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14.私は軽い損傷を受けた ~I have minor damage.~

「さっきのお客様!」


私は叫んで朝食会場へと走り出そうとする。


「マリ、七海、ちょっと待て、さっきのお客様ってどう言う意味だ!」


ポーラが背後から私たちを呼び止めたが、マリさんは聞こえなかったのか、それともあえて無視をしたのか振り返らずに走り続ける。一方で私は、不審者事件の時を思い出し、トラブルに対処してくれる人は多い方がいいと考え、ポーラとセーラの2人にも協力してもらうことにした。


「なるほど、マリのうっかりミスもそうだが、そのグループ客も中々のうっかり加減だな……」


ツアーに参加予定のグループ客がいること、そのお客様もマリさん同様に船内時間の変更に気付いていなかったこと、そしてその誤りを見過ごしたまま、ツアーの集合時間を案内してしまったこと、今までの一部始終をすべてポーラに話すと、彼女は苦笑いを浮かべてそう言った。


「とりあえず、私は船内放送でグループ客に案内が出来ないか掛け合ってみる。七海とセーラは客室近辺にそのグループ客がいないか探してみてくれ。」


「レストランはマリさんだけでいいの?」


「いないとは限らないが、もう朝食会場の案内からだいぶ経ってる。会場から出てると考えた方がいいだろう。」


そう言われて私はセーラの腕時計を覗き込む。彼女はきちんと時差に対応していたようで、時計の針は船内時間と同じ9時45分を指していた。


「あと15分、なかなかに時間が無いぞ。」


そう言うと、ポーラはどこかへと急ぎ足で向かっていった。


その5分後、私とセーラの二人はスタンダードクラスの客室を手分けして探していた。しかしそう上手くは運ばないもので、先ほどのグループ客の姿は未だに見つからない。


「七海、そっちはどうだった?」


セーラの問いかけに私は無言で首を横に振った。このまま集合時間を逃してしまえば、せっかくのプラチナチケットが台無しになり、お客様の楽しい船旅に傷を付けてしまいかねない。なんとしてでも彼女達を見つけなければならないのだが、時間だけが無情に過ぎて行く。


その時、船内放送のチャイムが鳴った。


「お客様にお知らせします。本日の船内探検スペシャルツアーは、10分後の午前10時から開催いたします。チケットをお持ちのお客様は、レセプションにお集まりください。」


船内放送はポーラではなく、いつものアナウンスのお姉さんの声だった。なるほど、ポーラはお客様個人への連絡に船内放送を使うのは推奨されないというルールを避け、スペシャルツアー全体の案内として放送を実行したようだった。


「いま、あと10分って言わなかった?おかしいわね、まだ8時50分過ぎなのに。」


放送が終わると同時に、私たちの前方の客室のドアが開き、姿を現したのはなんと先ほどのグループ客だった。


「ツイてるね、七海!」


セーラと私は彼女たちに向かって急ぐ。確かにヒキが強いとは思うが、それなら最初から何事もない方がいいというのは黙っておくことにする。


「お客様!大変申し訳ありませんでした!」


私たちはグループ客の皆さんに今日から船内時間が1時間早くなったこと、ツアーの集合まであと10分もないことをお伝えする。幹事らしき女性は自分のうっかりミスに少し決まりの悪い表情を浮かべたのち、残り時間の短さに大慌てで他のグループ客を引き連れ、レセプションへと向かって行った。


「とりあえずこれで一件落着かな……?」


私とセーラは一息ついて、レストランに居たマリさんにその事を伝えた。そしてポーラには彼女の尽力による船内放送がグループ客を探し出す最大の要素になったことについてのお礼を言った。


「いや、困ったときはみんなで助け合うのが友達じゃん?」


ポーラはいつものような快活な笑顔でそう返した。一方のマリさんは、自分のうっかりミスによるショックを引きずっているようだった。


そのショックといえば相当なもので、その後は何を話しかけても「うん」や「はい」などの気の抜けた返事しか返ってこない。とはいえ、その状況でも私やセーラ以上にテキパキと仕事をこなすのはさすがマリさんだけど。


むしろお客様に間違った時間を教えたことより、この状態が続く方がダメージが大きくなるのでは無いだろうか。そう考えながら、私は就寝時間間近の通路を自分の部屋に向かって歩いていた。


すると、私たちの部屋のドアの前でセーラが何やらしゃがんでいる。近づくと、ドアの隙間から何かをうかがっている様子だった。


「セーラ、どうしたの?」


彼女は返事の代わりに、身振り手振りで部屋の中を一緒にのぞいて見るよう私に促す。

私はセーラの頭の上から一緒に部屋をのぞき見る。彼女の髪の香りがふわりと漂ってとてもフローラルな気分になるが、それはとりあえず置いといて。


中では、ポーラとマリさんが同じベッドの上に並んで座っていた。ポーラがマリさんを慰めているのかと思いきや、二人の間に会話はない。やがて、ポーラが動き、座っているマリさんの背中にぴったりと自分の背中を合わせて口を開いた。


「マリはさ、あたしなんか目じゃ無いくらいよく出来るからさ、なんてことないミスでも大きく考えすぎなんだって。」


「違う……」


すると、今まで黙っていたマリさんがポツリポツリと言葉をもらしはじめた。


「時間を間違えたのもそうだけど……一人で勝手に突っ走って、みんなが協力して解決してくれたのに、まだありがとうも言えないのが、情けなくて……」


「うーん、まあいつもはあたしもセーラも、そして七海もマリに助けられてるから、それはお互い様だと思うよ?」


「でも」とポーラは続けた。


「確かにマリは昔から一人で抱えがちでさ、困ってても一人でなんとかしようとするから、隣で見てるともっとあたしを頼ってくれてもいいのにと思うことはあるんだ。」


「それに、あたしだけじゃない。セーラも七海も、きっとこの船でマリを知ってる人なら誰でも、マリが困ってるのをほっとける人なんていないよ。」


私とセーラはドアの向こうで顔を見合わせ、うなずく。


「だから、そりゃマリと比べたら頼りないかもしれないけどさ、たまにはあたし達に甘えてくれてもいいんじゃないかなって。」


ポーラはそう言うと、ぴったりと合わせた背中をさらにギュっと密着させた。


「……ありがとう」


ポーラの気持ちがマリさんに届いたのだろうか、表情はよく見えなかったが、彼女は一言だけつぶやき、そして部屋の中に静寂が戻る。しかしそれは重苦しい類の沈黙では無いように思えた。


「セーラ、ちょっとそこら辺散歩しようか。」


私は小声で話しかける。セーラも何かを察したようで、私の誘いにうなずくと、わずかに開いていた部屋のドアをそっと閉めた。


翌朝、いつものように客室乗務員見習いの部屋の目覚ましが一斉に鳴る。


「ポーラ!早く起きなさい!そして目覚ましが鳴ってから毛布を被らない!」


「おはよう、やっぱ朝はこれが無きゃな~。」


「私を目覚まし代わりに使うのはやめなさい!」


今日もコーラル・マーメイド号にいつも通りの朝がやって来た。




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