緒にいた時間は、くやしいけれども私とセーラが一緒に居た時間よりも長い。だからこそ、セーラと一緒にいたいという気持ちもその分だけ大きくなるのだろう。この部分について、部外者の私がこれ以上なにか言うのは酷だし彼女の感情をどうにかしてあげることもきっと出来ない。私はセーラの方をちらりと見る。すると彼女もそう察しているのか、今まで黙っていた口をようやく開いた。


「さみしい思いさせてごめんね。でも、ソアラの言ったとおり、この道を選んだのは私で、この船でかけがえのない仲間が出来た。だから、私はこれからもこの道を進み続けたい。」


「うん……、きっとお姉ちゃんがそういうのも分かってた。本当はお姉ちゃんのこと応援してあげなきゃと思ってるんだけど、やっぱり置いてかれるのは寂しいよ……。」


「ごめんね。ソアラも私も頑張って早く一人前として活躍できるようになろうね。大丈夫、わたし達家族は同じ海でつながってるから、一人じゃないよ。それに、寄港したら手紙も出すから、」


そう言ってセーラはソアラの頭を優しくなでてあげる。するとソアラは涙目をなんとか収めて、セーラの方を向いた。姉なら涙目を押さえきれずに泣き出してしまいそうなところだけど、こちらは姉妹でちょっと差があるらしい。


「わかった。私頑張るね。私もこの船に手紙送るから、お姉ちゃんも絶対に手紙出してね。約束だよ。」


涙をこらえて無理やりなんでもないような風を装い、そう返す彼女を見ると、最初は戦闘態勢むき出しでどうなることかと思っていたが、お姉ちゃんがちょっと大好きすぎるだけで実はいい子かも知れないと、私はソアラに対する評価を見直すことにした。そして、彼女はこう続ける。


「でも、お姉ちゃんのことまだ諦めたわけじゃないからねっ。」


はっきりとそう宣言するソアラを前にして、私とセーラは顔を見合わせ、やがて苦笑した。

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