13.あなたはどのような損傷を受けたか? ~What damage have you received?~
ル・トゥーガ港を出港後、私たちの乗るコーラル・マーメイド号はまもなく国境を越え、西の大国のお隣、ノルトリンク王国の周辺海域に進入しようとしている。しかし相変わらず私たちのやることは同じで、今朝も朝早くに起床し、白いセーラー服に着替え、身支度をして朝食を取るというルーチンワークが待っていた。
私たち客室乗務員見習いは、たまに誰かに深夜のレセプションで待機するお仕事が回って来たりするとはいえ、基本的にみんな同じ時間に起床し、同じ時間に就寝する。
現在時刻は起床時間の5分前、目覚ましを設定すると必ずアラームが鳴るより先に目覚めてしまう性質の私は、今日も同じようにアラームに先じて起床した。まどろみの中で今日のスケジュールを確認していると、お隣のベッドの下段でもゴソゴソと物音がした。マリさんも起きているようだ。マリさんも私と同じく、起きなければいけない時間よりも早く目が覚めてしまうタイプのようで、私たち2人の間には、姿こそ見えないものの、この起床前5分間に若干の連帯感を覚えていた。やがて部屋中の目覚ましが一斉に鳴り響く。
目覚ましが鳴るより早く目が覚めるタイプがいれば、目覚ましが鳴っても起きないタイプがいるのもまた事実で、この部屋ではセーラとポーラがこれに該当する。
「ポーラ!もう時間でしょ、たまには私に起こされないでも自分で起きなさいよ!セーラも、目覚ましが鳴ってから毛布を被らない!」
マリさんが2人を起こそうと努力する。が、それで起きるほど2人は易しい相手ではなく、やがてマリさんはポーラのベッドから毛布をはぎ取り、ポーラは半ば強制的に起床する。私もマリさんのお手伝い。セーラの体をゆさぶって無理やり起こすと、彼女は夢とうつつの間をしばらくさまよっていた。こうして、私たちの一日は始まる。
このような朝の流れは、私たちの部屋でのルーチンワークの一つとなっているが、これ以外にもマリさんは何かと私たち4人のリーダーとして仕事以外でも世話を焼いてくれる。私もマリさんに頼ってばかりではいられないと思いつつも、しっかりとして冷静沈着な彼女についつい甘えてしまいがちだ。
そしてその翌日、コーラル・マーメイド号はいよいよノルトリンク王国内に入った。取り立てて変わったことは無かったが、強いて言えば今朝はいつものルーチンワークと違い、マリさんと私がポーラとセーラに起こされるという逆転現象が起こっていた。不思議なこともあるものだと思っていたけれど、まあたまにはこういう朝もあるだろう。
本日一番最初のお仕事は、朝食会場に向かうお客様のご案内をするというもので、これも特に目新しい仕事ではなく、私たちはスタンダードクラスの客室からこの船で一番席数の多いレストランへと向かう人たちに対し、適宜呼びかけを行う。出港して何日も経っているので、お客様もだいたい会場の位置は把握しており、正直に言って私たちの仕事はあまりない。むしろ本来の朝食会場の案内という役割よりも、今日の船内イベントのスケジュールを尋ねられたりと言ったことの方が多いくらいだ。
「すみません。今日の船内探検スペシャルツアーは何時にどこ集合でしょうか?」
数人規模のグループ客を引き連れた、グループの幹事と思わしき女性が、並んで案内をしていた私とマリさんに声をかけて来た。船内探検スペシャルツアーは、コーラル・マーメイド号のブリッジや機関室と言った通常は公開していない場所を特別に案内するというもので、乗客からの人気も非常に高く、ツアーの参加券はプレミアムチケットと化しているくらいだ。
それはそうと、今日の集合場所と時間はどうだったっけ、私が答えに窮していると、マリさんが助け舟を出してくれた。
「はい、集合場所はレセプションで、時間は10時からでございます。あと2時間くらいですね。」
マリさんは自分の腕時計を確認し、幹事の女性にそう答える。
「なるほど、確かにあと2時間ですね。ありがとうございます。」
女性も自分の腕時計をちらっと見ると、お礼を言って朝食会場へと向かった。
「マリさん、ありがとうございました。」
私はマリさんにお礼を言う。
「いえいえ、スペシャルツアーは毎週火曜日の10時スタートというのを覚えていただけですから。」
こういう具合に、マリさんは本当に何かと頼りになる存在だ。ひとまず、次は答えに窮することが無いように、私はスペシャルツアーの日時を頭に叩き込む。
その後、朝食会場の案内を終了し、私たちはベッドメイキングへと移った。案内係では無かったポーラとセーラは、一足先に仕事を始めているはずだ。
スタンダードクラスの客室に到着すると、そこには一仕事終えたと言った雰囲気のポーラが居た。
「お〜、マリたち遅いぞ。会場忙しかったのか?にしても1時間も遅れるなんて珍しいな。」
「1時間?私はちゃんと時間通りに来たつもりだけど。」
マリさんとポーラがお互いに怪訝そうな顔をしあい、やがてポーラがおそるおそる言葉を続けた。
「なあマリ、もしかしてお前、今朝から船内時間がノルトランド標準時になったの、忘れてないか?」
ポーラの一言が、マリさんの顔色をあっという間に青ざめさせた。彼女は返す言葉もないと言った感じで、自分の腕時計を確かめる。なるほど、確かにコーラル・マーメイド号は今朝未明にノルトランド王国周辺海域に入った。そして西の大国とこの国では1時間の時差があり、船内の時間も今朝からノルトランドの標準時間に合わせ、1時間早まることになっている。本来なら昨晩のミーティングなどで知らされるはずだが、昨晩はレセプションで書類仕事を手伝っており、ミーティングに参加できなかったため、私もマリさんもすっかり忘れてしまっていた。
「まあ、ここら辺の客室のベッドメイクは私とセーラでやっといたから問題無いけどさ、次からは気を付けろよ〜。にしてもマリがこんな初歩的なミスをするなんて、明日は大嵐でも来るんじゃないのか?」
違う。マリさんの時計が1時間遅れていたことによる問題は、スタンダードクラスの客室のベッドメイクだけでは止まらない。
「さっきのお客様!!」
私とマリさんはほぼ同時に声を上げて、朝食会場へと駆けた。